第10話 新王への讃歌

 空の上は、時間が停まったみたいだ。


 あるのは無限の広がりと、遮るもののない太陽の暖かさだけ。


「落ちない、どうして。まさかお祖母様、翼に力が戻ったのですか!」


 しがみついていた俺から、弾かれたようにカエンは飛び退いた。


「羽ばたいていない? それじゃあどうして」


 視線の先のおはるさんの翼は、大きく広げられたまま動いていない。


 疑問はすぐに解けて、また新しい謎を呼んだようだ。


「アンタの言う、バカ介護士の力さね」


 おはるさんは悪戯を成功させたように、にんまりと笑った。バツの悪そうなカエンに、おれは種明かしをする。


「固定。それが俺の力なんだ」


 全てのモノは、魔法にかけらた状態で固定される。


 竜の息吹に焼かれたって、固定されれば身体は消し炭になったりしない。勇者の魔法でも建物の壁は吹っ飛ばないし、魔王の吐き出す冷気で床がアイスリンクに変わったりもしない。


「今回は、おれたちを囲む空そのものを固定している。だから固定を解かない限り、おれたちは空に留まり続ける」


「無茶苦茶です。そんなの、魔法の概念を超えている」


「まあ、ちょいと訳ありでね」


 カエンは呆れたようにため息をついて立ち上がり、瞳を閉じた。今度は瞼に力はこもっておらず、流れる風に身を任せるような穏やかな表情だ。


「これが空。気持ちいい」


 炎のような赤い髪が、青い空にたなびく。


「老いぼれが無理を承知で飛んだんだ。言いたいことは分かるね」


「翼のない私に出来るでしょうか」


「アンタがいるのはどこだい。翼がなくったって、空を飛んでいるじゃあないか」


 カエンの瞳に涙が光る。


「最後にもう一度だけ聞くよ。アンタは竜王か、引きこもりの弱虫か」


 その首が縦に振られて、雫が陽光を浴びてきらめくのを確認すると、おはるさんは竜の巣に向けて声を張り上げた。



「ハルジオンの名において、カエン・ペンドラゴンを新竜王に認定する!」



 それは新しい神話の一幕だ。特等席で立ち会えた今日のおれは運がいい。


 天空都市を支えるグランとやらが、新しい王を祝福するように咆哮を上げる。空気を震わせるその唄声に、人々の歓声が溶け合って響いた。

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