第6話 メイドのお出迎え
「たっだいま〜!」
「お帰りなさいませ!」
ラビィの活きのいい登場に合わせて、その場にいた数人のメイドたちが一斉に応える。なんの合図もなしに息ぴったりに言葉を発せられるのは流石プロといったところ。清水はまたもや圧倒され、その場で固まることしかできなかった。
「お邪魔します」
レオの挨拶にイヌの見た目をしたメイドが言葉を返す。
「あら、レオさんもご一緒だったのですね。それから、横にいらっしゃる方は……」
「シ、シミズヒロトと申します」
若干うわずった声になってしまい、清水は恥ずかしさを覚えた。しかし、メイドの方はそんな清水の内面を知る由もなく、平然と話を進めていく。
「ヒロトさん、ですね。はじめまして。メイド長をしております、キャロルです。ラビィがいつもお世話になっております」
キャロルがそう言うと、メイドたちは一斉に深々と頭を下げた。その寸分のズレもない、完璧なおじぎを清水は今までに見たことがなかった。それだけに、先ほど森で偶然出会ったとはとても言いづらい雰囲気を清水は感じていた。
「レオさんもいるということは、今日も娯楽室で遊ばれていかれるのですか?」
(うっ、どうしよう……。でも、前々からの友人だ、って嘘をつくのもなんかはばかられるし……)
清水が人知れず葛藤していると、レオが申し訳なさそうに一歩前に出て、今までのいきさつをメイドたちに説明してくれた。
「まあそうだったのですね!し、失礼しました!そのような大変な状況であるのにも関わらず、私たちと来たら……」
メイドたちは再度、頭を深々と下げる。今度は謝罪の意を込めてなのか、先ほどよりも深く、九十度以上も腰を曲げている。頭を下げ続けるメイドたちに清水は今までにないほどの後ろめたさを感じ、
「大丈夫、大丈夫ですから頭を上げてください」
と慌てて言葉をかける。
「なんとお優しい……。ですが、お客様に不適切なら対応をしてしまい、あまつさえそのお客様自身に気を遣わせてしまうばかりでは、ルナ家のメイドとして……」
「ああ、えっと……」
メイドとしてのプロ意識の高さにまたも押される清水。レオの方をちらりと見るが、笑顔が少々引きつっているのを見るに、彼もまた圧倒されているようだった。
なんともいえない空気が流れ始めたその時、奥の扉が開くとともに、貫禄のある渋い声が各々の耳に届いた。
「いったい何事だ」
清水が声の聞こえる方に目を向けると、年老いた一人の老ウサギが歩いてくるのが見えた。先ほどの声とその歩き方だけで、清水はこのウサギがただ者では無いということを直感した。
「ご、ご主人様!どうしてこちらに!?」
「ラビィから客人が相談をしに来たと聞いてな。広間で待っておったのじゃが、一向に姿を見せぬから、何かマズイことでもあったのでは、と」
「す、すみません!私たちが不甲斐ないせいで、お客様に……、お客様に……」
キャロルは今にも泣きそうな声で事の顛末を伝えた。その老ウサギはキャロルの話を聞き終えると清水の方へと顔を向け、
「ヒロトさん、あなたは先ほど不快な思いを本当に抱かれたのですか?」
と尋ねる。老ウサギの眼光は鋭く、何もかも見透かされてしまいそうだった。清水は一呼吸置き、
「不快な思いは全く感じていません。むしろ、メイドさんのプロとしての意識の高さを感じて、圧倒されてしまいました」
と先ほど感じたことをそのまま伝える。それを聞いた老ウサギはひとつ、大きく息をつくと、メイドたちの方を向いてゆっくり話し始めた。
「前も言った気がするが、きちんと相手の話を聞きなさいと伝えたじゃろう。早とちりして自分を責めてしまっては、相手を困らせてしまうばかりじゃ」
「うう、申し訳ありません……」
「ひとまず、謝るのはあとじゃ。今はお客様が来ておる。気持ちを切り替えて、しっかりおもてなしするのじゃ。良いな?」
その話し方はまるで子どもを諭すかのようなトーンだった。ひとつひとつの言葉にしっかりと重みがあり、清水の心にも響いてくるものがあった
「は、はい……!」
メイドたちは返事をすると、キャロルの指示の元、各々の持ち場へと迅速に向かっていった。老ウサギはそれを見届けると、清水の方を向き、口を開く。
「さて、レオくん、ヒロトさん。先ほどはお見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした。ヒロトさんのことについては孫娘の方から聞いています。さあこちらへ」
老ウサギの案内に従い、清水とレオは先ほど彼がが出てきた扉の方へと進む。扉に近づくにつれ、シチューらしき濃厚な香りが強くなっていった。
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