第8話 満腹、そして衝撃
「今回も非常に美味であったな。ヒロトさんも見事な食べっぷりで」
「あはは、何も口にしていなかったもので」
清水は少しはにかみながら答える。脳みそに久しぶりの新鮮な栄養が届いたおかげか、それとも食後に運ばれてきた紅茶の作用なのかは分からないが、清水は食前よりも少しだけリラックスすることができていた。
「いや〜あんなに美味しそうに食べてくれて、うちとしても鼻が高いよ」
ラビィは頬を赤らめてまんざらでもないといった感じだった。それに対して、ラビィは食べてただけだろ、とレオは言いかけて口をつぐむ。これ以上余計なことを言って同じ轍を踏むわけにはいかないと本能的に悟ったのだ。幸い、レオの挙動に感づいた者は誰もおらず、レオは心の中でほっと息をはいた。
「それにしても、やっぱりシチューとカエル肉の組み合わせは最高だよね~。最初に考えた人ほんとうに天才だと思う!」
「!?」
清水は思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。その弾みで口の中にあった紅茶が気管に入ってしまったらしく、清水は大きく咳き込む。正面に座っているラビィたちが驚きと心配が混じった表情をする中、レオがとっさに背中に手を当て、優しくさすってくれたことでなんとか落ち着かせることができた。
「ヒロトさん大丈夫かね」
「えぇ……なんとか大丈夫です」
清水は呼吸を整えながらゆっくりと言葉を返し、レオにありがとうございますと感謝を伝える。未だにとくとくと小刻みに鳴る心臓を落ち着けようと紅茶を一口すすり、深く息を吐く。温かいものを少し飲んで息を大きく吐くという方法は心を落ち着けるためのライフハックのひとつだ。清水はかつてこれを教えてくれた、ネット上の見知らぬ誰かさんにも心の中で感謝した。
「動揺してしまってすいません。自分が暮らしていたところではカエルを食べるという、その~、文化というのがなかったものでして」
「へえ~そうなんだ!こんなに美味しいものを食べないなんて不思議~」
ラビィは目を丸くして驚く。その一方でレオは、ときおりたてがみを指でいじりながら少し神妙な面持ちで口を開いた。
「しかし、カエルを食べない文化がある地方というのは少なくとも私は聞いたことがないな。村長はご存じですか?」
「う~む、わしもそのような場所は聞いたことがないわい。そういえば、ヒロトさんは相談事があってここに来られたのですよね?」
ラトスの白い垂れ耳がピクピク動き始める。
「そう、ですね。どちらかというと、来たというよりはラビィさんとレオさんに連れて行ってもらったという方が正しいですかね。村長さんにとりあえず相談してみようということで」
「なるほど。ではわしで良ければ、その内容を話していただけますかな。ラビィからも大まかな話は聞いているのですが、ヒロトさん自身の口からも改めて聞いておきたいのです」
ラトスの目がとたんに鋭くなり、周囲の空気が少しぴりつくのを残りの三人は感じた。相手の言葉だけでなく、仕草や表情からも的確に見極めようとする、そんな目をしていた。ごまかそうものなら一瞬でバレてしまうのではないかと清水は悟り、下手にウソをつくのはよそうと決めた。
また心臓がとくとくと小刻みに早くなり始める感覚がしたので、清水は紅茶を一口喉に通し、息を再び大きく吐く。いつもより多めに息を吸ってから、事の顛末を話し始めた。
「自分にも正直、よく分からないんです。昨日急に職を失って、家でやけ酒に溺れて、そして気がついたらあの森にいたので。最初は寝ぼけてるのかと思っていたのですが、だんだんそうではないということに気がついて……。そんな中で、ラビィさんとレオさんに出会ったんです。そこから先ほど言った通り、長老さまに相談してみるという話になりまして、右も左も分からない僕をここまで連れてきてくれたんです」
いきさつを話す中で清水は、レオとラビィの表情が固くなるのが横目で分かった。無理もない、清水が昨日失職したばかりだという話をこの場で知ったのだ。清水は小さくため息をつく。
「それで全部ですか?」
ラトスは表情を一切変えずに清水に尋ねる。
「……はい、そうです」
「ふ~む……」
ラトスは息をつき、目を閉じる。
沈黙の時間が部屋中に流れる。その間、ラビィもレオも、そして清水も固い表情でラトスの方を見ていた。少し時間が経ち、ラトスはようやくその重い口を開くと、清水の心臓に痛恨の衝撃を与えた。
「ヒロトさん、あなたはまだ、何か隠し事をしているのではないですか」
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