第11話 ミロードVSゲイルワルト
ゲイルワルトが戦いの始まりを告げ、それと同時に精神を集中させて魔法の発動体勢に入る。しかしそれとは対極的に腕を組みながら微動だにしないミロード。
そんなミロードにゲイルワルトが思わず口を開く。
「どうした、戦いはもう始まっているぞ」
「いやなに、実は高位の魔法というものを体験してみたくてな。俺は動かんから、まずは好きなだけ撃ってきていいぞ」
「何をバカなことを……やはり失敗だったか」
ミロードのふざけた態度に少し落胆するゲイルワルト。
そしてさっさと終わらせようと思い、魔法を練り上げる。
「──では、存分に堪能するが良い……炎よ」
ゲイルワルトが薙ぎ払うように軽く手を振るうと、一瞬にして超高温の炎が発生した。
炎の魔法は、広範囲に向けた攻撃を得意としている。
対多数に対して効果的なのはもちろんのこと、狭い空間での戦闘においては、回避することが非常に困難な魔法としても機能する。
ゴォ!! という音と共に炎の壁が一瞬にしてミロードに到達し、包み込む。
為す
しかし放った炎は何も燃やすことなくすぐに消え去り、無傷のミロードが姿を現した。
「ふむ、高度な魔法障壁か……? 火力を抑えすぎたか」
少し暑そうにするだけで全く外傷が見られない姿にゲイルワルトが少し驚く。
「人が一瞬でこれほどの炎を発生させるか。たしかに魔法というのは素晴らしいもののようだな」
関心したような態度を取るミロードに、若干苛立ちを覚えるゲイルワルト。
「無傷で耐えておきながらよく言う。魔法を見たいと言っておきながら、充分すぎるほどに修めているじゃないか」
「そんなことはないさ。俺は魔法は使えんぞ」
「なに……? ではどうやって私の炎を防いだというのだ。それほど高性能な装束でも身にまとっているのか」
「さてな。そんなことより、お前の魔法はこれだけか?」
そう言いながらミロードが若干の闘気を放出する。
その瞬間、言いようのない緊張感を感じるゲイルワルト。
(な、なんだこの気配は……こいつ……何者だ……っ!)
久しく感じていなかった圧。
それは今まで対峙してきた強敵達と遜色ないほど強大に感じられた。
「舐めるな!」
こいつは全力を出すに足る存在、そう感じたゲイルワルトが新たな魔法を発動する。
「炎よ、我を守れ。そして風よ、道を示せ!」
炎を身に纏うゲイルワルト。
相手の攻撃を防ぐ障壁として、そして近づいた者を攻撃する攻防一体の炎魔法だ。
さらに同時に、周囲の風を操作する。
「ふっ!」
風を味方にしたゲイルワルトは、眼に捉えるのも困難なほどのスピードでミロードに接近する。
(雷よ、敵を穿て!)
ミロードの背面に回り込むと、すぐさま雷の魔法で攻撃をしかける。
それは、光速で迫る回避不能な電光石火の一撃だ。
ゲイルワルトの全力の動きに反して、ミロードは相も変わらず腕を組んだまま微動だにしていなかった。
姿を追えていなかったのか、それとも余裕の表れか、いずれにせよ放たれた雷は完全にミロードを捉えた。
「おまけだ!」
雷が着弾した後、すぐさま身に纏っていた炎を凝縮させ、ミロードに向けて放つ。
轟音と共に、大きな爆発を引き起こした。
そして風の力を借りて離脱するゲイルワルト。
「手応えはあったが……」
確かな手応えを感じるゲイルワルト。
しかし、何故か倒せた気が全くしていなかった。
徐々に煙が晴れていく様を固唾を飲んで見守る。
そして煙が晴れきった時、さきほどと同様に腕を組んだまま無傷でその男は、それが当然かのようにそこに佇んでいた。
「馬鹿な……Cランクの中でも上位に位置する我の魔法を無傷で凌ぐなど……」
少なくともCランク相当の実力ではなく、間違いなくBランク以上の強者でないとあり得ないと考えるゲイルワルト。
そしてBランクともなれば、生活をしていく上でその実力を隠すことは難しくなってくる。
そもそも圧倒的な実力者であるが故に名を隠すメリットよりも、名をさらけ出すことで得られる物の方が遥かに大きい。
