第7話 ミラの過去

 泥のように眠り、そして翌日を迎えたミラ。


「ふわぁ……うーん、少し寝すぎたかな……何時だろう」


 目をこすりながら壁に掛けてある時計に目を向けて見ると、朝の10時を過ぎたところであったようだった。


『おう、ようやく目覚めたか』

「え、あぁ……そうかミロードか。おはよう、少し寝過ぎちゃったよ」


 昨日の出来事は夢じゃなかったか……と少し思いながらも、ミロードへと返事をする。


『仕方あるまい、およそ常人が経験するべくもないことを経験したんだ』

「……そうだね」


 魔法の適正がないと言われ、そして自分の中で目覚めた過去の人物との邂逅。

 本当に色々とあった。


「とりあえず」

『とりあえず?』

「お腹が空いた……」


 昨日倒れてから今日眼が覚めるまで、何も食べていないことに気づいたミラ。


『はっは、それは一大事だ。食事は身体を作る上で最も重要だからな、しっかり食わねばな』


 笑いながら食事の重要性を語るミロード。

 めちゃくちゃなのかしっかりしてるのか、ほんとによくわからない人だと感じるミラだった。


「とりあえず窓を開けよう」


 眠気を覚ます為と、気持ちをリフレッシュしたかったミラは、部屋の窓を開ける。


「ふぅ、良い天気だ。それにしても良い景色だ、帝都はすごいなぁ」


 気持ちをリフレッシュしながら、窓から見える景色を見て感動していたミラ。

 しかしミロードはそれどころではなかった。


『お、おい! なんだここは!』


 ミロードが驚愕の声を上げる。


「な、なに? どうかした?」

『どうかした? じゃねぇ! なんだこの街は、いったい何がどうなってやがんだ』


 ミロードは窓から見えるその街並みにとにかく驚いた。

 白と青を基調とした綺麗な街並みで、基本的に地面に土などはなくしっかりと整備されており、そして非常に大きな建物が乱立していた。

 天をも衝くような建物すらあり、どのような手段を持って建築したのか想像すらできなかった。

 地上の整備された道には鉄の塊が非常に速い速度で走り回っており、さらに地上だけでなく空中にも同様に飛び交っていた。

 そして自分が今居る部屋も、相当に高い場所にあるようであった。


『なんじゃこりゃ……わけがわからん。時代が違えば世界はここまで変わるもんなのか……』

「そんなに違うの?」


 ミロードはミラに自分が住んでいた世界を説明する。

 その世界は非常に原始的で、大きな街であれば石造りの建物も多かったが、小さな町や村では木造の建物が基本だった。

 乗り物に関しては馬車ぐらいしかなかった。


「へぇ~全然違うんだね」


 しかしそれも仕方のない話であった。

 というのも、魔物が非常に活発で、人類は常に魔物の対応に追われていた為だ。

 苦労して作られたであろう街が魔物によって簡単に滅ぼされる、なんていう事も珍しくなかった。

 そして何より、魔法がない世界だった。


「厳しい世界だったんだね」

『あぁ、本当にな』


 昔を思い出し、少し感傷に浸ったミロードがそう返事をする。


「あ、そういえばさ、少し思ってたことがあるんだけど」

『どうした?』

「ミロードのいた世界ってさ、魔法は失われてて過去の時代の技術だとされていた……そして僕のいるこの世界は魔法がある。じゃあさ、ミロードは未来じゃなくて過去に来てしまったんじゃない? って思ったんだよね」


