第11話 隼の国王
広間を出て右に曲がり、突き当たりの階段を上ると、左側の壁に扉が3、4つほど並んでいた。キャロルはそのうち最も手前のドアを開ける。
「こちらがヒロトさまの客室でございます」
「これが、客室……」
そこは客室というより、少しお高めの宿といった印象だった。左側にはふかふかそうなベッドが2つありその間に小さい棚がちょこんと置かれている。手前の方には洗面所も備えてある。右側には簡単な作業ができる小さな机と椅子が置いてあり、隣には荷物を置けるほどの大きな棚がひとつそびえ立っていた。奥には大きな窓がはめられてあり、村の外側を一望するのにぴったりであった。
客室というからにもっと質素なものをイメージしていた清水はただぼそっと言葉を漏らすことしかできなかった。
「やっぱりいつ来ても素晴らしいお部屋ですね。さすがキャロルさんです」
「いえいえ、他のメイドたちの協力があってこそです。私だけではここまで常に整えておくことなんて到底できません」
レオの称賛にキャロルは謙遜する。そこに追い打ちをかけるようにラビィが
「でも、キャロルがメイドちゃんたちをまとめ上げてくれるおかげで、素敵なお部屋ができたんだ。もっと自信もっても良いんだよ」
と誇らしげに褒めちぎった。キャロルは「いえいえ、そんな」と再び謙遜する。しかし、尻尾が身体からはみ出るぐらい左右に大きく揺れているのを清水は見逃さなかった。謙遜しながらも内心では高揚感が高まる、まるで日本人みたいだなと清水は苦笑した。
ラビィとキャロルが賛美と謙遜の応酬合戦をしているなか、清水が左側のベッドの横の壁に立てかけてある一枚の肖像画がちらりと目に入った。王冠を頭に載せ、マントを羽織った隼が斜めをの方向を向いている絵だった。清水が絵の方に関心を寄せていると、それに気づいたレオが歩み寄り、「この絵が気になるのですか」と声をかけてきた。清水が「そうです、ね」と歯切れ悪く答えると、レオは優しく微笑んで解説を始めた。
「これは先ほど話題に出た国王様、ガルシア6世の肖像画です。先代のガルシア5世様から王位を継いだ際、国一番の芸術家に描いてもらったものらしいです。やはり、いつ見ても凜々しい顔立ちでいらっしゃる」
「この方が、国王なんですね。肖像画からも立派で知的なお方だというのが伝わってくる感じがします」
「ヒロトさんもそう思いますか。このお方は我々に夢と希望を与えてくださる、とても賢明で優しい国王なんです。そして、おこがましいですが、私が昔から憧れている方でもあるんです」
そう語るレオのまなざしは敬愛で満ちあふれていた。レオが心の内から尊敬しているということが清水にもひしひしと伝わってきた。
(夢と希望を与えてくださる、か……。そのような人が自分にもいたら、少しは変われたのかな。あれ、待てよ。勢いで決断しちゃったけど、もしかしなくても今からとんでもない方に会いに行こうとしてないか!?)
清水が物思いにふけ、そして想像以上にやばいことをしようとしていることに早くも緊張感を覚えていると、キャロルが清水の方に近づき、夕食の時間などの説明を始めた。
一通り説明が終わると、キャロルは
「さて、明日の出発に向けていろいろ準備しなければならないのですよね。そうしましたら、商店街の方に向かいましょうか」
と提案した。その瞬間、ラビィの目がひときわ輝き、長い耳を大きく揺らしながら声を上げた。
「お買い物!!キャロル、うちもついて行っていい?」
「ええ、ヒロトさんが良ければいいですよ」
「ヒロトさん、良いですか!?」
ラビィが食い気味に清水に尋ねる。この世界に来た時からお世話になりっぱなしで申し訳ない気持ちがあったが、特に断る理由も見当たらないので「大丈夫ですよ」と言葉を返した。ラビィは昼ご飯のときみたく、とびっきりの笑顔で腕を伸ばし「やったあ!」と嬉しそうに言った。
「よかったな、ラビィ。そうしましたら、私はお邪魔にならないようここで失礼させていた……」
「え!?レオ来ないの!?」
「あ、いや、私まで行くと、その~、邪魔になるのではないかと思ってな」
「でも、本当は行きたいんでしょ?」
「うっ」
ラビィに本音を見透かされ、レオは言葉に詰まる。たまらず、困惑と願望が入り交じった複雑な顔でレオは清水の方を向いた。今まで助けてくれたり、親切にしてくれたりした恩返しとして清水は「レオさんが一緒でも大丈夫ですよ」と助け船を出した。正直なところ、レオがいると清水にとってもどこか安心できるところがあったのだ。
「ほら、ヒロトさんもこう言ってくれているし、行こうよ~」
「そ、そう言っていただけるなら、私も喜んでついて行きます」
レオは嬉しそうに清水に礼をする。キャロルがそれを見届けると
「そうしましたら、歩きながら何を買うか考えていきましょう」
と提案し、清水たちは客室を後にした。
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