第5話 海でドライブだ
海の世界は驚きの連続だ。
ここではおれたちの常識なんてこれっぽっちも通用しない。
ご機嫌なドライブは絶賛継続中。信号待ちのストレスから解放されるなんて最高だ。
代わりにあるのはイルカやクジラの交通渋滞。だけど待ち時間すら、幻想的な風景はおれたちを楽しませてくれる。
「変ないきもの」
心なしか、アサも楽しそうだ。窓にへばりついて、ランタンのように淡く光るクラゲを眺めている。クラゲが通り過ぎるのにつられて、身体が後部座席に伸びていく。
「灯籠クラゲだ。窓は開けるなよ、中のもの全部を固定してる訳じゃないから、荷物がびしょびしょになる」
話に聞いていた通り、美しい珊瑚の森を走り抜けながらパオは進む。
「というか、ルルなんとかも連れて来れば良かったんじゃないか?」
アサはクラゲに満足したのか、お行儀よく座り直して言った。
「身体の弱いルルさんを連れてきて、空振りだったら悪いだろ」
「もし違ったら無駄足だな」
「その時は人魚に戻れる魔法の歌を教えてもらうさ。まあ、簡単じゃなさそうだけど」
彼らにとって魔法の歌は、大切なものなのだとか。同じ人魚ならばともかく、よそ者が教わるのはハードルが高い。
おまけに歌は口伝で、少しでも音が外れると効果がないのだという。
「じゃあカイには無理。音痴だもん」
「ほっとけ」
アサのからかい混じりの言葉に、おれはパオのアクセルを踏み込んだ。
「そろそろだと思うんだけど」
どれくらい走っただろうか。リヴァイから聞いた情報なら、もう着いても良さそうなものだけど。
「カイの音痴は方向もだった」
小さなあくびをつきながら、アサがつぶやく。外の景色が殺風景になってきて、うちのお姫様は退屈してきたのだろう。確かに聞いていた話と様子が違う。
人の気配もない。
珊瑚も心なしか元気がない。
「失礼な、おれは地図は読めるぞ」
しかし実際、薄暗くなってきた景色は心に不安を投げかける。おれは車のライトのスイッチに手を伸ばした。すぐ側を泳いでいた長細い魚が慌てて離れていく。
そしてライトに照らされた光景を見て、おれは助手席のアサに勝ち誇った。
「ほらみろ」
光に浮かび上がったのは、巨大な貝殻の影だ。だけどアサは顔を顰めてみせる。
「ほんとうにここ?」
「えーっと、そのはず」
がっかり世界遺産ってあるよな。話に聞くのと実際に目にするのとでは、違うものだ。
アコヤガイの夢のステージは確かに家よりデカかった。だけどテナントが一つも入っていない幽霊ビルのように不気味だった。
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