第9話 空の旅

 おれは下に集まった勇者と魔王に合図を送る。


「おいクソ魔王、トチるなよ」

「抜かせヘッポコ勇者。吾輩キサマとは違うのである」


 2人はおはるさんの身体の下に潜り込み、手を差し込んだ。淡く光っているのは、魔力によって身体能力を上げている証拠だ。


「ちょっと待って下さい。まさかあんなお年寄りがお祖母様を放り上げるつもりですか。不可能です。竜族の体重が何トンあると思っているんですか」


「うちの入居者さんは特別でね。時々ガス抜きをしなくちゃ、暴走するからちょうどいいのさ」


 次の瞬間、身体に凄まじい圧力が襲いかかる。重力はまるで、おれとおはるさんを拒むように容赦なく攻勢を仕掛ける。


 舌を噛まないように気をつけてながら、隣のカエンに視線を送る。堅い表情は剥がれ落ち、必死におはるさんにしがみついている。


「どうかな、初めての空の旅は」


「これは飛ぶとは言いません! ぶん投げられてるんです!」


 下を振り返れば、竜の巨体をぶん投げた勇者と魔王が大の字でぶっ倒れていた。ヤバい、老体に無茶させ過ぎたかな。


 引き剥がされそうになるカエンの身体を支えると、そのおれごとおはるさんの翼が優しく抱き止めてくれる。


「アンタも無茶する子だねえ。どうしてここまでする」


「別に。強いていうなら、おれは美人と年寄りには優しい質なんだ。そういう意味じゃあ、おはるさんは両方合格」


「なんだい気色悪い。でもまあ、バカ騒ぎは嫌いじゃないよ」


「なにを呑気に! これ着地はどうするんですか!」


「まあ、なんとかなるさ」


「このバカ介護士! ぜったいオマエなんかにお祖母様は任せらんない!」


 鬼の形相のカエンの叫びに、おはるさんの笑い声が重なる。


 すでに視界は青の中。なんだか素敵なメルヘン気分。


 天空都市を追い越した。目標はもっと先。


 遮るものなどなにもない、空の彼方。


 おはるさんの荒い呼吸が、白い塊となって流れてくる。久方ぶりの飛翔という無茶は、彼女にとっても辛そうだ。


 最後の力を振り絞ってしがみつく。いけ。もっと上がれ。


 「無理無理むりむりムリむり、きゃー!」


 カエンはすでに混乱の極地のようで、目をぎゅうっと瞑って可愛らしい悲鳴を上げている。


 不意に、圧力が消えた。代わりに訪れたのは内臓を競り上げる浮遊感。


「おはるさん、思いっきり!」


 その瞬間、竜王の純白の翼が空いっぱいに広がった。


 眼下に広がる竜の巣から、大きな歓声が響く。


 あとは堕ちていくだけだって?

 それじゃああんまり愛想がない。


「固定」


 呟きとともに、浮遊感は消えて風が頬を撫ぜた。


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