第5話 アル二村の長

 広場から続く坂道を登ると、周りよりも少しだけ高級感のある建物が姿を現した。重厚感のある、深い色をした木で出来ているその建物に近づくにつれ、お昼どきにぴったりのまろやかな香りが嗅覚と胃袋を刺激する。


「よし、着いたな」


 そう言ったレオの声色には若干後ろめたさが混じっていた。広場からの道中、うっかり聞こえてしまった失言に対するラビィからの追及責めにあっていたからだ。


「なあラビィ、すまなかったって。特に深い意味もないから許してくれ……」

「む〜……。んじゃ、その代わり、レオの分の昼ご飯は減らすからね。これでチャラってことで良いでしょ?」

「な……。ま、まあ仕方ない……か」


 心なしか、レオのたてがみがしおれかけの花のごとくしゅんとなっていた。そんなに昼ご飯を減らされるのがショックなのだろうか。

 しかし、さすがは紳士というべきか、レオは軽く深呼吸と咳払いをすると、出会った頃と同じ面立ちに瞬時に切り替えた。


「ヒロトさん、ここが先ほど述べた長老様のおわすお屋敷です。長老様はかなり聡明なお方でして、村内のみならず、王都に住む学者や実業家がわざわざ相談にいらっしゃるほどなのです」


「それはつまり、長老様はかなりの大物、ということですか?」


「かなりどころではありません。この国の中でも5本の指に入ると言われるほどの聡明さを有しておられるのです。いうなれば『賢者』といったところでしょう」

「賢者、ですか……。そのようなお方に見ず知らずの自分なんかが相談してしまって大丈夫なのでしょうか……?」


 想像以上の大物だと感じた清水は心臓がぎゅっと握られるような感覚を覚えた。緊張という魔物が体中の筋肉を徐々にこわばらせる。


「大丈夫!うちのおじいちゃんはお人好しなところがありますから。特に今回は一大事も一大事ですから、必ず力になってくれます!」


 そう言いながらラビィはなめてもらっちゃ困るといわんばかりに眼鏡のフレームをくいっと上げた。孫娘がこれほど得意げに言うのだから大丈夫なのだろうと清水は納得する。ただ、それでも依然として緊張が清水の身体をほんの少しだけ締め付ける。


 思えば長老のような、トップクラスの役職に就いている人と面と向かって話す機会がこれまでに何回あっただろうかと清水は思い返してみる。凡人なりに脳みそをフル回転させ、記憶を掘り起こしたが、就活の最終面接で役員クラスの人と話したぐらいで他にそれといった経験は思い出せなかった。


「もしかして、緊張してます?」

「え、まあ多少は……」


 ラビィに勘づかれた清水は素直に肯定する。


「そんなにびびらなくても大丈夫ですよ。うちのおじいちゃんは気さくだからとっても話しやすいし、すぐに打ち解けられると思います!」


 いやびびってる訳ではないんだけどな、と清水は心の中で訂正しておく。ただ、これ以上足踏みしていても何も進展しないということは清水の凡庸な頭でも分かっていた。緊張由来のもやっとした不快感を感じつつも、ラビィの言うことを信じて清水は腹をくくる。


「そうしたら、長老様が席を外さないうちにお邪魔しましょう」


 レオのこの言葉を合図に、3人は屋敷の扉の前まで足を踏み入れる。昼ご飯らしきまろやかな香りが一段と強くなり、三人の胃袋を刺激する。食欲がピークに達しつつあるラビィは、待ちきれないといわんばかりに勢いよく扉を開けた。

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