第16話 リーゼルヴェインの呟き
学園内にある自室、学園長室へと転移魔法で戻ってきたリーゼルヴェイン。
来訪者用に用意されたふかふかのソファーへと深く腰を掛け、笑みを浮かべる。
「なかなかの挨拶だったのではないか? 爺よ」
そう言葉を投げかけると、何もない空間から爺と呼ばれた一人の老紳士が姿を現した。
「えぇ、まぁ……子供達は皆真摯に聞いておられましたな」
「そうじゃろう! むふふ、これで今年も子供達から羨望の眼差しを向けられるのじゃな。むふふふ」
口を抑えながらだらしなく笑う姿は、壇上で話していた凛々しくまさに完璧と言えるような女帝とは完全に別人だった。
「パフォーマンスに全魔力の半分以上もお使いになられるのは少々やりすぎではないかとも思いましたが」
「今年はなかなかの粒揃いじゃったからな、少し張り切ってしもうた」
そう言って子供達の姿を思い浮かべるリーゼルヴェイン。
覚醒の儀ではGかFランク判定がほとんどで、Eランク判定を受ける子ですら少数だ。
そんな中、Cランク判定を受けた子供が今年は三人もいたのだ。
これは異例中の異例で、覚醒の儀が施行されてから初めてのことだった。
「Cランク判定を受けた子が三人もいるとのことですからな。して皇帝陛下殿はどの子に注目しておられるので?」
「そりゃあセーラという女の子じゃろう。癒し手は貴重じゃ」
メルキア帝国は非常に強力な結界で守られている国だ。
魔物の脅威がゼロではないとはいえ、結界内で過ごしていれば魔物には特に怯えずに生きていくことができる。
戦いの力が必要になるのは、周辺地域の魔物の間引きや、結界を突破できるような一部の強力な魔物が観測された時、あとは対人間に対してが主だ。
未知を探索する冒険者という職業に関しても、国として力を入れてはいるのだが、しかしそれも生きていく上で必須というわけではない。
それとは逆に、癒し手は戦闘行為が少ない国だとしても、日常生活における怪我や病気などに活躍の場がある為、何人いても困ることはないのだ。
「それから……あのミラという少年じゃな」
「ミラ……? 三人の中にそのような子はいなかったと思いますが……」
「例の適正なしの子じゃよ、式で初めて見たが、あれはなかなか興味深い」
リーゼルヴェインは壇上からミラを見つけた時、心底驚いた。
それは言うまでもなく、闘気に関してだ。
魔法というあまりにも万能な能力が使用できるこの世界において、用途が限られる闘気の習熟は後回しにされることが多い。
上を目指すのであれば闘気は習得するべきであるし、現にリーゼルヴェインは高いレベルで扱える。
しかしそれは魔法や気功術の練度を上げてからの話だし、そもそもそう簡単に覚えられる代物でもない。
そんな技術を、年端も行かぬ少年がまだ覚えたてではあるようだったが、それでも闘気と呼べるものを身に纏っていたのだ。
さらに言うと、覚醒の儀を経なければ魔法は当然のこと、生命エネルギーを活用する気功術に関しても習得することはできないようになっている。
つまりミラは、覚醒の儀から入学までのたった四ヶ月の間に闘気を習得したということになる。
驚かないわけがなかった。
(はてさて、どうやって習得したのか……さすがに少し調べる必要があるか)
リーゼルヴェインの方針として、民とはあまり深く関わらないようにしていた。
もちろん助けを必要としていたら助けるし、日常会話等も当然行う。
しかし権力と、そして能力があるからといって生活を覗き見るような事はしないし、それに民には自立して自らの考えの元で歩んでほしいと思っているので、必要以上に関与することで依存されるのだけは避けたかった。
なにせリーゼルヴェインは並ぶ者がいないほどの圧倒的な強者だ。
その力を持ってして問題を解決して回れば、すぐに依存されてしまうのは目に見えていた。
何か問題が起きてもリーゼルヴェイン様に任せておけばいい、自分達が何かする必要はない、そんな考え方をする国民ばかりになってしまっては、さすがに国としてはよろしくない。
だが今回は特殊な事態と言える。
ミラが自力で闘気を習得したとはさすがに考えづらく、だとしたら裏に何者かが確実に存在している。
(今はまだいいが、闘気は子供が扱うにはいささか強力だ……指導者が優れた精神の持ち主であれば問題はないが、そうでないのなら……)
闘気はあくまで上位者達が習得を目指す技術だ。
強力ではあるのだが、いかんせん習得が難しい。
長い時間をかけて闘気を習得するぐらいなら、その時間を魔法に充てた方が間違いなく効率が良いのだ。
しかし、それほど時間をかけずに闘気を習得できるのであれば話は変わってくる。
(闘気を使える者はいるが、独自の習得方法を知っており、そしてそれを子供に教え込むような者はさすがに心当たりがない……ふむ……)
考え込むリーゼルヴェインを見て、老紳士が声をかける。
「どうかされましたかな?」
「いや、なんでもない。さてどうしたもんかの」
将来有望な生徒達と、そして謎の少年ミラ。
子供達の事を想い、何が最善か考えるのであった。
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