第9話 異世界からの来訪者

「ヒロトさん、あなたはまだ、何か隠し事をしているのではないですか」


 ラトスの放った質問に清水は心臓を矢で貫かれたかのような強い衝撃を受ける。背中を変な汗がいくつもつたい、パーカーの生地とひっついていく。たしかに清水はもうひとつ、重大な情報を隠していた。それは「異世界から来た」というほぼ確実に断定できる予測だった。しかし、清水はこれを話すのをためらっていた。他の情報に比べてあまりにも突拍子すぎるからだ。


 清水が何も言い出せず、うつむき加減になっていると、ラトスは

「どんなことでも良い。嘘でなければ、突拍子もないことでも良いのじゃ。それが解決の思わぬ糸口になるやもしれませぬ」

と発言を促した。ラトスは依然として顔をピクリとも動かさず、まっすぐ清水を捉えている。


 またしばしの沈黙の時間が流れ始める。ラビィとレオは心配そうに清水を見守る。このとき、清水の頭の中では、隠し事も正直に話した方が良いという正の勢力と、レオたちに変な奴だと思われたくないという負の勢力が拮抗状態にあった。


(素直に話すことで元の世界に帰れる方法が見つかるかもしれない)

(でももし、ただ頭がおかしい奴だと思われたら?それに、そんなこと言ったら笑われてしまうかもしれないし……)

(けど、突拍子もないことでも良いって言っていたじゃないか)

(いくらなんでも突拍子すぎるだろ。軽蔑されたり、小バカにされたりするのはちょっと心にくる)


 清水の脳内は今にもパンクしそうだった。派閥が真っ二つに分かれた脳内会議はなかなか決着がつかないまま、時間だけがいたずらに過ぎていった。




 永遠にも感じられるくらい長い時間が経ち、清水の内戦状態の頭もそろそろ疲弊してきていた。それを代弁するかのように、壁に掛けてある木製の時計が低く、弱々しい音を鳴らす。


(いい加減、そろそろどっちにするか決めないと……。いつまでも村長たちを待たせるわけにはいかない)


 清水は腹をくくるべく深く、二回深呼吸をする。そして、半ば強引に脳内会議の決着をつけ、重い頭を上げた。正面に座っているラトスと目が合う。ラトスはなお、鋭い目で清水の方をじっと見つめていた。


「何を言ってるか分からないとは思いますが……、おそらく、僕はこことは違う世界からやってきたんだと思います」


 目を見て話したつもりだったが、言い終わったころには斜め下を向き、目を閉じていることに清水は気がついた。相手の反応を見ることを本能が怖がったのだ。


 清水はおそるおそる目を開き、顔を上げる。ラトスは先ほどから眉ひとつ動いていない。ラビィとレオの方を見ると、ふたりともあっけにとられたようで、ただ呆然と清水の方を向いているばかりだった。その顔はまさに「何を言っているんだこのニンゲンは」と書いてあるような表情をしており、清水の心を軽くえぐっていく。


(……やっぱり、聞かなかったことにしてもらおう)

 清水が前言撤回を試みようとしたその時、ラトスが静寂を破り、口をゆっくりと開いた。


「ふむ、異世界……か。たしかに、にわかには信じがたい話じゃが、おぬしの目や表情、しぐさを見る限り、嘘ではなさそうじゃ。それに、この世界にそぐわぬ格好をしているのも納得がいくわい」

「……それってつまり、あの服装は別の国とか村のものじゃないってこと?」

ラビィが少し控えめな声で祖父に尋ねる。


「そういうことじゃ、ラビィ。わしはこの世のありとあらゆる事柄に精通しておるつもりじゃが、ヒロトさんのその格好は少なくともわしの記憶にはないものじゃ。それに生地を見る限り、かなり高度な技術が使われていると見える。これほどの裁縫技術はこの世にないはずじゃ」


 生地に触れてすらいないにもかかわらず、ここまで見抜いてしまうラトスの観察力に清水は内心驚いていた。それと同時に、ラトスが賢者と呼ばれるゆえんを肌でひしひしと感じ取ってもいた。あの鋭い眼力は本当に何でも見透かしてしまうのではないかとさえ清水は感じていた。


「そうとなると、ヒロトさんの悩みは『どうやって元の世界に戻るか』、であっているじゃろうか?」

「は、はい、そうです」


 さっそく悩み事を見透かされた清水は言葉をつっかえながらなんとか言葉を返す。ラトスは「ふむ……」と言葉をこぼすと、腕を組んで目をつむった。白い眉間には深いしわが寄り、垂れ耳を小さく、ゆっくりぱたつかせている。


「なんと……。たいていのことは瞬時に解決されてしまわれる長老さまがここまで熟考されるとは……」

 レオが目を丸くしながら、思わず言葉をこぼす。普段からさまざまな相談事に対応し、賢者と称されたラトスとっても、やはり異次元の難易度であるようだった。清水が不安そうに答えを待っていると、ラビィがそれを察したのか、

「き、きっと大丈夫です!たしかに、今までにない相談だけど……、でも!何か良い方法を、きっと思いつくはずです!」

と励ましてくれた。


ラビィが気を利かせてくれたおかげで、清水は心が少し和らいだ気がした。清水がラビィに向かって微笑むと再び「ふむ……」という声が耳に入った。声のする方へ全員が目を向けると、ラトスがつむっていた目を開き、目線を斜め下に向けていた。


「何か答えが出たのでしょうか?」

レオの問いかけに対し、ラトスは大きく息を吐くと、清水たちが予想だにしなかった提案を示してきた。

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