盲目のマーメイド

幕間 盲目のマーメイド

 みんなには故郷ってあるかい。


 いい思い出ばかりとは限らないけど、ふとした拍子に思い出す場所。


 おれの場合は異世界なんて来ちゃったものだから、ひとつの場所には絞りにくい。だから人よりたくさん故郷があるってことにしてるんだ。そうすれば、ちょっと得した気分になれるだろ。


 田んぼの広がる田園風景。活気あふれる下町。ネオン輝く都会の歓楽街なんて人もいるだろう。


 友達の故郷を一緒に訪ねてみるのもいいかも知れない。そうすれば、なんでも知っていたはずの腐れ縁の意外な一面を知れるかも。




 今回のお話は、そんな故郷を想うマーメイドのお話だ。


 彼女は目は見えないけど、なんでもお見通しの聡明なご婦人。


 そして故郷は海の見える町だ。


 コバルトブルーの波間に、色鮮やかな珊瑚礁。デッカい魚と一緒に泳ぐなんて最高だよな。だけどその町じゃあ、白い砂浜だけは拝めない。


 だってその場所は、深い海の底にあるからね。


 彼女は若い頃、光と一緒に大切なものを失くしてしまった。


 人魚にとってもっとも大切な詩だ。


 陸に上がる時、人魚は魔法の歌でヒレを足に変えるんだって。だけどその歌を忘れちまうと、もう海には帰れない。大海を旅するには、人間の足は少しばかり頼りないからね。


 それから彼女はずっと陸で暮らしてる。毎日、瞼の裏のもう帰れない故郷だけを眺めているんだ。


 だけどそんなのって、寂しすぎるよな。


 だからおれは、彼女の里帰りを手伝うことにした。


 まさかあんな大事になるとは、思いもせずにね。

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