1人目の男

「おっ‥中は結構綺麗だね

お風呂の方はどうかな」


「‥うん」


緊張して急に口数が少なくなる


彼は部屋の奥の方にあるバスルームへ向かっていき

私はベッドとソファの間で立ち止まって

どっちに座ろう‥と少し迷ってから

赤いソファの方へ腰を下ろす


「お風呂、ちょっと古めだけど広いよ」


バスルームから戻ってきた彼は

冷蔵庫からミネラルウォーターを2本取り出してきて隣に座り1本を私に手渡した


「美月ちゃん緊張してる?‥するよね

大丈夫、俺もめっちゃくちゃ緊張してるから」


「でもこうゆうの初めてじゃないんでしょ?」


メッセージのやりとりの中で彼は過去に娘さんが通っていた保育園の保護者と不倫関係になった経験があると語っていた


「そうなんだけど‥もうだいぶ前の話だからね

こうゆう感じほんと久しぶりなんだよ

それに‥美月ちゃん可愛いから」


私の太ももに手を置いて

彼の顔が近づいてきた瞬間

思わずほんの少しだけ顔を下にふせてしまった


その微かな反応に気付いた彼が

唇が重なる直前でパッと顔を引く


「あ、シャワー浴びる?

美月ちゃん先に入っておいで」


「あ‥うん‥」


「あ、俺が洗ってあげようか?」


思わずふっと笑いがこぼれた


「え〜恥ずかしいよ‥」


「じゃあお先にどうぞ」


強張った表情の私とは対照的に

彼はずっと余裕の笑みで

それがとても大人に見えて

きっと女性の扱いに慣れた人なんだろうと思った


脱衣所で服を脱ぎ捨てて

バスルームへと入っていくと

正面の大きな鏡に自分の全身が映る


‥だらしのない体‥


普段はしない濃いめのメイクをした顔と

脂肪がまとわりついた締まりのない体のギャップがなんとも滑稽に見える


その腹‥やばいよ

もう1人入ってんの?

と嘲笑した夫の顔が一瞬頭に浮かんで

急に不安感におそわれる


それを消し去るように

ボディソープをつけた全身を洗い流したあと

真っ白なバスタオルで水分を拭き取りながら

ふと考えた


あれ‥こうゆう時って服は着て戻るんだっけ‥


脱衣所を見渡しても

着替えらしきものが見つからず

バスタオルを巻いて戻るのも恥ずかしいし‥と結局脱ぎ捨てた服をまた着て戻ると

さっきよりも少し部屋が薄暗くなっている


「おかえり

じゃあ俺も入ってくるね」


彼と入れ違いで一度はソファに腰掛けたが

なんだか落ち着かずにベッドへ移動した


綺麗に整えられた掛け布団をめくり仰向けになると

天井に鏡が貼られていて青っぽいライトに照らされた自分の姿が映っている


目を閉じて

部屋に響くシャワーの音を聞いていたが

やがてそれが止んだ後にバスルームの扉を開ける音がして

思わず体がびくっと反応する


黒いTシャツに下着だけを履いた彼が戻ってきた


「おいで」


寝転がった私の腕を引いて上半身を起こし

優しく抱き寄せて「柔らかいね‥」と耳元で囁く


私も背中に手を回してぎゅっと抱き締め返すと

彼の体温がじんわり伝わってきて

その心地よさに体の力が少しずつ抜けていく


私の背中を片手で支えながら

ゆっくりと後ろに押し倒した彼が

急に真顔になった


そして近づいてくるその顔を

私も真顔で今度は目をそらずにじっと見つめる


しかしまた唇が重なる直前で彼はピタッと顔を止めた


「‥そういえばまだ一度も俺の名前呼んでくれてないよね」


「‥‥‥カズヤ‥さん」


「はい。よくできました」


目を閉じたカズヤさんの唇が私の唇に触れて

そのまま顎、首筋を通ってだんだんと下の方へおりていく


閉じていた瞼をうっすらと開けると

天井の鏡には私の服を捲り上げるカズヤさんの後ろ姿と

妻でも母でもない私の顔が映っていた

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