第13話 仲間の第一歩

 広場を抜けていくと、清水たちは住民たちで賑わう通りへとたどり着く。清水が辺りを見回してみると、老若男女・多種多様な獣人が買い物をしながら楽しげに言葉を交わしている。


「すごい賑わいようですね……」

「はい、今は一日で最も住民が集まる時間帯なので」


 清水があっけにとられる中、キャロルたちは慣れた足取りで商店街を進んでいく。清水もはぐれないようにレオの後ろをなんとかついていく。


「ねえねえ、まずは何を買いに行く?」

「そうですね、まずはヒロトさんの服を買いに行きましょう。ここは異国の方がよく訪れるのであまり気にはされませんが、今の服装では王都に行った時に少なからず警戒されるでしょうから」


 たしかに、清水のパーカーにゆったりとした家用ズボンといった服装は明らかに場違いであった。それ故に、誰にも気にされないという現象がいささか不自然であった。異国の方がよく訪れるにしては気にしなさすぎではないかと清水は少し訝しんだ。


 そんなことを思っているうちに、清水たちは商店街の中ほどにある少し大きめの服屋にたどり着いた。3階建てになっているその店にはさまざまな服が展示してあり、ここも多くの客で賑わっている。

 清水たちは旅用の服が置いてある2階に上がる。そこには映画やゲームに出てくる冒険者が着ているようなものから少し奇抜なファンタジー満載のものまで、多種多様なものが並んでいた。


「それでは、お好きなものをお選びください。私は食材の方を買ってきますので、終わりましたら近くの休憩所で待っていてください」

「本当に何でも良いんですか?」

「ええ、何でも良いですよ。お金はレオさんに渡してありますので、会計の際は彼に声をかけてください。それではいったん失礼します」


 下り階段の方へ向かうキャロルを見送りながら、そう言われてもな、と清水は心の中で困り果てていた。この世界のファッションや旅用の服選びの知識は皆無なのだから無理もない。おまけに、通貨の単位もよく分からないので、高いか安いかの判別もつかない。もし選んだのが相当高かったらどうしよう、と清水はうかつに服を選べずにいた。一方のラビィはそんな素振りを気にすることはなく、服選びを楽しんでいた。


「う〜ん……、あ!これヒロトに似合いそうじゃない?それにすごく軽いから動きやすそう!」

「あ、ラビィまた呼び捨てにして」


 近くにいたレオが顔をしかめながら迷いの森にいたときと同じ小言を言いかけると、ラビィが「ちょっとレオ」とすぐさま遮った。


「私たち、これから冒険に出る仲間なんだよ?それなのに『さん』づけって堅苦しいじゃない」

「冒険って……。たしかに道中は少しばかり長いが、そんな大げさなものでもないだろ」

「む~。じゃあ本人が大丈夫って言えば『さん』づけしなくても良いよねっ」


 そう言うとラビィはヒロトの方を向き、大きな瞳をうるうるさせながら眼鏡越しに見つめる。上目遣いで放たれるその純粋な輝きの前では何でも肯定してしまいそうな威力を秘めていた。清水には当然抗える術もない。かといって、断る理由も見当たらないのでラビィの要望を受け入れることにした。


「大丈夫ですよ。『さん』づけされなくても、あまり気にしませんから」


 最初の一言からラビィの表情が断続的に晴れやかになっていくのに清水は気づいていた。そして、清水が答え終わる頃には満点の笑顔ときらきらとした瞳で、はちきれんばかりの喜びを表していた。レオは大きくため息をつくと、清水の方へ近づき、

「ラビィのわがままを聞き入れてもらってすみません」

と今日何度目か分からない謝罪をした。レオと出会ってから謝られてばかりなことに申し訳なさを感じていた清水はこの機会にと言葉を続けた。


「いえいえ、そんな大げさな頼みでもないですから。それと、レオさんもあまり頭を下げなくて大丈夫ですよ」

「そうだよ。レオはいっつもへりくだってばかりなんだから、もっと気楽に構えていこうよ!」


 その瞬間、レオは目を丸くして固まったが、すぐに目を閉じて小さく頷き、

「……そ、そういうのであれば今後は慎みます」

と少し小さな声で答えた。ラビィはともかく、清水にまで言われてしまったのが実は予想外だったのだ。そして目を閉じたのはその動揺を隠すためでもあったのだ。


「レオまだ堅い。もっとリラックスして楽しまなきゃもったいないよ?」


 ラビィがそこに追い打ちをかける。そこまでは言わなくても大丈夫じゃないかな、と清水は少し心配したが、すぐに杞憂となった。


「……たしかに、少し堅くなりすぎていたかもしれないな。短いとはいえ、これから共に旅をするのだからもう少し肩の力を抜くことにするよ。ありがとう、ラビィ、ヒロトさん」


 レオが緊張のほぐれた優しい笑顔を見せる。今までにも清水に笑顔を見せることはあったが、これは間違いなく今日一番の表情であった。清水とラビィも表情がほぐれ、ラビィはうんうんと小さく頷いた。


「それじゃ、ヒロトの服選び~再開!!ヒロト、これ似合うと思うからちょっと着てみて!」

 ラビィはウキウキしながら清水の服選びを楽しむ。敬称だけでなく、敬語まで外れてしまっているが、清水はさほど気にせずにラビィがチョイスした服に袖を通してみる。そんなふたりをレオは微笑ましく見守っていた。

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