第一話 ロッキングチェアに揺られて
彼女はいつも、窓際でロッキングチェアを揺らしながら外を眺めている。
青い髪を綺麗に結ったルル・シャンテは、アンティークのサイドテーブルからティーカップを手に取った。
その仕草は淀みなく、言われなければ目が見えないことには誰も気がつかないだろう。
「ルルさん、食事の用意ができました」
「いつもありがとう、カイさん」
おれが声をかけると、ルルさんは柔らかい声で応えてくれた。
微笑む彼女には品がある。
おれはアンティーク調のサイドテーブルに食器を並べる。
それからルルさんの手をとり、一つずつ器に触れていく。
「いちばん大きな皿が牛テールの赤ワイン煮込み。右端には夏野菜のサラダ。ビーツのクリームスープは熱いんで気をつけて」
ほとんどの日常生活を音を頼りに1人でこなすルルさんだけど、視覚情報が必要な場面は手助けをする。得体の知れないものを口に運ぶなんて、ゾッとしないもんな。
「あらあら、ずいぶん豪華ね」
そこまですれば、あとは彼女に手助けは必要ない。それどころか、育ちの悪いおれよりずっと優雅にナイフとフォークを扱う。
「ところで、昨日は大立ち回りだったそうね」
「え? 最近なにかあったかな。勇者と魔王が久しぶりのマジ喧嘩をしたのは先月だし、アサが癇癪起こしておれが吹っ飛ばされたのは梅雨入り前だから──」
ルルさんは石の塊でも飲み込んだみたいな顔をして、すぐに小さく笑った。
「なんでも中庭のハルジオンさんを下から突き上げて、空に吹き飛ばしたとか」
「それ、誰から聞きました?」
その言い方は事実だけど、真実とは異なる。うーん、哲学的。だけど社会的におれが死ぬので、訂正を求めます。
「ふふ、203号室のノンさんから。カイさんが居ると、みんな楽しそう」
「勘弁してくださいよ。みんな隙あらばおれをオモチャにしたがるんだから」
あの婆さんは噂話が大好きで、おまけに話し上手なもんだから雷光の速さで話が大きくなって広まるのだ。
「みんな頼りにしているのよ。むしろ甘えているのかも」
「ルルさんも、いつでもどうぞ」
そう言うと、彼女は食事の手を止めた。
「それなら、ひとつお願いがあるのだけれど」
「なんなりと」
おれは執事のように頭を下げて、恭しい礼をとる。顔を上げると、思いのほか真剣なルルさんの眼差しが突き刺さった。
「私はもすぐ死ぬと思うの。そしたら遺体を海に運んでくれないかしら」
一瞬、答えに詰まった。
「面倒なお葬式なんていらない。その足で海に捨ててくれればいいの」
「やだなあルルさん、まだそんなこと考え込む歳じゃないですよ」
「あら、私が幾つかご存知で? 私自身ですら分からないのに」
そう言ったルルさんの顔は、ゾッとするほど美しかった。彼女は品に加えて、人を魅了するなにかを持っている。
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