第8話 ヴィアル

 食事を終えたミラは、かねてより話していた魔法を試すのに最適な、腕試しの場所へと向かおうとしていた。


『で、どこに行くんだ? 街の外に出て手頃な魔物とでも戦うのか?』

「そんな危ないことできないよ! この帝都にはね、安全に自分の力を試す事ができる設備が用意されてあるんだ」

『ほう、それは楽しみだな』

「ボクも一度遊んでみたかったんだ、早く行こうか!」

『遊ぶ……?』


 楽しげな様子で話すミラと、少し不安になってくるミロード。

 そして宿を出て、街を歩くミラ。


「とは言ったものの……どこにあるんだろ」


 帝都に来たのは初めてだった為、街の作りがいまいちわかっていないミラは、キョロキョロと周りを見ながら歩いていた。

 そうしていると、とある人物が声をかけてきた。


「お、ミラじゃないか。そんなに辺りを見回してどうしたんだ」


 声をかけてきたのは、帝都に来る時に付き添ってくれた魔道士のソイルだった。


「あ、ソイルさん! 先日はありがとうございました。実は闘技場の場所を探していまして」

「闘技場? ふふ、なるほど”ヴィアル”か。才能が覚醒したからさっそく腕試しに行きたいというわけか。そういう子はよくいるからな」

「あはは、そんなところです」


 さすがに自分の中に別の人間の意思が宿ったなどという事は言えず、苦笑いしながら肯定するミラ。


「そこの簡易転送ゲートを使って西区に飛んですぐの所に大きな円形状の建物が見えるはずだ。そこが闘技場だよ」


 泊まっていた宿の近くに設置されてある転送ゲートを指さしながら、行き方を教えてくれる。


「ありがとうございます!」

「この程度、礼を言われるほどじゃないさ。そういえばミラ君は知っているか? ヴィアルも陛下の発案によって開発されたということを。この世界において魔物とどう付き合っていくかは、生きていく上でやはり外せない問題だ。幸いな事にこの国は陛下のお力もあり、平和に生きていくことができている。だが、とはいえ戦う力が必要ないわけじゃない。魔物を間引かないと数が増えていくし、結界を破ってくるような魔物はこちらから打って出て倒さねばならん。しかし戦う力を身につけるのにもまた、危険が付き物だ。その問題を解決させる為に陛下が発案したのがヴィアルというわけだな。兵士の一人として死なせたくはないという思いからなのだろう、国のトップにいてなお末端の者も目にかけてくれる。本当に素晴らしいお方だ。ミラ君もそう思うだろう?」

「…………」

「ん? どうかしたか?」

「い、いえ! 陛下は本当に素晴らしいお方なのですね!」

「うむ、言葉では言い表せないほどだな。そうそう、ヴィアルで思い出したが他にも様々なものに携わっておられてな、最も有名なものだと──」

「ソ、ソイルさん! 急いでいるので、こ、この辺で失礼しますね!」

「む、そうか、残念だな。もう少し語り合いたかったものだが……」

「ではまた!」


 そういって名残惜しそうにするソイルを置いて、闘技場のある西区へとさっさと転送するミラだった。


「ふぅ……良い人なんだけどなぁソイルさん……」

『いわゆる信者というやつだな。まぁ可愛げがあって良いじゃないか。それにああいうやつらは総じて大きな力になってくれるもんだ』

「う、うん。ボクも嫌いなわけじゃないよ」


 そうして周りに目を向けると、大通りの少し先にドーム状の巨大な建物が見えた。


「あれが闘技場かな? 大きいなぁ」


 その建物は半径200メートルほどはあろうかと思われるほど巨大だった。


『あそこが戦いの場ということか』

「うん、さっそく行ってみよう!」


 100メートルほど先にある闘技場へと向かって、大通りを駆けて行くミラ。

 そしてあっという間に入り口へと到着する。

 見上げるほど大きな建物の中に入ると、とても大きな広間へと出る。

 その中心に円形状のカウンターがあり、そこで案内を受けられるようであった。


「すみませーん」


 受付の人へと声をかけるミラ。


「メルト闘技場へようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご要件でしょうか?」

「えーと、ヴィアルを使いたいのですけど」

「ヴィアルでしたら、そちらの南側の出入り口とは逆方向の、北側の通路を進んでいくとございます。そちらで登録等のお手続きをして頂くことになります」

「はい、わかりました。ありがとうございます」


 受付に礼を言い、北の通路へと歩を進める。

 そうして歩いていると、程なくしてヴィアルの受付へと到着した。


「すみませんヴィアルを使いたいのですけど」

「承知しました。初めてのご利用でしょうか?」

「はい」

「ではこの用紙にお名前をご記入いただいた後、こちらに手を当ててください」


 手渡された用紙に名前を記入し、手を当てると用紙が光を伴って消える。


「これで登録は完了致しました。レーン村のミラ様ですね。ヴィアルに関する説明は必要でしょうか?」

「はい、お願いします」

「承知致しました。ではご存知の内容もあるかと思いますが、一通りご説明させて頂きますね」


 そうして机から書類をいくつか取り出して、それをミラに見せながら説明を始める。


「まずヴィアルとは、仮想の空間内において、現実と寸分違わぬ精度で戦闘行為が行える装置のことです。”幻想武闘領域”とも言われていますね。そしてヴィアルを使用する際、最初に二つのモードの内から一つを選択します。まず一つ目が、実在の姿をそのまま仮想空間に反映させる、リアル」


