第19話 長い一日の終わり
ラビィの家に向かう途中の広場で、レオは自分の家に戻ることを告げた。宝物庫の件でまだやらなければならないことがあるとのことらしい。それに、王都に向かうための荷造りもしなければならないのだ。
明日の朝にこの広場に集合するということを確認し、レオは別の路地へと入っていった。
「せっかくなら夕飯食べてから行けばいいのに」
「やることが山積みなようですから、無理もありませんよ。お時間ができたら、また夕食会を開きましょう」
服や食べ物の入った袋を両腕で抱えながら口を尖らせるラビィをキャロルが優しくなだめた。ふたりのこうしたやり取りを見るのが随分久しぶりのように清水は感じた。身体を包むようなふわふわした感覚がする中、再び訪れた平和の風はとても心地よいものだった。
ラビィの家に着くと、長老ラトスが出迎えてくれた。そばにいるメイドたちも含めて、みな心配一色の雰囲気に包まれていた。どうやら商店街での騒動は既に耳に入っているようだった。
「キャロル!動いても大丈夫なのか?」
「はい、問題ありません。激しく動いたりしなければ大丈夫だそうです」
キャロルからの報告を受け、ラトスたちは安堵の表情を浮かべた。
「そうかそうか。大事に至らなくて何よりじゃ。ラビィとヒロトさんも無事なようじゃな」
「はい、なんとか……って、あれ?」
清水は前に一歩踏み出そうとしたが、突如視界がぐらっと揺らぎ、強い脱力感に襲われた。周りの声がどんどん遠のいていき、意識が急速にもうろうとし始めた。
「ちょ、ヒロトだいじょ、うわっ!?」
ラビィは荷物をその場に放り、慌てて清水に駆け寄った。その小柄な身体で懸命に支えようとしたが、その華奢な腕では力の入らない成人男性を支えるのは至難の業だ。他者の手が入る前に、清水もろとも床に倒れ込んでしまった。キャロルや他のメイドはすぐさま清水の身体を起こし、下敷きになったか弱いウサギを救い出した。
「おふたりとも大丈夫ですか!?」
「う、うちは大丈夫だよ~」
ラビィはずれたメガネをかけ直しながらへにゃり声で応える。
「それよりもヒロトは!?」
「今し方、メイドたちに部屋まで運んでもらったぞ。慣れない環境に加えて、先ほどの騒動もあったからのう。負担が限界を超えてしまったのかもしれぬ」
孫娘の疑問にラトスが答えた。その視線から、きっと2階の客室に運んだのだと勘づいたラビィは突き当たりにある階段に向かおうとした。しかし、その足をラトスの「待ちなさい」という言葉が止めた。
「今はヒロトさんを安静にさせておかねばならぬ。邪魔をしてはいかんぞ」
「だ、だよね……」
ラビィは苦笑いをしながら元いた場所に戻った。ラトスの方が一枚も二枚も上手である以上、無理に行っても無駄だというのが分かっていたので、ここは素直に従っておくことにした。
「夕食の準備ができているそうじゃから、わしらは一足先にいただくことにしよう。それに、明日の支度もまだできておらんのじゃろ?」
「たしかに、まあ、できてない、けど」
ややふてくされ気味にラビィは答えた。そばで荷物を拾っていたキャロルは目線の高さをラビィに合わせるようにしゃがむと、いつもよりも一段と優しい声で加勢に入った。
「気になるのは分かりますが、ご主人様の言うとおり、いまはそっとしておきましょう。ね?」
「むぅ、——は~い」
ふたりに諭されたラビィは不服ながらもようやく諦めをつけ、夕食の待つ広間へと向かっていった。その背中をキャロルとラトスは困ったという表情で見つめた。
「今日のラビィはいつもよりも少し我が強いですね。いつもなら、私かご主人様のどちらかが説得すれば済むはずなのに」
「久しぶりの来客じゃからな。仕事話の後の夕食会でお客様の話される遠方の話や武勇伝なんかが、あの子は昔から大好きじゃったしのう。それが聞けないのが不満なのじゃろう。特に今回は、異世界からの来訪客というもんじゃからなおさらじゃ」
ラトスはやれやれといった感じで首を軽く横に振りながら広間へと歩き出した。キャロルもそれに合わせてゆっくりと前に進み始める。
少し歩いたところでラトスは足を止め、壁に掛かっている絵画の方に目を向けた。どうしたのかをキャロルは尋ねようとしたが、そこでラトスがひとつ大きく息をついたのでそっと口を閉じた。
「じゃが、やらなければならぬことも山積みじゃ。こういうときこそ、肩の力を抜いて接してあげなければならぬ。気を張りすぎて変に対応すると、余計ぐずるかもしれぬからな」
ラトスは時折、朗らかな笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。独り言のように語っているが、キャロルには今の自分の内面を見透かして言われているように感じた。このお方には本当に敵いませんね、とキャロルは感心し、気持ちを切り替えるべく息をふっと吐いた。
それを横目で見たラトスは小さく頷くと、再び広間へと歩きだした。
「行くぞキャロル。ラビィたちが待ちかねてるじゃろうからな」
「はい!」
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