第4話 ようこそ『アル二村』へ!

 アルニ村——

 「のどか」という文字がこれほどまでに当てはまる場所を清水は他に知らなかった。向かって右手には広大な畑が広がっており、新緑の葉っぱが土から顔を覗かせている。その奥では、麦わら帽子をかぶった熊が収穫したであろう野菜をリアカーで運んでいる。また、向かって左手には木造の建物がところどころ並んでおり、近くの八百屋らしき建物には色とりどりの野菜が陳列されている。真上から降り注ぐ陽の光に照らされ、てかてかにきらめく野菜の素肌が食欲を誘惑する。


(そういえば、この世界に来てから何も口にしてないな……。そういえば、いま何時くらいなんだ?太陽の位置的には……)


 清水が小学生の時に学んだ記憶を探りながら考えかけたとき、遠くの方から鈍くも明るさのある鐘の音が響いてきた。そのメロディは不思議と心地よく、どこか懐かしさを感じるものであった。


「この音は何ですか?」

「これはお昼を知らせる鐘です。朝昼夕方の3回鳴るので、私たちはこれを頼りに一日を過ごしています。雨の日なんかは太陽の位置から時間を大まかに把握することが難しいので、特に重宝されているんです。小さい頃からほぼ毎日聞いていますが、いつ聞いても不思議と飽きないんですよ」


 レオは柔らかいまなざしで清水の疑問に答えた。レオにとっても鐘の音は心地よいものらしい。


「鐘も良いけど、おなかペコペコだし、うちの家でお昼ご飯にしようよ〜。ちょうどおじいちゃんも家に帰ってきてる頃だと思うし、ヒロトのこと聞くのにはちょうど良いんじゃない?」

「……ちゃんとを付けろ、ラビィ。しかし、急に3人分も用意できるものなのか……?」

「大丈夫!うちのメイドちゃんたちをナメてもらっちゃあ困るね!」


 ふふん、とラビィは鼻高々に答える。


「よーし!おじいちゃんがまだ家にいるうちに行くぞ〜!最後のひと踏ん張り〜!」


 勢いよく駆け出すラビィに清水はあっけに取られる。


「行っちゃいましたけど……本当に大丈夫なんですか?」

「おそらく……。ラビィのいるルナ一家は村いちばんの富豪ですから、3人分の昼ごはんくらいなんとかなるのだと思います」

「ふ、富豪!?ラビィさんってそんなにすごい方だったんですか!?」

「いや、すごいのはラビィの祖父である長老さまなのですが……。あ、別にラビィがだめだと言ってる訳ではないです。長老さまが聡明すぎるという意味でありまして……」


 うっかり出てしまった失言にレオの顔に動揺の文字が浮かぶ。先ほどまでの冷静さはどこにいったのやら。


「と、とりあえず、私たちも急ぎましょうか。あ、あと、先ほどの失言はラビィには内緒でお願いします」

「あ、は、はい」


 まだ動揺を隠せていないレオに続いて清水もラビィの後を追う。そんなに動揺することなのかと清水は疑問に思ったが、余計な詮索はやめておくのが吉だと自分に言い聞かせることでひとまず飲み込んでおく。


 少し進むと中央に少し背の高い木が植えてある、円形の広場にたどり着いた。辺りを見回すと上下左右にそれぞれ道が続いていることに清水は気づく。いくつか設置されているベンチでは人々が色とりどりの弁当を食べている。もちろん、全員が獣人である。


(そういえば、人間の姿をしているのは僕だけのはずなのに、色ものを見るような目で見られることが全くないな……。村の全員が無関心を貫いているという考えはあまり現実的ではないし……。どういうことだ?)


 疑問ばかりが増える中で思考の世界に足を踏み入れると、視界からの情報がほぼ遮断されたような状態になるのが人間というものだ。無論、清水も例外ではなく、案の定、左の道に入る手前のところで待っているラビィとレオに気づくのに少々時間がかかった。


「どうしたんですか?ぼーっと突っ立ってましたけど」

「すみません、少し考えごとをしていまして……」

「考えごとで周りが見えなくなるんですか?私には分からない感覚だな〜。ニンゲンじゃなくてウサギだからかな?」


(なるほど、ウサギにはない感覚とは不思議なもんだな)


「(それはラビィだけだと思うが……)」

「な、聞こえてるぞレオ!どういうことだそれは!」


(……やっぱり前言撤回)


 先ほど受けた感銘を返して欲しいと清水は心の中で思う。思うだけで流石に口にはしないが。


「と、とにかく先を急ごう。昼ごはんが冷めてしまうからな」

「あ!こら待て!うやむやにするなー!」


 そそくさと歩き出すレオの後をラビィが追い始める。その光景にどこか微笑ましさを感じながら清水も歩き出した。


 当初抱いていた警戒心はさっぱり消え、心地良ささえ清水は感じるようになっていた。前を行く二人の会話を聞いていると、学生時代のたわいもない、それでいて充実した日々を自然と思い出す。社会人になってからいつの間にか忘れていた、清流のような澄んだ気持ちが清水の心の中を再び流れ始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る