 そう言って受付係は、書類の該当箇所に指を当てながら説明を続けていく。


「そして二つ目が、空想上のキャラクターを作成し、そのキャラクターを操作するイマジナリー。ただ、イマジナリーは注意点がございます。それは実在の自身の姿と大きく異るキャラクターを操作しようとした場合、感覚にズレが生じる点です。ですので、自身とは極端に異なるキャラクターを作成するのは、最初のうちはあまりおすすめしません。またイマジナリーでは匿名性が保証されます。キャラクター情報から人物を特定することは不可能ですので、ご安心ください。もちろん違法行為等が確認された場合はしかるべき対処が取られますのでご注意ください」


 そうして、その他の様々なヴィアルに関する説明も続けられ、ミラ達は一通りの説明を受け終えた。


「──これで説明は以上になります。質問等はございますでしょうか?」

「いえ、大丈夫です」

「承知致しました。ではあちらの転移ゲートを使用することで、ヴィアルが設置されてある部屋へと転移できます。また今後は受付は不要ですので、そのまま転移ゲートを使用して頂いて構いません」

「わかりました、ありがとうございます」


 そうして受付を終え、転移ゲートの方へと向かう。


『仮想の空間で、しかも怪我など気にせず全力で戦うことができる……か』


 説明を聞いていたミロードは、全く想像もしていなかった内容にとにかく驚いていた。


「ヴィアルは訓練として使うのに優秀だし、もちろん娯楽としてもすごく人気があるんだ」

『そうだろうな、特に戦いに慣れていない者にとっては、これほど便利な物もないだろう』


 俺の時代にも存在していればな、とふと考えるミロードだった。


 転移した先はちょっとした広さのある個室の小部屋だった。


「よっし、じゃあやってみるかぁ。とりあえずリアルで、エネミー戦のレベル1でいいかな」


 エネミー戦とは、メルキア帝国が設定した空想上の魔物と戦う、対魔物を想定したモードだ。

 敵の強さはレベルによって分けられており、1から順番に強くなっていき、最大で1000まである。


「じゃあミロード、始めてみるね。どういう形になるかわからないけれど、多分この部屋で戦闘の様子が見られるはずだよ」

『あぁ……』


 あまりにも自分の知っている世界とは異なる、常識外の出来事が連続で発生しすぎて、ミロードはもはやついていけなくなっていた。


「よし、じゃあスタートっと」


 ミラがヴィアルを起動する。

 その時、ミロードの感覚に違和感があった。


(うん……? なんだこの感覚は、何か外部から接触があるような……)


 ミロードは受付で聞いたヴィアルに関する説明を思い出す。

 ヴィアルは高度な魔法を駆使した装置であり、人の魂に直接繋がりを作って感覚の共有を行うという仕組みとのことだった。

 また魂をもって認証を行う為、成りすましたりすることは絶対に不可能とも言われた。


(これが魂との接続ってやつか……。まてよ、ならば……)


 ミロードは一つの仮説を思いつく。


(おそらくミラの身体には今、魂が2つ宿っている状態になっているはずだ。ならばミラではなく俺の魂と接続させることも可能……か?)


 ミロードは決して頭の良い方ではなかったが、天性の直感力とでも言うべきか、理屈では説明できないが自分を信じて苦難を乗り越えてきたことが何度もあった。

 そんなミロードが、これはイケる、と確信していた。


 そんな中、仮想空間に意識を移したミラは、敵であるスライムと対峙していた。


「あれが魔物か……ぷるぷる震えているだけで襲ってくる気配はないけど、まぁレベル1だからかな」


 緑色をしたスライムは特に何をするわけでもなく、その場でぷるぷると震えていた。


「よし、じゃあさっそく試してみよう。えーと、本によれば新しく知覚した感覚に強く意識を向けて、行使したい魔法を強く思い描くんだっけ」


 ミラは掌の先から炎を出すイメージを思い描く。


「はぁ!」


 掌を前に向け、強く意識を向け、魔法の発動を試みる。


「……」


 しかし魔法は発動せず、炎が出るどころか何も変化を感じれなかった。


「だめか。やり方が間違ってるのか、それともやっぱり適正の問題なのか……」


 過去に本を読んだだけで誰かに師事したわけではないので、魔法が発動できないのは当然なのかもしれなかった。

 それでも、適性がないと言われたミラは、完全には現実を受け止め切れておらず、魔法を試さずにはいられなかったのだ。


『どうだ? 魔法とやらは使えそうか?』

「うーん、だめだね。やっぱり学園でしっかり学ばないとダメなのかも」

『そうか、まぁあの爺さんも魔法が使えないわけではないとか言っていただろう。ひとまずは闘気で戦いの力を身に付けて、魔法はそれからゆっくり学んでいけばいいんじゃないか』

「うん……そうだね。ありがとうミロード」


 ミロードの言葉を聞き、心に落ち着きを取り戻す。

 そしてミロードは、試してみたいことを思いついたので、それをミラに伝えることにした。


『ミラよ、すまないが少し試してみたいことがある。イマジナリーでキャラクターを作成してくれ』

「え、急にどうしたのさ。まぁいいけどさ。どんなキャラクターを作るの?」

『俺の姿をそのまま作ってくれればいい。ただし髪の色は銀髪にしといてくれ』


 急なミロードの要望に困惑しながらも、ミラは現実へと意識を戻した後、指示通りにキャラクターを作成していく。


「こんな感じでいい?」

『あぁ、問題ない。じゃあ始めてくれ』

「う、うん」


 ミラがスタートを押し、ヴィアルが起動する。

 そして新たに作ったキャラクターとの魂の接続が開始される。


『来たな、この感覚……ここだ!!』


 そしてヴィアルが起動し終わった時、

 キャラクターの身体を動かしていたのはミラではなくミロードだった。

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