第13話 謎の人物

 ゲイルワルトが現実へと意識を戻し、ヴィアル用に用意されたベッドから身体を起こす。


「お、おい! なんだ先ほどの戦いは!」


 あまりにも衝撃的な戦いの内容に、思わず声を荒らげてしまうロンベルト。


「ふぅ……そう興奮するでない」

「いやしかし……だな。お前があそこまで圧倒されるなど、信じられぬ」

「真の強者というやつは、意外と存在しているのかもしれんな。我々が知らぬだけで」

「そうとは思えんが……あの者はイマジナリーだったようだが、心当たりはあるのか?」

「いや、ないな。全くわからぬ。それというのも、やつは魔法を使っていなかったからな。この魔法全盛期の時代に、単純な格闘術だけであれほどの実力を誇る者がいるということが信じられん」


 戦いには魔法を用いるのが基本だという認識になった昨今においては、格闘術の習熟は必要最低限に留めるという考え方をする者が大半だ。

 そしてそれだけでなく、魔法は戦い以外にも広く使うことができる。

 空を飛んで素早く移動したり、物を浮かせて遠くまで自由自在に運んだりなど応用の仕方は多岐に渡る。


 そんな万能な魔法よりも格闘術を優先して修めようとする者は、本当に極一部のもの好きだけだ。


「魔法を使わずにお前を圧倒するなど……あり得るのか? 術を隠すのが上手いだけではないのか?」

「それこそあり得ん。我の全力の魔法を無傷で凌いだのだ。魔法を使っていたのであれば、確実に何かしらの反応が起こる」

「ではなんだと言うのだ。気功術……いや、そのレベルなのであれば闘気か」


 魔法が非常に強力なこの世界において闘気はあまり広く知られていない。

 それゆえに闘気を使った戦い方を熟知しているような者は稀だし、魔法よりも闘気をメインに使って戦う者などさらに稀だ。


(闘気……か。確かに強力ではあるが、魔法より秀でているのかと言えばそういうわけでもない。それに、闘気だけで障壁持ちの魔法使いに勝てるほどの練度となると、一体どれほどの鍛錬が必要か。魔物を相手にするにしても、遠距離から状況に合わせた攻撃ができる魔法の方が向いているのは言うまでもない。本当に、何だったのだあいつは……)


 先ほどの戦いを思い返し、ますますミロードに興味を抱くゲイルワルト。

 そんなゲイルワルトを見て、やれやれと言った様子でロンベルトが口を開く。


「また自分の世界に入っているな。おい、ゲイルワルトよ、直接戦ったお主ならわかるだろう。あの者の強さをランクで表すなら、どこになると思う?」


 ゲイルワルトは、会話の途中であっても気になったことがあったらそれを中断してまで自分の世界に没頭し、考え込んでしまう癖があった。


「ん、そうだな……Bランク上位あるかどうか……といったところか」

「Bランク上位とは随分と評価が高いな、それほどに強かったか」

「うむ、十分に考えられる。むしろあれでBランク下位だとしたら、我はCランクから抜け出すことなど不可能であろうな」


 そう断言するゲイルワルトの姿を見て、何を持ってしてそこまで言わせるのかと不思議に感じるロンベルト。

 わかりやすく顔に出ていたからであろうか、その理由をゲイルワルトが続けて口にした。


「やつはな、我の障壁を砕いたのだ」

「障壁……? 天星障壁の事か。珍しい術を使うものだと思ったが、その程度、ただの打撃であったとしても魔力を纏えばそう難しいことでもないだろう」


 ふっ、とゲイルワルトが少し笑いながら言葉を発する。


「先程も言ったが、やつは魔法を使えない。それは術を修めていないという意味ではない。やつはそもそも魔力を扱えないのだ。いや、魔力に目覚めていないと言った方が正しいか」

「なに……? そんな事があるのか……?」


 信じられないといった様子のロンベルト。

 それもそのはず、今の時代に子供を除けば魔力を扱えない者など探す方が難しい。

 覚醒の義を経れば誰であっても必然的に魔力に目覚めるし、仮に儀式を経験しなかったとしても、そもそも何のデメリットもない魔力の目覚めをあえて避ける道を選ぶ意味がない。


 戦いに有用なのはもちろんのこと、日常生活においても魔法はもはや必須の技術だと言って差し支えない。


「間違いない。やつからは一切魔力を感じ取れなかった。自分でもおかしな存在だと思うが、しかし不思議と、それだけは確信が持てる」

「お前がそこまで言うのであれば、そうなのであろうが……」


 そう口にしたところで、先程のゲイルワルトの発言を思い出し、驚愕の表情を顕にするロンベルト。


「ではやつは、単純な打撃で……魔力を一切使わずに天星障壁を砕いたと言うのか!?」

「そう興奮するな……その通りだロンベルトよ。やつは小細工せず、ただ力いっぱいに障壁を殴り、破壊した。まぁ、闘気は使っていたのであろうがな」

「そんな……ことなど……」


 非現実的すぎる内容に、さすがに信じきれない様子のロンベルト。

 魔法が一般的となり、時が経った今では天星障壁はさほど強力な防御手段という認識は持たれていない。


 ただの蹴りや殴りであったとしても、そこに魔力を纏ってしまえばいとも簡単に砕くことができるのである。


 だが魔力が纏われていない攻撃であれば話は別だ。

 天星障壁とはその名の通り、天から降り注ぐ星に対してですら、この障壁を持ってすれば防ぎ切ることもできると言われている。

 実際は気功術を用いる人間に対してしか効果はないので、ただの比喩表現ではあるのだが。


 そんな障壁を人の身でただ殴り砕いたと言うのだ、信じられるわけがない。


「それは……その話が仮に真実なのだとするなら……Bランク上位だと言うのも頷ける……」

「そうであろう?」


 なぜか少し満足げな、嬉しそうな態度を見せるゲイルワルト。

 そんなゲイルワルトに、念の為……といった様子でロンベルトが問いかけた。

 

「一応聞いておくが……闘気であっても魔力を用いなければ、天星障壁を破ることは困難なのだな?」

「もちろんだ。闘気も気功術の一種だからな。それに困難……というよりは、不可能だと思っていたよ、今の今までな」


 今思い返してみても本当に信じられない、得体のしれない男だった。

 こちらの攻撃は通用しない上に最強の防御術をいとも簡単に破られる。

 それでいながら魔法を使えないどころか、見たことすらないような様子であった。


「それにしてもBランク上位、か……一体何者なのだろうな」

「わからんな。魔法を使わないで戦う者もいないわけではないが……あれほどの練度となると、さすがにな」

「そうか……正体が気になるところだが……しかし、イマジナリープレイヤーの詮索は野暮か」

「うむ。あれほどの実力者だ、表舞台に出てくる気があるのなら、そのうち判明するだろう。とにかく我は、また鍛え直すとする」


 ゲイルワルトは思いがけず出会った強者との戦いに、有意義な休日を過ごせたと満足するのであった。



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これにて序章終了です。

読んで頂いてありがとうございます!


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