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ある日、緑色の小さな実がなっているのをリューが見つけた。
期待を込めた目で、実と僕とを交互に見ている。
「もう食べられるかな?」
そう言っているようだった。
僕は、まだだろうね、と言いながらも、少し感動していた。
毎日水をやり、世話をし、成果が出たのだ。
正しく育てられているのだ。
「でも、これが美味しいかどうかも、まだ分からない」
僕の言葉は彼女に伝わらないが、目線で伝える。
しかし、彼女はとても嬉しそうだ。
実がなって数日、徐々に赤く色が変化してきた。
文献によると、そろそろ食べごろのようだ。
しっかりと洗浄したのち、実を食べてみる試みがなされた。
僕たちは決められた食事以外を摂ることに少し抵抗があったが、
一方で「なんとしても食べたい」という感情があった。
リューだけがこれを食べて体調を崩しでもしたらまずい。
非常にまずい。
もちろん味の話ではない。
赤く色づいた実を採取し、一度研究室に持ち込んだ。
僕やリューにとって悪性の菌がいないか、種はどこか、そもそも食べられるものかどうか。
文献である程度知っていたとはいえ、誰もが植物に初めて出会ったのだから、慎重になるのは当然だ。
誰もが結果を待ち望んでいた。
赤くなりだしてからずっと、皆浮足立っていたから。
「まあ、食べられるだろう」
大まかにいえばそういう結果だった。
「そのまま食べるのが一番美味いだろう」
調理法など誰も知らないのだから、どんな結果であれそのまま食べる以外に選択肢などなかった。
最初にこの施設で最も年長の二人が一つずつ食べることになった。
僕もリューも少し残念だったが、仕方ない。
この植物がいずれもっとたくさんの実をつけてくれるだろう。
そうすれば僕もリューも、あれを食べられるに違いない。
「この味を表現する言葉がない」
それが第一声だった。
不思議な表情をしていた。
美味いのか、まずいのか、それがわからない。
「美味い……」
それからその二人は、口々に説明をしようとするのだが要領を得なかった。
普段摂っている食事とは明らかに違うものだそうだ。
僕たちはその感触のイメージが湧かず、もやもやとした思いを抱えて次の実がなるのを待った。
僕の分の実ができて、初めてそれを口にするとき、とても時間が長く感じられた。
普段摂る食事とは明らかに違う。
リューは期待を込めた目で僕の方を見ていた。
「美味しいよね? きっと美味しいよね?」
そう言っているように思えた。
他のみんなの体に異常はなかったので安心だが、僕にだけ合わないこともあるだろうから油断はできない。
拒否反応が出たらどうしよう。
まずかったらどうしよう。
しかしやはり好奇心が勝ち、僕はその実を飲み込んだ。
「……!」
それは、美味しいというか、まずいというものではなくて、ただ新鮮だった。
昔の人類はこれを食べて生活していたのか、という感動。
中には液体状のなにかが詰まっていて、それがあふれてくる。
初めて噛みしめる感触。
これは、食べた者にしかわからないだろうな。
僕は彼女に向かって「美味しいよ」と伝える代わりにウインクをしてみせた。
彼女の表情がぱっと明るくなった。
気がした。
最後に、リューの番が来た。
あれから植物は次々に実をつけ、もうすぐ赤くなるものがたくさん生っている。
リューにそっと実を渡す。
リューは鼻を近づけて匂いをかいでいたが、そのうち恐る恐る実を口に入れた。
僕たちが食べている様子を見て、楽しみにしていたはずだ。
だけどやっぱり、いざその時になると怖くなる。
僕たちと、そういうところは似ている。
ゆっくりと噛みしめる。
驚きの表情。
口の中で液体があふれだしたかな。
そう思っている間にリューの口から赤い液体がぽたぽたと零れ落ちた。
やっぱりびっくりしたよね。
そんなもの、食べたことないもんね。
僕たちは笑いながら彼女の口元を拭いてやり、頭を撫でてやった。
これで彼女も拒否反応がなければ、このまま育てて食料にしていくつもりだ。
いずれこれが主食になるかもしれない。
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