第2話 ビッグママママ
部屋の清掃も、うちの施設じゃ介護士の仕事だ。
だけど彼女の場合、部屋の清掃というよりも庭の手入れといった方が正しいかもしれない。
「まったく雨ばかりで辛気臭いねえ、カイ」
チロチロと燃える炎を吐き出しながら、真っ白な鱗に覆われた竜はため息をついた。それだけで、中庭の掃き集めた落ち葉が炭に変わる。
「勘弁してくださいよおはるさん。季節ばかりはどうしようもありませんって」
ハルジオン・エンシェント・ペンドラゴン。かつて竜王と呼ばれていた老婆を、おれはそう呼んでいた。最初はどやされたものだけど、今では別の呼び方をすると機嫌を損ねる。
「アタシが若い頃なら、雨雲くらい一息で吹き飛ばしてやったもんだけどね」
「おはるさんの基準で生きてたら、天気予報士は商売あがったりですよ」
おはるさんは、ふんと鼻から息を漏らした。それだけでチリチリと皮膚が焦げ、前髪が噴き上がる。
「アンタは人間のくせに頑丈なのがいいね。ちょっと咳き込むだけでヒーヒー逃げられたんじゃあ、どっちが世話してやっているのか分からないからね」
「俺だって、中途半端に異世界にきたってだけの普通の人間なんですけどね」
「そんなことよりアンタ、いい人は見つけたのかい?」
「まだおれには早いですって」
「早いもんか。人間の寿命なら人生の4分の1は過ぎてるだろうに。アタシがそれぐらいの時にはもう、1ダース分くらいの卵は孵っていたさね」
竜族の寿命は長い。彼女は今の竜王の母親だが、その前の竜王も、さらにその前の前の竜王にとっても母親だった。まさに今の竜社会におけるマザードラゴンなのだ。
「ああ、情けない。身体に無理がきくなら、立派な雌竜を見繕いに行ってやるのにねえ」
首をもたげて、彼女は自分の翼に目をやった。その翼は今でも十分立派に見えるけれど、それでも空を駆ける力は残っていないらしい。
「おはるさん、おれ人間なんだけど」
「細かいことを気にする男はモテないよ。アタシのひ孫なんていい年頃じゃないかい。そういえば、あの子も小さなことをぐちぐちと気にする子だったね」
年寄りの身内への愚痴は、話半分に聞いたほうがいい。なんたって当の本人の瞳が、隠しきれぬ愛情で細められているのだから。
「そうだ、アンタからも言ってやっておくれよ、だいたい」
おはるさんがまだ何か言いさした時だった。ポケットの中で通信魔具が着信を知らせる。耳に当てると、不機嫌そうな低い声が漏れて来た。
「わかった、すぐ行くよ」
「なんだいつれないね、お呼び出しか」
「ごめんねおはるさん、噂をすれば影だ」
おれの言葉に、おはるさんの瞳は獰猛に細められた。
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