第4話 海だ



「なあアサ、海水浴にでもいかないか」


 そんな誘いに、アサはすぐにのってきた。


 海沿いの道。車窓から流れ込む空気は潮の匂いに満ちていて、視界には白い砂浜とエメラルドグリーンの海が広がる。


 天気は良好。まさに最高のドライブ日和。


 おれの愛車はオンボロで水色のパオ。一年だけ受注生産された骨董品。この世界にも四輪駆動はあるのだ。燃料はガソリンでも電気でもないけどね。


 なんでも異世界からの漂流物が流れつく場所があって、そこからこっちの世界ようにカスタマイズして広まったのだとか。


 日産のエンブレムを目にしたときは、思わず変な気分になったものだ。槌をもったドワーフの整備士と日産。うーん、シュールレアリズム。




 だけど現在。助手席のアサの機嫌は最低だ。


 すでに気合いの入りまくった水着に着替えている。これで浮き輪を被せれば、まるっきり夏休みの小学生の完成。それってこの世で一番無敵の時間だろ。


 だけどアサは薄い胸の前で腕を組みながら、ずっとおれを睨み続けているのだ。




「ルルさんの故郷、思ったより早く見つかりそうでよかったな」


 リヴァイという海竜は、癖はともかく優秀な人だったようだ。


 ルルさんが倒れていた場所から近くて、珊瑚の森に囲まれた場所。それだけの手掛かりから、彼はわずか2週間足らずで候補を見つけてきてくれた。


 決め手は、建物よりでかいアコヤガイのステージ。


 それは一昔前に海で流行った、海底のコンサートステージなんだとか。


「街の名はパエゼ・ナティーオ。音楽の都として有名らしいぞ」


 無視。


「いやあ、夏はやっぱり海だよな」


 無視。つーんという擬音が聞こえてきそう。


「そうだアサ、うしろの袋にラムネがあるぞ。食べるか?」


 アサが口を開いたのは、ラムネに釣られてというよりも、話しかけられ続けるのが鬱陶しかったからだろう。


「わたしは、海水浴と聞いていた」


「そうだよ」


「カイの話は、仕事だ。いつもいつもいつもいつも」


 車窓を眺めてあっち向いてホイ。まったく目も合わせようとしない。


「ほら、利用者の満足度は大切だろう?」


「わたしの約束の方が先約だ。トカゲも魚も放っておけばいいのに」


「おいおい、そんな言い方ないだろう」


「わたしの方が年上。小さな子供に気をつかう必要はない」


 前回の言い訳も不発。おまけにデリケートな部分に自分から突っ込んでいる。本格的にご機嫌斜めのサイン。


「悪かったよ。だけどおれ1人じゃあ、海の底の探検ができない」


 アサを誘ったのは、もう一つの問題である、海中での活動方法のためだった。


「固定すればいい。そうすれば、水圧で潰れることもない」


「出来ないって知ってるだろ。おれにずっと窒息死の苦しみを感じ続けろと?」


 固定は万能の魔法じゃない。


 たしかに身体を固定すれば海の中でも動ける。


 だけど感覚は残っているんだ。肉体が損傷しなくても火の中にいれば熱いし、殴られれば痛い。アレもコレモ、痛みに強いおれじゃなければ、卒倒してると思う。


 要するに、窒息死し続ける。


「と言うわけで、アサ、なんか便利な魔法ない? 海中で息できるようになるやつ」


「わたしを便利なたぬきロボットと一緒にするな」


 アサは日本フリークだ。おれから仕入れた知識を、いくらか間違えて覚えているけれど。伝言ゲームってむずかしいよな。


「今月の日本製駄菓子、3倍」


 だがしかし、大人は汚いのだよ。アサは秀麗な顔を歪めると、指を3本立てたおれの手を無理やり開いた。オーケイ。5倍で交渉成立だ。


「あるにはある。水中での戦闘用に編んだ呪文」


「さすが。プリーズ」


「でもせいぜい30分」


「問題ないさ」


 一度かけてもらえれば、なんとでもなる。万能じゃないけど、おれは小細工にかけちゃあ、それなりに有能なんだ。


「それじゃあ、固定」


 アサにかけてもらった魔法を、固定する。これで時間の縛りはなくなった。


 楽しい海中散歩の始まりだ。




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