第10話 三色のゲイルワルト

 帝都メルトを拠点としてる冒険者の中に、三色のゲイルワルトと呼ばれている者がいた。


 年齢は45歳。黒髪だが、前髪に少し白髪が混じっている。

 その者は多彩な攻撃魔法の使い手で、特に「炎・風・雷」の3つの属性を得意としていた。

 冒険者ランクはCランクであり、それはこの世界において比類なき実力者である証だった。


 冒険者ランクは覚醒の儀で判明する魔法適正と同様に、GからSSまでランク付けがされている。

 このランク付けは魔法や冒険者に限った話ではなく、強さを定義付ける際に広く用いられていた。

 例えばCランクの魔物とは、すなわちCランクの冒険者と同等の実力を持っているということだ。


 なお、冒険者の各ランクを大まかに説明すると下記のようになる。


 G:見習い

 試験に合格し、冒険者になった者。最低ランクとはいえ、町のチンピラのような戦いの修練を積んでいない者が相手ならば負けることはまずない。


 F:初級者

 都市近郊の魔物退治を主に行う。それなりに戦えるが、警護任務等には心許ない。


 E:中級者

 信頼のできる実力。魔物退治に加えて警護任務、偵察任務など幅広く活躍する。


 D:上級者

 遠方へと赴き、未知を探究する任務を受諾できる。一般の冒険者が最終到達点として目指すランクが主にこことなる。このランクにまでなると稼ぎも非常に良い。


 C:達人

 まごうことなき強者。ここに到れた者は羨望の眼差しを受ける。非常に困難な任務に赴いたり、騎士団の指南役を任されている者もいる。


 B:極者

 人間が届き得る限界に近いとされる。例外なく歴史に名を残す。


 A:超越者

 限界を超えた者。人が目指すべきではない場所。努力だけで到れるとは考えられていない。


 S:伝説

 伝承上に語られる存在。単身で世界を容易に滅ぼす。

 古の書物にその存在が記述されているが、真偽は定かではない。


 SS:神

 世界が危機に瀕した際に現れるとされている。

 未確認の存在であり、話の出処も分かっていない。



 実質的にはAランクが最高ランクとなる。

 S以降はもはやおとぎ話の領域だ。


 なお、ランクは上がれば上がるほど、ランク間の力の差は大きくなる。

 例えばGランクとFランクでは差はあるものの、装備の差などによっては下の者が打ち勝つ事も稀にではあるが有り得るだろう。だがDランクとCランクであれば、Dランクが束になってもCランク相手には、どう転んだとしても勝てないほどの差が生まれてくる。


