衝撃
例のSNSについては、彼女に真相を確かめるという手段もあったが、人には触れられて欲しくない部分が誰しも持っているということを考えると、そっとしておくのが吉と考えた。
それに、あれが彼女のアカウントだったとして、彼女がすすんで俺に伝えたものでもないので、俺がこっそりと彼女のプライベートを暴いたことになってしまう。それはどう考えても体裁が悪いし、徒に亮介を喜ばせる噂を作る危険を冒す必要もない。
だから、あれきり彼女の呟きは覗いていない。
さすがに数日間は、彼女も気まずそうにしていたが、彼女を嫌がらせるのも本意ではないので、俺が前の話をしなかったら、普通に話してくれるようになった。
とはいっても、俺も彼女も部活に入り(彼女は美術部で俺はもちろんサッカー部)、それぞれのコミュニティで忙しくしているうちに、会話の頻度も教室で少し話すくらいに落ち着き、この間のように出かけたりする、ということもなかった。
*
「今日もギャラリーが仰山おりますなあ」
練習着に身を包んだ亮介がふざけた口調で、俺に言った。
「そうだな」
「そうだなって、あれ全部君のお客さんやろ」
「まさか」
「何しらばっくれてんの。ほれ見てみ」
亮介が俺の前に立ち、ギャラリー、つまりはグラウンドの前でサッカー部の練習を見学している女子たちに手を振ったのだが、女子たちはそれに黄色い声でこたえたかと思ったら
「亮介君どいてー!! 刃くんが見えなーい!!」
と口々に言った。
亮介はそれを喜ぶような顔で
「な?」
と言ってくる。
「だって、俺が呼んだんじゃないし」
俺は肩をすくめて答えた。
俺だって応援してくれるのは、嬉しくないわけじゃないが、それゆえ、練習中に彼女らがウロチョロしているのを見ると気が散ってしまうのだ。
「休憩!!」
キャプテンの声が響いた。
俺と亮介もグラウンドから出て、水分を取りに行く。
「はい、スポドリ」
ベンチで待機していた、女子マネージャーの声に、亮介が反応し
「お、サンキュ」
と言って受け取ろうとしたのだが
「あ、これ亮介君のじゃなくて、刃くんの」
と素気無くされている。
「えぇ、琴乃ちゃん、俺に冷たくない? ていうか中身一緒じゃん。ジンのあっちのでもいいじゃん」
そういって亮介は後ろに用意されている、ドリンクボトルを指差した。
亮介の言葉を受け、その一年の女子マネージャーの粟根さんは
「いや違うし。込められている思いが違うし」
と答えた。
「なんそれ。俺にも思い込めて作ってよ」
「ごめんね。私一途だから」
粟根さんはにっこり微笑んで
「はい、刃くん」
と俺にスポーツドリンクを手渡してくれた。
「ありがとう」
俺が彼女に礼を言った時、すぐそばをスケッチブックを持った、宍戸さんが通り過ぎた。
確実に目が合ったのだが、彼女はすぐに逸らして、足早に立ち去ってしまった。
亮介もそれに気づいて、「あちゃー」と口で言っている。
粟根さんが
「え、なに、急に。どうしたの?」
と。
「刃があの子のファンなんだ」
「お前、適当なこと言うな」
粟根さんは余計に気になったようで
「どういうこと?」
と眉をひそめて尋ねてきた。
「ただ、席が隣なだけだよ」
「……それだけ?」
「うん。それだけ」
粟根さんはまだ何か言いたげだったが、休憩時間が終わったので、それきりとなった。
グラウンドに戻ってから、ゴールの向こう側を見たところ、宍戸さんが椅子に座って絵を描いているのが見えた。美術部の活動だろうか。
俺もしっかり部活に励もうと、気合を入れなおして、頭から邪念を振り払った。
*
それからしばらくドリル練習を行って、シュートの練習に入った。
例のギャラリーはまだ散っておらず、宍戸さんもスケッチに励んでいるようだった。
シュート練習で俺の番が回ってくる。
懸命にシュートするのだが、その度にギャラリーがキャアキャア声を上げるので、いまいち集中できない。
そんな騒然とした中でも、宍戸さんは熱心にスケッチをしていて、こちらには見向きもしない。
彼女のあの集中力に比べれば、俺もまだまだ未熟だな。
そういって自分に発破をかけるのだが、余計にうまくいかない。
亮介にも
「お前、今日絶不調だな」
と笑われた。
自分でもイライラしてきて。だんだんやけくそになってきた。
「ラスト!!」
キャプテンの声がかかる。
最後くらいはまともに決めたいと意気込んで望んだのだが
「刃くんがんばれ!!」
ベンチから拡声器で檄を飛ばしてきた粟根さんの声に気を取られ、ボールは高く上がり、ゴールポストの上方を飛んで行った。
「やべっ」
ぶわっと冷や汗が出た。
ボールは鋭く飛んでいき、直撃してしまった。
宍戸さんに。
地面を弾むボール。その場にうずくまる宍戸さん。
俺はすぐさま駆け寄った。
「ごめん!! 大丈夫? 宍戸さん!」
俺が駆け寄ったところ、宍戸さんはよろよろと起き上がって
「うん大丈夫」
と言いながら、地面に落ちてしまった眼鏡を拾い上げた。
しかし、メガネはフレームが歪んで、レンズが外れてしまっていた。
「ああ、本当にごめん。えっと、とりあえず、保健室行く?」
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
そうは言うものの。俺とは目を合わせてくれない。多分怒っている。
「でも」
「いいから。こんなところでのんきに絵をかいていた私も悪いし」
宍戸さんはそういって、道具を片付け始めて、立ち上がったと思うと、校舎の中へと入って行ってしまった。
俺が呆然と立ち尽くしていたら
「ドンマイ」
と亮介が肩を叩いた。
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