第3話 中庭の道化師

 暑い盛りを迎えて、中庭のひまわりは太陽に向かってまっすぐに背筋を伸ばしている。


「それで、安請け合いして来ちまったと。バカかいアンタ」


 一方で、暑さに茹だるおれは虹色のパラソルの下で、ガーデンテーブルに突っ伏していた。


 「おはるさんは辛辣だなあ。でもまあ、はい。その通りです。ちっとも良いアイデアが出てこない」


「おばあさまったら。カイさんはそのご婦人のために頑張っているんですから」


 着信はおはるさんとカエンの竜王コンビからの、お茶会の誘いだった。


「甘やかすんじゃないよ。旦那を自由にさせてたって、ロクなことをしないんだから」


「旦那様だなんて、そんな」


 おはるさんの冗談に、カエンの頬がぽっと染まる。竜王の仕事にも慣れてきて、近頃はずいぶん雰囲気も柔らかくなったようだ。



「でも確かに、海の底から名前も知らない街を探し出すのは難しいですね」


 せめて自由に歩き回れれば良いんだけれど、気軽にものを尋ねて回れる場所じゃない。


 おまけに手がかりはルル・シャンテという名前と、記憶の中の風景だけ。


「おれも半分死にかけていた時に世界中あちこち行ったけど、さすがに海の中は、ねえ」


 両手をあげて降参のポーズ。カエンには意味がわからなかっただろうけど、口を挟むことはなかった。


「男ってのはまったく、ちょっと面がいい女が居るとすぐに転がる」


 だけどこの言葉にはすぐさま食いついてくる。美人の笑顔だというのに、全然嬉しくない。夏の熱気を歪ませる冷たい微笑み。


「ちょっと待ってよおばあちゃん。これって、故郷を探す老婦人のハートフルな物語だよね」


「人魚は老いとは無縁だからね。年増に入れ込んだ若造と、昔の男のドロドロの愛憎劇かもしれないよ」


 そんな胃にもたれる役、おれには似合わないんだけどな。どちらかというと、舞台上で右往左往するピエロだ。


「楽しんでるでしょおはるさん。でもそうか、その男も手掛かりだ」


 ルル・シャンテの名を叫んだ男。彼は彼女にとって、どういう存在だったのだろう。


 恋人か、家族か。

 それとも敵か。



「だけどまあ、アンタはバカだが運はいい。そいつはいい男の条件だ」


 おはるさんは首を回してカエンを見据えた。


「いるじゃあないか。ここにおあつらえむきなのが。海底を自由に移動できて、広い範囲を知っているヤツ」


 当の本人は「え、え、え、私?」と困惑している。だけどおれにはすぐにピンときた。


「竜の巣の海竜」


 確かに海の中には、彼ら以上の存在はなかなか居ない。オマケに竜の巣は世界中の空を飛び続けている。


「丁度良いのが居るだろう。300歳越えてもフラフラしてる、アイツだよ」


「リヴァイのことですか? 確かに彼は、海の上を飛んでいるときには必ず飛び込んでますね。なんでも『高飛び込み』とかいう競技を普及したいんだとか」


 大丈夫かそいつ。竜の巣の高度を考えれば、海面に激突すればおれの身体なんてバラバラになってしまうだろう。


「でもいいんですかね。おれの個人的な頼みでしかないのに」


 他力本願。大見得切ってこれじゃあ、あんまり情けない。


 だけどおはるさんは鼻を鳴らしてのたまった。その気風のよさこそ、マザードラゴンたる所以だ。


「よくお聞き。アンタは問題を抱えていて、たまたまその問題を解決できる人間が側にいる。そしてうちのひ孫はアンタに協力する気満々だ」


 カエンはおはるさんの後ろで、微笑みながら頷いている。


「出会った人に手助けしたいと思わせている。それは立派なアンタの力だよ」


 竜の微笑みに胸を満たされて、おれは中庭をあとにした。







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