第4話 僕は勇者さ

「はぁっ……はあっ……」


 お城暮らしのお姫様が森を走る。

 当然慣れない運動で疲れもするだろう。


「もう少し……そろそろ……」


 姫様を導く者は、呟いた。

 徐々に、木漏れ日が差し込みだす。

 森を抜けようとしているのだ。


「着いた!」


 明るい太陽が二人を照らした。

 そこには遮るものはなにもない。

 一面に草原が広がっている。


「ごめんよ、疲れただろ?」


「は……はい……」


 手をほどき、姫に向き直る彼は労るような笑顔を見せる。


「これ、水だよ」


「あ、ありがとう、ございます……」


 素直に水筒を受け取った姫。

 相当のどが渇いていたようで、勢いよく傾けて飲む。

 ……余談だが、見知らぬ人から受け取った水を安易に飲んではいけない。一国の姫がこんなところで毒殺されでもしたら大変だ。


「まずは……自己紹介でもしようか」


 水を飲み終えたのを確認すると、彼は話し始めた。


「は……はい!」


「僕は勇者佐藤。もっとも、今魔王は……」


「勇者……」


 その言葉を聞いて、フィールーンは一瞬空想の世界に飛び立つ。

 彼女の頭に小さな頃から憧れてきた、数々の物語が浮かんできた。

 自分を助けてくれた彼は、それらの登場人物と同じ勇者だと言うではないか。


「すごい……」


「それで、君の名は?」


「あっ! わ、私は、フィールーンです!」


 勇者はそれを聞き、噛みしめるようにうなずいた。

 まるで最初から彼女を知っていたかのように。


「さて……、ものすごく急なんだけど、いろいろ説明しなきゃいけないことがあるんだ」


 勇者は真剣な面持ちになる。


「せ、説明……ですか?」


 フィールーンも、なにか重要な話が始まる気配を感じ、背筋が伸びた。


「あぁ……まず君ともう一人の木こりの彼は……」


「グゲェェェェーーー!!!!」


 とんでもない叫び声が天空から降り注ぎ、話が遮られた。

 続いて、大きな地鳴り。


「きゃっ!」


「来たか……」


 勇者の彼は、腰の剣を抜き声の方へ構えた。

 なにかと戦おうとしているのだ。


「あっ……!」


 その視線の先を追い、フィールーンは息を呑んだ。

 なぜなら、大きな翼の羽ばたきで草原の草をなぎ倒す魔獣……いや、竜人がそこにいたからだ。

 そいつは、かろうじて人の形を保っているものの、ほぼ全身が鱗で覆われている。

 それに、大きさは自分たちの2倍ほどはある。

 こんなに遠くからでも聞こえるほどの荒い息遣いで、ゆっくりと近づいてくる。


「姫様、逃げてください。僕が食い止めるので」


 彼は、とある物語のように、巨大な竜と一対一で戦おうとしている。

 それも、私を守るために。

 その勇敢な背中は、たしかに彼女が憧れた勇者そのものだ。


 しかし。


「だめです!」


 フィールーンは許せなかった。


「……え?」


 予想外の一言に驚き、勇者が動揺する。


「これは、私のせいでもあるんです!」


「君の……?」


 とっさに出てきた言葉だ。

 自分でもなぜそう言ったのかはわからない。

 わざわざ説明する暇もない。

 けれど、言わずにはいられなかった。


「私も、戦います!」


 今まで守られてばかりの彼女だったが、今その目には決意がみなぎっていた。

 それを感じ取ったのか、勇者は諦めたように言う。


「……わかったよ。君も僕のパートナーみたいに、やると決めたら退かない性格だね」


 この人の……パートナー?

 いったいどんな人なんだろうか。


「ただ、一ついいかな?」


「なん、ですか?」


「君もシャロールと同じで抱え込む癖があるように見える。困ったら仲間に相談するんだよ?」


「は、はい!」


 姫様は自然と笑顔になった。

 戦いたいだなんて無茶を申し出た自分を認めてくれるばかりか、アドバイスまでしてくれたことに嬉しくなったのだ。


「それで、一緒に戦ってもらうのは心強いんだけど……」


「グオォォォォーー!!!」


 間近に迫った竜人の凄まじい咆哮で、空気がビリビリと振動する。


「僕たちに勝ち筋はないに等しい」


「……そうなんですか?」


 勇者らしからぬ、衝撃の一言だ。

 ということは、やはり逃げたほうがよかっ……いいや、自分で決めたことだ。何があろうと向き合うんだ。

 姫は首を振ってネガティブな考えを追い出す。


「うん。あのモンスターは、僕らの世界のものじゃないしね。このままじゃ、せいぜい時間稼ぎしかできない」


「え、それじゃあ……!」


「大丈夫、安心して。だって、僕たちには頼れるパートナーがいるだろ?」


 佐藤がそう言うや否や、青い閃光が姫達と竜人の間に割って入った。

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