 そういった序列の中、ゲイルワルトはCランク冒険者にまで到達している。まさに強者だ。

 メルキア帝国内で活動する冒険者の中で、彼を知らない者はいないと言ってもいい。


 そんなゲイルワルトだが、今日は彼が久々に設けた休日であった。

 冒険者は自由な職業だが、ゲイルワルトが休日を取ることは珍しかった。

 彼は冒険者として世界を渡り歩くことがとにかく好きで、基本的に動き回っていた。


 今日は友人が結婚したとのことで、帝都メルトに会いに来ていたのだ。

 そしてその用事も終わり、どうしようかと悩んでいたところだった。

 そんな折、少年が闘技場へと駆けていくところが見えた。


「闘技場か……そういえば久しく訪れていないな。どうも慣れなくて長らく離れていたが、ヴィアルでも覗いてみるか」


 冒険者にとってヴィアルはもはや必須の装置となっていた。

 なにせ危険を冒さずに、本来であれば不可能な鍛錬がいくらでも行えるのだ。こんな便利な物を使わない手はない。


 だがゲイルワルトはあまり好きではなかった。

 熟練の魔法使いであるが故に、魂に接続される感覚を敏感に感じ取れてしまい、それがあまり好きではなかった。

 そして命のやり取りには決してなり得ない戦いに価値を見出していなかった。

 便利であることに変わりはないので最低限は使用していたが、その程度だ。


 そうして闘技場へと到着し、ヴィアルへと向かおうとした際、総合受付のある大広間にて懐かしい顔を見かけた。


「ロンベルトではないか、久しいな」


 そう言って声をかけたのは、メルキア帝国の騎士団に所属しているロンベルトだった。

 覚醒の儀にて、警護と進行を担当している騎士だ。


「む、ゲイルワルトか。どうしたのだこんなところで」

「いやなに、友人との用事が終わって少し暇をしていてな。久しぶりにヴィアルでも覗いてみようかとな」

「ヴィアルとは珍しい。ちょうどいいな、では観戦させてもらうとしようか。私も今日の分の覚醒の儀が終わったところでな、少し空き時間が出来ていたのだ」

「かまわんが……」


 二人でそうして話していると、気づけば周りが騒がしくなってきていた。


「お、おい。あれCランク冒険者のゲイルワルトさんじゃないか?」

「本当だ! こんな間近で見られるなんて……なんて良い日だ」

「サ、サインもらえないかな……」

「サインなんて恐れ多いわ……握手ぐらいならしてもらえるかしら……」


 人が人を呼び、どんどん増えているようであった。

 これはまずいと思い、ロンベルトが口を開く。


「ゲイルワルトよ、早くヴィアルへと向かうぞ」

「その方がよさそうであるな」


 そうしてそそくさと逃げるようにヴィアルへと向かう二人。


「さて、どうせなら面白いやつと戦ってみたいところだな。プライベート部屋でも覗いてみるか」


 ゲイルワルトがそう言いながらヴィアルを操作していたところ、面白い募集を見かけた。


「Cランク以上で攻撃魔法の使い手か、我にピッタリじゃないか。イマジナリーというのが怪しいが……痛覚設定をオンにしているとは珍しい。よほどの戦闘狂か……?」


 イマジナリーで高ランクの対戦相手を望む募集主は、往々にして弱い。

 一度でいいから強い人と戦ってみたい、そんな思いで募集を出すのだ。

 ひどい場合だと、ただ憧れの人を傍で見てみたいだけ、という者も存在していたりする。

 それでいながら落胆されたりしたくないので、匿名性の高いイマジナリーを選ぶのだ。


 しかしこの募集は痛覚設定がオンになっていた。

 もちろん相手側の設定がそう表示されているだけで、こちらも痛覚をオンにしないといけないというわけではない。


 ヴィアルにおいて痛覚をオンにして戦う者などほぼいない。

 これは元々、訓練の為に用意された設定のようなものなのだ。趣味でヴィアルを用いる際にわざわざ痛い思いをしたいと思う者は少ない。


 つまりこの募集主は、訓練の為か、もしくはより実戦に近い状況にこそ価値を見出す戦闘狂のどちらかの可能性が高いということだ。


 そして、かくいうゲイルワルトもまた、戦闘狂と呼ばれる側の人間だった。


「また痛覚設定をオンにするのか、相変わらずだな」


 そう呆れたようにロンベルトが口にする。


「当然であろう。闘争とはそういうものだ」


 何を言っているのかと言いたげな顔をしたゲイルワルト。

 彼は常識人で人に好かれる人柄だったが、戦いとなると別人のようになる事で有名だった。

 命を賭けた戦いなど両手で数えられないほど経験してきた。


「名はミロード、か。聞いたことがないな。まぁ物は試しだ、入ってみるとするか」


 ベッドへと横たわり、機器を装着する。

 ヴィアルが起動し、魂が接続される感覚に嫌な顔をしながらも、仮想空間へと意識が移った。


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 ミラの作った募集にゲイルワルトという人が入ってきた。

 この人はどうやらリアルのようだった。


「じゃあミロード、始めるよ?」

『おう、いつでもこい』


 準備万端と言った様子のミロード。

 ヴィアルの起動が完了し、室内に仮想空間の様子が映し出される。


「この人がゲイルワルトさんかぁ。そういえば聞いたことがあるような……」


 白髪混じりの黒髪で、年老いたというほどではないが、そこそこ良い年齢のように見えた。


 仮想空間内に降り立ち、初めてお互いの姿を確認する二人。

 そしてゲイルワルトが先に口を開き、ミロードに尋ねてきた。


「すまんが戦いの前に一つよいか?」

「どうした」

「お主はなぜ痛覚設定をオンにしていた? 訓練の為か? であれば多少は加減をしてもよいが」

「訓練だ? なわけないだろう。楽しむ為だよ。痛覚のない戦いに何の面白みがあるというのだ」


 ミロードの返答を聞いて、顔を下に向け少しだけ笑うゲイルワルト。


「そうか、すまないな野暮な事を聞いてしまって。では始めるとしようか」

「おう」


 そうして過去の世界で最強だったと自負するミロードと、この世界で強者の位置にいるCランク冒険者ゲイルワルトの戦いが始まるのだった。

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