ファーストインプレッション

 彼女について行って到着したのは、駅のデパートだった。彼女はデパートに入るなり、紳士服コーナーに向かい、ハンカチ売り場の前で立ち止まった。嫌な予感がした俺は

「もしかして、ここでハンカチ買う気?」

 と宍戸さんに聞いた。

「はい。できれば同じものがあればいいんですけど」

 宍戸さんは探すような視線で、商品を見ている。


「いやいや。そんなん要らないし」

 ほんのちょっと、いや気づかないほどの汚れしか残っていないのに、新品を買わせるなんてこと、会ったばかりの人間、ましてや高校生に買わせるなんて、できるわけがない。


 俺がそう言ったら、宍戸さんは

「そうですよね。できれば違うデザインのがいいですよね」

「いや、そうじゃなくて」

 まったくもって頓珍漢なことを言う。


「どういうことですか?」

 宍戸さんはきょとんとした表情を浮かべた。

「だから、ほんとに、ハンカチのことは気にしてないし、むしろ新品のハンカチ君に買わせたら、そっちのが気後れするんだけど」

 俺がそう言うと、宍戸さんは困ったような表情を見せた。


「でも、私、ちゃんとお詫びしないと、母に怒られてしまうんです」


 俺はその言葉を聞いて、彼女の内気さと、礼儀正しさの理由を垣間見た気がした。随分と厳しい家庭で育ったに違いない。さすがに俺が意固地に断って、彼女が母親に叱られてしまうのは申し訳ない。


「……じゃあさ、下のお店でスイーツ奢ってよ」

 ここに入っている飲食店も、高校生が入るにはそれなりに躊躇う値段のものを提供してはいるが、今横目に見た、ハンカチの値段よりかは安いだろう。


「でも、母が」

「俺がそっちがいいって言ったっていえばいいじゃん」

「……分かりました」


 彼女もしぶしぶ了承して、俺達は二人で階下に向かった。


「何がいいですか?」

「まあ、見ながら適当に決めようよ」

「あ、ですよね」

「ていうかさ、宍戸さんさ」

「はい?」


「敬語辞めない? タメなんだし」

「……あ、はい、分かりました」

「だから、敬語なってるよ?」

「あ、はい。……うん」


 ぷらっと店を見て回り、パンケーキがおいしそうだったので、パンケーキ屋に入った。


 注文をし、運ばれてきた商品を見て、俺は思い付きで

「写真撮ったら? お母さんへの証拠として」

 と彼女に助言した。彼女は頷き、スマホを取り出して、パシャパシャ取り始める。それだけを見ていれば、彼女も普通の女子高生だ。

 なんだかんだあったが、いい子には違いない。


 妙に温かい気持ちになっていた俺だったが、彼女の次の行動にはビビった。手を挙げ店員を呼んだかと思ったら

「写真撮ってもらえますか?」

 と頼んで

「ほら、関ケ原君も、寄って」

 と俺に被写体になることを要求したのである。あまりの強引さに驚きすぎて、素直に従ってしまった。


 写真を撮られて、店員に礼を言った彼女は

「ありがとう。これでお母さんに言い訳できる」

 と俺に言ってきた。予想の斜め上のことをする子なのかな。


 そこで俺は思い出したように

「なんか、第一印象と大分違うかなと思ったんだけど、違わなかったわ」

 と彼女に告げた。


「え、何の話?」

「初日から遅刻しそうだったのもそうなんだけど」

「え、あ、あれは、電車が遅延しちゃって」

「でも、他の子、誰も遅れてなかったよ」

「……私のところ、ローカル線だから」

「え? なんて、ローカル娘?」

「違う! ローカル線! 関ケ原君って優しいけど意地悪だね」

「はは。ごめんごめん。まあ、それはそれとしてあれだよ」

「え?」


「『受かったやつが泣くんじゃない!』」

 俺はあの時の彼女の声音を真似て言った。


「……」


 彼女は絶句した。


「どうしたの?」

「人違いです」

「え、違わなくない?」

「違います」

「敬語戻ってるよ。」


 彼女は真っ赤な顔で涙目になって俺を睨んできた。


 なんだろう……本当に面白い子だな。


   *


 帰宅後。

 何の気もなしにスマホをいじっていたら、今日は自主休講決めるぜ、と今朝方サボる宣言をしていた姉貴が、フラッと俺の部屋にやってきて

「ジンくん、今日早いじゃん、部活は?」

 と聞いてきた。

 自分は大学をサボっているくせに、弟が部活をしているかどうかは気になるらしい。


「ちょっと、駅行ってた」

「なんで?」

「……パンケーキ食いに?」

「は? そんな店あったっけ?」

「あるよ」


 俺はブラウザに店名を打ち込み、出てきた店をタップして、姉貴に見せた。


「へぇ。昔なかったと思うけど、最近できたんだ。美味しかった?」

「まあ、旨かった」

「今度行こうかな」


 姉貴はそういって、俺にスマホを返し、一階に降りて行った。


 俺はその店のページをざっと見て、呟きが埋め込まれているのに気が付いた。店の名前が入ったハッシュタグを自動的に拾い上げるコードが書かれているのだろう。


 パッと見たら、今日俺と宍戸さんが注文した品と全く同等のものが、写真で挙げられていた。


 呟き時刻はまさしく今日の夕方で

『例のイケメンとパンケーキ食いに言った。ワロタwwwwwwwww』

 と書き込まれていた。

 まさかと思い、呟き主のホームに行き、呟きを探ってみたが、あのツーショット写真は見当たらない。


 そのアカウントは今年の三月に作られたもののようだった。


 一番古い呟きを見たところ

『合格発表でテンション上がりすぎてイケメンに話しかけちゃったンゴw ドン引きしてたンゴwwwwwwwww』

 という書込があった。

 日付は、俺の高校の合格発表が行われた日と同日であった。


 俺は全身がむず痒くなるような感覚を覚えた。

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