第17話 堕ちた幼なじみ
「キャロル!しっかりして!」
ラビィが必死に呼びかける。しかし、キャロルは眉ひとつ動かなかった。
「目を覚ましてよ!ねえ!なんで、起きないの!?」
少し遅れて清水も到着した。キャロルの茶色い頭の一部が緋色に染まっていたことから、容態が予想以上に深刻であることは明らかだった。ひとまず、他の警備隊とともにキャロルを安全な場所まで運び、応急処置を施す。その後、数名の隊員が簡易的な担架に乗せ、病院へと運んでいった。
「キャロル……」
「今は、無事を祈りましょう」
ラビィは小さく頷いた。清水たちは小さくなっていくキャロルの姿が見えなくなるまで見送った。夜の青黒さが薄く溶けた夕焼けの空は、まるで2人の感情を表しているかのようだった。
時を同じくして、レオとグイドはしばらく膠着していた。お互いに腕を掴んだまま離そうとはせず、終始にらみ合いが続いた。先にしびれを切らしたのはグイドの方だった。
「どうして、警告を無視した?」
力が入っているからか、若干上ずった声でグイドは尋ねた。そこにもレオは幼少期の彼の面影を微かに見出していた。懐かしさで頬が緩みそうになるのを我慢しながら、レオは話し始めた。
「お前は、昔から臆病だったからな。口や態度は達者になったつもりかもしれないが、声にはそんなお前が見え隠れしていた。それに生来、争いごとは好まない性格だ。ナイフを持った手が震えていたのも見逃さなかった」
「それだけであんな大胆な行動に出たのか!?」
グイドの手に入る力が弱まり、自然と腕から離れた。ほんの少しだけ、昔のグイドが戻ってきたようにレオは感じた。
「いや、それだけではないが……。結局のところ、お前には人を傷つけることなどできないだろうと悟ったのだ。なぜかは分からないが、おそらく幼なじみの勘ってやつだろう」
実はグイドが武器を寄越すよう頼んだときに、幼なじみの関係性をぞんざいに扱われたような気がし、衝動的に動いてしまったというのもあった。レオの中で湧いた静かな怒りの刃が、ピンと張った理性の糸を1本だけ切ってしまったのだ。先のことを考えずに行動してしまった自分の甘さを内省しながらも、気を緩めずに動向をうかがった。
このとき、レオの視界の横でちょうど警備隊がナイフを回収していったのを確認した。これで甚大な危害が及ぶことはないだろうと考え、レオも手を離した。そのまま少し距離を取ると、レオは先ほどから疑問に思っていたことをぶつけてみることにした。
「グイド、お前が王都に行ってからいったい何があったんだ?」
「……いろいろあったさ。レオはどうして俺が王都に行ったか覚えてるか?」
「ああ。たしか親父さんが王国直属の研究室に入ることが決まったからだったよな」
「そうだ。自分で言うのもなんだが、その後親父は着実に成果を出していったらしくてな。国王からも一目置かれていたそうだ。研究室の主任を務めるようになるまでに、時間はそうかからなかった。おかげで、何一つ不自由のない生活を送ることが出来ていたよ。だが、数年前にその研究室で大きな事故が起こってな。当然、親父はその責任を追求された。だが……」
グイドの黒い拳に力が入る。その左目の奥ではどす黒い炎が静かに揺れ動いてた。
「親父は、逃げるように、行方をくらましたんだ」
「グイドの親父さんが?」
「ああ、そうだ。家族である俺たちにも、連絡ひとつ寄越さなくなった。それでも、責任を追及する声が止むことは無かった。そのしわ寄せはすぐに家族に押し寄せてきて、そして」
語調が徐々に強くなる。それと共に表情がどんどん険しくなっていった。レオが一緒にいた頃はあんな憎悪に満ちた表情を一度たりとも見たことがなかった。
「家族は、俺たちの人生は、めちゃくちゃになったんだ!おふくろは憔悴しきって自ら命を絶ち、残された俺は怯えながら引きこもっているしかなかった!身寄りのなくなった俺を引き入れてくれたのが、今の盗賊団なんだ」
「そ、そんなことになっていたとは……」
実はレオも、例の事故のことはうわさ程度に聞いていた。しかし、そのせいでここまで彼が追い詰められていたとは思いもしなかった。
幼なじみであるにも関わらず、何も知らないでのうのうと過ごしていた自分を今すぐぶん殴りたかった。
「どうしてその時、私に相談しなかったのだ?」
「それは……」
グイドは神妙な顔で俯いた。何か言いたくない事情でもあるのだろうとレオは察し、これ以上余計な詮索はしないことに決めた。抵抗しなくなったとはいえ、今のグイドはどこに地雷があるのか検討もつかない状態だ。何かの拍子に起爆してしまえば、次は何が起こるか分からない。ここからは、なるべく穏便にグイドを救い出す方向へと話を持って行くことにした。
「グイド。お前の事情は分かった。言いたくないのならそれでいい。だが、お前はそれで良いのか?」
「っ、どういうことだ?」
「今からでも遅くはないと思う。これも何かの機会だ。盗賊団から足を洗ってやり直さないか?」
グイドははっと目を見開く。目の前で人の優しさに触れたのは実に久しかった。昔から何ひとつ変わらない幼なじみの心に触れ、懐かしさに全てを預けたくなった。だが、一度踏み外した道はそう簡単に戻ることはできないのが世の常である。
「いや、もう手遅れだ」
グイドは諦め半分、申し訳なさ半分の気持ちでレオの提案を断った。
「グイド!そんなことは——」
「レオー!大変!大変だよ!」
レオの呼びかけをラビィの慌て声が遮った。声のする方を向くと、先ほどキャロルを見送った2人が近づいてきた。あたふたするラビィに代わって清水が、切羽詰まりながらも説明に入る。
「レオさんの家が管理してる宝物庫が、何者かに襲われたようです!」
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