第3話 竜王
「遅い。もうきてる」
慌てて事務所に戻ってみれば、出迎えたのは不機嫌さを隠そうともしない仏頂面の幼女だった。
彼女の名前はアサ。愛想とは無縁だけど、幸いクレームを生み出したことは一度もない。そうでなければ、即刻施設の顔である管理人室から立ち退いてもらうところだ。
「悪いアサ、それで家族さんは」
アサは薄い金色の髪をくしゃくしゃとかき乱すと、形のいい顎をしゃくってみせた。その先には、燃えるような赤い髪の女が所在なさげに座っている。
背筋は伸びていかにも出来る女って感じ。おれはアサに足を踏まれて、慌てて訪問者に歩み寄る。
「おはるさ、んん。ハルジオンさんに面会ですね。ご案内します」
巨大な竜族は、国単位で暮らす時には人型を取るのだ。女は、俯き加減で応えた。
「どうも、祖母がお世話になっております。私カエンと申します」
堅い挨拶は思いっきり社交辞令。だけど初対面の美女なんてそんなもんだろう。おれはそれっきり黙りこくってしまったカエンを引き連れて、中庭に向かった。
「ハルジオンさん、お孫さんが来られましたよ」
せっかく他所行きの声を作ったというのに、おはるさんはカエンを一瞥するとこちらに粉をかけてくる。
「おはるさん、だろう? 一丁前に取り繕うんじゃないよ」
その瞬間、カエンの堅い表情筋にヒビが入った。なんとか体勢を立て直して、彼女はおはるさんの前に跪く。
俺はそんなカエンの態度に驚いた。おばあちゃんの面会にしては、ちょっとだけ仰々しい。
「おばあさま、カエンです。本日は大事なお話があって参りました」
「そうかい、あたしゃあ話なんてないけどね」
そこまで見届けて踵を返す。身内同士の込み入った話には踏み込むべきじゃない。だけどおはるさんの意見は違ったようだ。
「構わないよ。アンタもそこにいな」
またしても特大の爆弾を放り込まれたように、カエンの顔に驚愕が浮かんだ。逡巡は束の間で、彼女は意を決したように話し始める。
「竜王就任のお話、お断りしようかと思います」
今度爆弾を放り込まれたのはおれの方だ。
竜王だって?
この美人さんが?
混乱するおれを差し置いて、おはるさんの反応は冷ややかだ。
「理由は」
「やはり私では、力不足かと。それに国から王を奪った罪は消えません」
「そうかい。話はそれだけだね。それじゃあ帰りな」
カエンは何か言いたい素振りを見せたが、すぐに立ち上がった。
いやにあっさりしているが、なんだか目の前で重大なことが決まりかけている気がする。おれは慌てて2人の間に体をねじ込むと、阿呆のように明るい声を出していた。
「おはるさん、せっかくお孫さんが来てくれたんだからさ。俺がコーヒーでも入れてくるから、もう少し話しなよ」
「そりゃいいね。この子の分は要らないよ。アタシとアンタでお茶でもしようじゃないか」
おはるさんの返事も、冷え切ったコーヒーより苦いものだった。
さてさて、どうしたもんかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます