第10話 決断
「何か答えが出たのでしょうか」
レオの問いかけに対し、ラトスは大きく息を吐くと、ひとつひとつ言葉を紡ぐように話し始めた。
「すまぬ、今回ばかりはわしだけの力ではどうしようもできん」
「な!?そんな……」
レオは愕然とするしかなかった。賢者と呼ばれた長老が首を横に振るということは聞いたことがなかったのだ。ラビィはラトスの腕を掴み、
「ねえおじいちゃん!ほんとに何もできないの!?おじいちゃんができないんだったら、もう……」
と聞きながら体を大きく揺すった。ラトスはたまらず
「待て、待つのじゃラビィ。まだ話は終わっとらん。とりあえず最後まで聞きなさい」
と小言っぽい口調で孫娘を説得し、身体から引き離させた。年老いた体を揺さぶられ、めまいがしたラトスは一度目を閉じ、ひとつ大きく咳払いをすると再び話し始めた。
「たしかに、わしだけではこれ以上どうしようもできぬ。じゃから、同じくらい頭のキレるやつに力を貸してもらうのじゃよ」
「同じくらい……。その方はどこにいるのでしょうか」
「そやつは今は王都におる。……わしの盟友じゃ」
「「え!?」」
ラビィとレオが口を揃えて驚く。清水が見た中では一番の驚きようだった。
「おじいちゃんの盟友って、まさか……」
「そのまさかじゃ。わしの盟友にして、このレムド王国を牽引する国王、ガルシア6世に力を貸してもらうのじゃ」
(こ、国王……!?)
清水は言葉が出ず、同時に自分の耳を疑った。ラビィとレオが今日一番の驚きをしたのもうなずける。自分が言うのもなんだが突拍子もない提案ではないかと清水は拍子抜けしていた。その一方で、国王ともあろうお方が、どこの馬の骨とも知れない奴の奇天烈な相談にそうやすやすと乗ってくれるのだろうかと疑問にも思っていた。
「驚きと疑問が混じりあったような、そんな表情をしてますな、ヒロトさん。でも、きっと大丈夫じゃ。わしからの紹介状を見せれば、おそらく歓迎して出迎えてくれるじゃろう」
「は、はあ……」
清水は国王に相談するという実感がなかなか湧かず、薄っぺらい返事をすることしかできなかった。その横でレオが何かに気づき、手を挙げた。
「すみません、ひとつお聞きしたいことがあるのですが」
「かまわんよ、レオくん。どうしたのかね?」
「いや、杞憂だったら申し訳ないのですが、長老が先ほど『きっと』、『おそらく』と仰っていたのが気になりまして。もしかすると、確実に相談してくれるという保証はないのではという考えが失礼ながら頭をよぎりました」
たしかに、賢者と言われる長老の先ほどまでの話しぶりからすると、急に及び腰のような言い回しになるのは違和感であった。三人はいっせいにラトスの方を向くと、この老ウサギは
「ほっほ、さすがレオくんじゃな。これは一本取られたわい」
と満足げに言葉を返した。
「そう、レオくんの言う通り、ガルシアがヒロトさんの相談に乗ってくれる保証はできぬ。少し前までなら胸を張って保証できたのじゃが、最近のあやつはどうにも冷たくてな。ここだけの話じゃが、近々探りを入れようと考えていたところなんじゃ」
そう語るラトスの目には少し陰りがあった。本人は普通を演じているつもりだが、内心かなり辛い気持ちを抱いているということは清水たちにも容易に感じ取れた。ラトスはそれを振り払うように「じゃが!」と一言、声のトーンを少し上げて続きを話し始めた。
「ヒロトさんにとって一大事なのもまた事実。少しでも希望があるのならば、国王のもとへ行ってみることをわしは強く勧めますぞ。ヒロトさん、一応お伺いしますが……、いかがなされますかな」
ラトスが再び鋭い目つきで清水の方を向く。それを見て、清水は自分が試されているのではないかと感じた。盟友といえど、一国の主のもとへ向かわせるのだから、生半可な覚悟で行かれては困るのだろう。
(どのみち、行く当ても失うものもうないんだ。それだったら……)
「行きます、国王のもとへ」
それは清水にとって、人生史上最も清々しい決断だった。今までその場の流れに身を任せたり、不安要素を列挙して決断を先延ばしにしたりすることが多かった本人にとって、久々に覚悟をもって即決できたのだ。それを見たラトスは目を緩ませると「そうかそうか」と安堵の表情を浮かべていた。ラビィとレオも小さな感動と喜びが入り交じった感情が顔に表れていた。人が覚悟を決めて大きな決断をしたときは誰だって晴れやかな気持ちになるものだ。
「そうと決まれば、いろいろと準備しなくてはいけませぬな。キャロル!キャロルはいるか」
ラトスが名前を呼ぶとヒロトたちが入ってきた扉が勢いよく開き、玄関で出会ったイヌのメイド長が姿を現す。
「はい!どうなさいましたか」
「ヒロトさんを客室の方に案内してあげなさい」
「客室……?どうしてですか?」
「あら?ヒロトさまは今日、ここに泊まっていかれるのではないですか?」
清水がきょとんとしていると、キャロルもきょとんとしながら答えた。
「え、そうなんですか!?いやいやいやいやいや、今日急にお邪魔した上に昼ご飯までいただいて、さらに相談にも乗っていただいたのに、これ以上ご迷惑をかけるわけには……」
「良いんじゃ良いんじゃ。それに、他に泊まるあてがあるわけでもなかろう」
「うっ……」
曲がることの無い事実をラトスに言い当てられ、清水は言葉が出ないままたじろぐしかなかった。そこまで予測できたラトスの頭脳に改めて清水は感服するしかなかった。
「そ、そしたら、今夜はお邪魔します」
清水はためらいがちにそう言うと、目の前の老ウサギに軽く頭を下げた。本人はそれに合わせ、とても穏やかな顔でゆっくり頷いた。
清水が顔を上げると、ラビィが目を輝かせて清水の方を見ていた。昔から、よその人が泊まる時にはいつも興味津々に見つめるのが彼女の習性なのだ。そうとはつゆも知らない清水は苦笑いで応える。
場がひと段落ついたところを確認すると、キャロルは
「それでは、今からお部屋の方にご案内致します。どうぞこちらへ」
と言い、扉の外へと歩き始めた。清水たちも席を立ち、遅れないように彼女の後を続いていった。
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