第18話 騒動の終わりは突然に

「何!?それは本当か!警備についていた者たちはどうした!?」

 突如飛来した報告にレオは敬語を忘れて言葉を返した。


 彼の家が管理してる宝物庫は村の外れに位置しており、特に歴史的価値のあるものが多く収められている。しかし、いわゆる『金銀財宝』といったものはひとつとして所蔵しておらず、専門家から見ないとその価値が分からない玄人ものしかないはずだった。なぜ盗賊団がそこを襲ったのかレオには定かでなかったが、まずは事態の収拾と把握に思考を割り振ることにした。


「みんな倒れてるって!あそこでラコング隊長と話してる人が教えてくれたの!」


 ラビィが指さす方を見ると、ネズミのような姿をした人が必死になって説明していた。その後すぐに、ラコングのそばにいた警備隊のうちの何人かが現場へと向かうべくその場を後にしていった。

 さらなる混乱に周囲が再びザワつく中、ひとり安堵の表情を浮かべる者がいた。


「どうやら、上手くやってくれたみたいだな」


 目の前のクロヒョウは床を見つめ、そっと呟いた。提灯によく似た木製の街灯が照らしだすその漆黒の姿には、どこか不気味さを感じさせるもにがあった。


「グイド!いったい何が目的だ!」

「すまんが、教えることはできない。それに、これ以上の長居は無用だ。久しぶりに話すことができて楽しかったよ」

「おい待て!グイ——」


 グイドが懐から取り出します黒い玉を床に投げつけると、そこから白い煙が発生し、辺りを覆い隠した。途端にあちこちから悲鳴や逃げ惑う音が沸き起こる。それとは対照的に、グイドの姿は煙の中へと静かに消えていった。


「な、何これ!?なんにも見えないよ!?」

「っ、煙幕か。グイド!どこにいる!」


 レオの呼びかけも煙の中にむなしく溶けるばかりで、幼なじみに届くことはなかった。


 やがて視界が開けてもなお、民衆のパニックはしばらく収まる気配がなかった。道には果物や服などが散乱し、あちこちから子どもの泣き声が聞こえてくる。最初に商店街を訪れた時の賑わいが嘘のように思えるくらい混沌を極めていた。

 警備隊は村民を安心させるためにすぐさま動き出した。比較的早く気持ちを落ち着けられた清水とラビィは警備隊の指示のもと、事態の収拾に協力することにした。


「ねぇ!レオも手伝っ、はっ!?」

「……」


 ラビィは思わず息を飲んだ。レオの周りに、誰も寄せ付けようとしない重苦しい空気が流れていたからだ。


「レ、レオ?」


 ラビィがそっと尋ねる。レオは目も合わせよとせず、

「宝物庫の方を見てくる」

とだけ言うとゆっくりその場を後にした。その後ろ姿をラビィは不安そうに見送った。


 こういう時こそ、気の利いた言葉のひとつやふたつをさっと言えれば良いのだが、清水には少々ハードルが高い。それでも何か言おうと慎重に言葉を選んでいるうちに、いつの間にか近くにいたラコング隊長に先をこされてしまった。


 彼のかけた言葉はとても優しく、そして前を向かせてくれるものだった。ラコングが言葉を紡ぐ中でラビィの表情は少しずつ明るくなっていった。彼女に向けられた言葉のはずなのに、清水まで不思議と元気になっていく。いったいどれだけの経験を積めば、瞬時に言葉が出てくるのだろうと思いながら清水もじっと聞いていた。


 普段のラビィの笑顔が戻ったのを確認すると、ラコングは手を焼いている隊員のもとへと向かっていった。その姿を見て、清水は本物の大人としてのひとつの正解を見たような気がした。研修などでは決してなれるものではない、誰もが憧れる理想の大人。


 この世界に来て、時間をかけて勇気を振り絞ったこともあったが、基本は助けられっぱなし。しかもいざというときに限って、悪い部分が強く出てしまう。果たして自分はこのままでいいのだろうかと清水は複雑な気持ちになった。


「よし。励ましてくれた分、しっかり恩返ししなくちゃ!行こう、ヒロト!」

「うぇ!?あ、あい……」


 急に名前を呼ばれてびくっとした清水は甘噛みしながら返事をした。突っ込まれたら恥ずかしいどうしよう、と清水は心配したが、ラビィは「どうしたの?早く行こうよ!」

と言っただけで杞憂に終わった。


 その後は事態の収拾のためにあちこち駆け回り、気づけば日が完全に落ちていた。ふと空を見上げると、たくさんの星々が光り輝いていた。清水はそれを眺めながら、学生時代に友人と高台に集まって星を観察したのを思い出した。きらきらと輝く星を見ながら将来の夢を語り合ったあの日が懐かしい。清水がひとり感傷に浸っていると、ラビィが木彫りのコップを持って近づいてくるのに気がついた。さらによく見ると、そのうしろにレオとキャロルもついてきていた。キャロルの頭には包帯が巻かれているが、しっかり歩けていることから大事には至らなかったのだと分かり、清水は心の底からほっとした。


「はい!ヒロトもお疲れ様!」


 ラビィからコップを受け取り、そのまま一飲み。乾いた喉に新鮮な水が気持ちよく沁みこむ。


「異世界からいらっしゃったのに、いろいろと巻き込んでしまいまして申しありません」

「私もいろいろと取り乱してしまい、お見苦しいところをお見せしてしまいましたね。申し訳ありません」

「い、いえいえ。そんな謝らなくて大丈夫ですよ。むしろ、お二方がいろいろと無事で安心しました」


 キャロルとレオによる立て続けの謝罪を清水は慌てて制した。さすがに2人から謝られると逆に自分が悪いのではないかと思い込みそうになる。それでもなお「いえいえ」とさらに謝ろうとするので、清水も「いえいえ」と返すしかない。目の前の不毛な応酬を見て、ラビィは呆れたようにため息をついた。

 それに気づいたキャロルは気持ちを切り替え、終わりの見えないようなこの流れに終止符を打った。


「さて、そろそろ家に帰りましょうか。お腹も空いたでしょうし、晩ご飯にしましょう」

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