そうなればほぼ確実に世間には名が知れ渡っているはずなのだが、ゲイルワルトの頭の中には何故か全く該当する人物が思い浮かばなかった。
そんなゲイルワルトの心情など知らずにミロードは一人考え込んでいた。
「うーむ、素晴らしいなこれは。とてもじゃないが俺にこんな芸当はできん……やはりミラには魔法一本で頑張ってもらうべきか。闘気は適当でも……いやしかし、ガキの頃から俺が教え込めば相当な闘気使いになるはず。うぅむ……」
自分の世界に入りぶつぶつと独り言をつぶやくミロード。
ミロードは心の底からゲイルワルトの魔法に感動していた。
攻撃力自体はそれほどでもなかったが、しかしその多様性は決して闘気では実現不可能なものだったからだ。
「貴様……戦いの最中に、何をぶつぶつと言っている」
「ん、おぉ、すまないな。少しお前の魔法に感動していただけだ」
「……馬鹿にしているのか」
自分の全力の魔法を無傷で耐えきった相手からの称賛の言葉だ。
これ以上の侮辱はなかった。
「まぁ威力は低かったがな、だが感動したのは事実だぞ。闘争は何もこのような閉じた空間で面と向かって戦うだけが全てではないだろう? 実際の戦場においては、貴様が及ぼす影響力は相当なもんだろう」
「……」
真剣な様子で語るその言葉を、ゲイルワルトは複雑な心境で聞いていた。
言っている事は最もだし、素直にこちらを称えてもいる。
しかし、戦いの相手としては全く見られていない。
本当にただ、面白いものを見つけた子供かのように、魔法をただ楽しんでいるだけといった様子だ。
(こいつは一体……)
眼の前にいる不思議な存在に対してゲイルワルトが思考を巡らしていたところ、ミロードがおもむろに口を開いた。
「さてこんなところか。では次は俺の番か」
そう言うと、さきほどのゲイルワルトと同等か、むしろそれよりも速いのではと感じさせるほどの速度でミロードが接近してきた。
一瞬の出来事に驚愕するゲイルワルト。
それはミロードの速さにではなく、初動が一切見えなかったところにだ。
ゲイルワルトほどの強者ともなれば、油断することなどあり得ない。
どのようなやり取りや思考があったとしても、常に警戒は怠らない。
それなのにも関わらず、不意を突かれたのだ。
あり得ないほどに身のこなしが上手く、そしてあり得ないほどに、人間を相手に戦い慣れていることが窺えた。
「ちぃ!!」
不意を突かれた自分の力量に苛立ちながらも、自身の周囲に一瞬で強固な障壁を展開させる。
そしてその障壁に、ミロードがしっかりと腰を回転させた左フックを叩き込む。
ガキィィィィン!!
金属音のような甲高い音が空間内に響き渡る。
「ほぅ、硬いじゃないか。俺の拳を止めるとは、なかなかやる」
「焦らせてくれる……! だが、魔法を使えぬお前では俺には絶対に勝てんぞ……!」
魔法を無傷で凌がれ、そして身のこなしに驚愕したゲイルワルトだったが、それでも尚勝つ事はできないと断言する。
それにはしっかりとした理由があった。
遥か昔、まだ魔法技術が今よりも発展していなかった頃、自身の生命エネルギーを活用する気功と呼ばれる技術で戦う者が多く存在していた。
魔法は用途が広く応用が効く技術なのだが、それ故に使いこなすのが難しいという側面もあった。
それに対して気功は生命エネルギーを活用して身体の強化を行うという、そのただ一点に集約されている技術なので、非常に分かりやすかった。
半端な魔法使いが気功使いの身のこなしについていけず、為す術なく敗北するというのは珍しい話ではなかった。
そんな折、とある人物が戦いの在り方を一変させる魔法を開発した。
それが対気功術に特化した防御魔法【天星障壁術】だ。
この術は気功を用いて戦う人間の攻撃を完全に遮断するという性質を持っていた。
それ以外の用途はほぼないのだが、ことその一点においては破格の性能を誇っていた。
この術を習得した魔法使いを相手に気功術だけで打ち勝つことはできない、そういった認識が世に広まることで、まずは魔法を習得しなければ話にならないと考える者が多く現れ、それに応じて気功術を使用する者は少なくなっていったのだ。
なお余談ではあるが、それがきっかけとなり、結果的に戦闘行為以外の魔法技術もさらに発展していくことに繋がった。
そんな【天星障壁術】だが、今の時代は魔法を使って戦うのが一般的なので、あまり活躍の場はなくなっており、存在を知らない者すらいるほどだった。
しかしゲイルワルトは比類なき強者であるCランク冒険者だ。
そのような用途が限られた魔法であっても、当然のように習得していた。
「単純な打撃でこの障壁を破ることは不可能だ。我の魔法はお前に効かないかもしれないが、お前の攻撃もまた我には通用しない」
「ふっ、面白い事を言う。たしかに随分と硬いようだが……」
ニヤッと少し笑みを浮かべながら、闘気を拳に集中させるミロード。
その時、ゲイルワルトの全身に、今まで感じたこともないような悪寒が走った。
そしてミロードは、再度同じように障壁へと拳を叩き込んだ。
先程と同様に甲高い音が響き渡る。
だが、先程とは違い、バキ、バキ、とヒビが入り割れていくような音がしていた。
これは、世界の在り方を変えた事もあるほどの魔法だ。
そんな魔法が、魔法すら使えないどことも知れないただの男に破られようとしていた。
「あり得ん……っ!!」
ゲイルワルトがそう言うと同時に、ミロードの拳が完全に障壁を破りゲイルワルトへと到達。
そのままゲイルワルトは吹き飛び、壁に激突した。
「うっ……ぐぅ……!」
上体だけを起こし、苦痛に顔を歪ませるゲイルワルト。すでに戦いを続けるのは不可能な様子であった。
「それなりに力を込めたんだが、まだ息があるか。魔法というのは本当に素晴らしいな」
「ぐ……がはっ……!」
【天星障壁術】はただ障壁を張るだけでなく、気功術に対する防御力を高めるという効果もしっかりと有していた。
それにより、あくまで仮想空間内での話だが、ゲイルワルトは死なずに済んだ。
ミロードの言葉を聞く余裕すらなく、苦しそうに口から血を吐くゲイルワルト。
その様子を見て、少し笑みを浮かべながらミロードが口を開く。
「ふっ、その感じだとお前も痛覚をオンにしていたのか?」
「はぁ……はぁ……あたり……まえだろう……でなければ、戦う意味はない……!」
「くっくっく、実力の方は期待外れではあったが、なかなか見込みがあるじゃないか。それゆえに、すこし残念だな」
「どういう……ことだ」
「面倒だから詳しくは話さんが、俺はこの空間でしかお前と会う事ができない身でな。お前のような戦闘狂とは、酒でも飲んで語り合いたかったんだがな」
「ふざけた……やつだ……」
恐怖すら覚えるような気配から一転して、笑いながら酒でも飲みたいなどと言い出すこの男の事が、ゲイルワルトは本当に分からなくなっていた。
「ぐぅ……お、終わる前に一つだけ……聞いておきたい。貴様、一体何者だ……」
ふむ、と少し考え込むミロード。
「そうだな。では、覚えておくがいい。俺の名はミロード。闘神・ミロードだ」
それだけ言い残して、ミロードはこの場を去った。
「闘神……か」
神などと大それた二つ名を名乗った男だったが、しかし全く不快には思わなかった。
それどころか、相応しいとすら思えた。
「このような大敗、いつぶりか……ぐっ……うぅ」
困難な依頼を積極的に受諾し、常に前線で戦い続け、ようやくCランク冒険者にまで到達したゲイルワルト。
今現在も精力的に活動しており、決して今の自分に満足したりはしていなかった。
それでもなお、負けた。
世間一般的には、Cランクは限られた人のみが到達できる真の猛者という認識だ。
もちろん、それ以上に強い者は少ないながらも当然存在する。
しかしあれほどに強く、それでいて魔法を使わない者は、長く戦い続けてきたゲイルワルトを持ってしても、心当たりがなかった。
「本当に、何者なのだろうな……」
仰向けで倒れたまま、少しの間物思いに耽る。
そうしてそのまま意識を失い、現実世界へと戻るのだった。
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