 転生という魔法のことはよくわからないが、ミラはミロードから話を聞いた時、ここはミロードのいた世界よりもさらに過去の世界なのでは、と思わずにはいられなかった。


『どうなんだろうな、俺も転生に関してはポチに丸投げだったからな、ぶっちゃけ何もわからん』

「自分の、しかも生き死にに関わることなのに、随分と適当と言うか……いや、豪胆……と言えるのかな……?」

『ふっ、まぁここが過去か未来かなんてのは些細な問題だ。現にここは、俺の知らない技術で溢れかえっている世界のようだからな、それが全てだ』

「そういうものか……」

『あぁ、唯一残念なのはポチと再会できない可能性があるかもしれんってことだが、もしかしたら若い時のポチがいるかもしれん。それはそれで面白そうだ』


 自分が今いつの時代の世界にいるのかなど全くもって興味のなさそうなミロードに対して、そういうものなのかと、納得しつつもやはり不思議に感じるミラなのであった。


「じゃあ話は戻るけどさ、気になるなら街を見て回る?」

『いや、確かに気にはなるが、それよりもミラの魔法を試すのが先決だな』

「わかった。じゃあまずは食堂に行ってご飯を食べよう」


 窓を締めてからベッドを降り、食堂に向かう準備をする。


「そういえばセーラはどうしてるのかな。というか部屋を聞くのを忘れていた……」


 そう言いながら部屋を出た後、簡易転送ゲートと呼ばれる物を使用し、ミラの居た27階から40階の食堂へと転移する。


『何から何まですげぇな、これが魔法というやつなのか』


 ミロードのいた世界とは全てが異なるこの世界。

 目に映る全ての物が新鮮で、転生して正解だったなとミロードはすでに思い始めていた。


 そうして食堂へと到着したミラは、よほどお腹が空いていたのか、少し早歩きで料理を選んでいった。

 この宿の食事は、飾り棚に並べられている様々な料理を自由に取り分けることが出来る、ビュッフェと呼ばれる形式を取っていた。

 なお、並べられた料理の数々は魔法の力によって常に鮮度が保たれている。

 宿泊している者は、いつどのタイミングでも自由に美味しい食事を楽しむことができる。

 ミラは自分が好きな物を中心に、お肉と野菜をバランス良く取り分けて席に着いた。


「ん~おいしい。ここに泊まれるのが、覚醒の儀が楽しみな一番の理由といっても過言ではないかもしれない」


 幸せそうに食事を楽しむミラ。

 その姿を見ながら、ミロードは昨日の会話の内容で少し気になっていたことを聞くことにした。


『そういえばミラはなぜ冒険者になりたいと思ったんだ? 何か強い思い入れのようなものがありそうに感じたが』

「ん、思い入れは多少……あるね」

『それは話せる内容か?』

「うん、大丈夫だよ。実は──」


 ミラは、セーラが過去にペットを魔物に殺されたことがあるという出来事を説明する。


『なるほど、それで?』

「実はその場にボクも居たんだよね。それで、ボクもセーラもあの時死んでも何も不思議じゃなかったんだ」


 ミラとセーラが五歳の頃、その時はまだ同じレーン村に住んでいた。

 セーラはロックという名の、小型の犬を飼っていた。

 そして村の外れの方で遊んでいたところ、ロックが何かを見つけたのか、一直線に村の外の方に走り出してしまったのである。


「村にも外壁がちゃんとあって、本来は村に何箇所かある出入り口からじゃないと出られないんだけど、外壁の目立たないような場所に子供一人分がギリギリ出入りできるような穴が空いててさ。そこから出ていっちゃったんだよね」


 まだ外の危険性など分かっていなかった子供の頃の二人は、ロックを追いかけて村の外に出てしまった。

 そして近くにある森の中を少し進んだところで、キマイラと呼ばれる体長が十メートルほどある巨大な魔物と対峙しているロックを見つけた。


「その魔物は本来こんな場所に居るような魔物じゃなくてさ、熟練の冒険者ですら複数人でかからないと対処が困難な強さだったんだ。そしてロックは僕たちが駆けつけてすぐに魔物の攻撃を受けて吹き飛ばされた」


 倒れたロックの場所まで駆けつけた二人だったが、ロックはすでに死んでいるようだった。

 そしてそんなロックの姿を見て、セーラは大きなショックを受け、涙を流しながらその場から動けなくなってしまった。


「そしてボク達の元に魔物が近づいてきてさ、どうにかしないとと思ってボクはセーラの前に立って、魔物に立ち向かったんだ」

『ほう、しかしそんな魔物相手に子供が勝てるわけもなかろう』

「うん、キマイラはボクを相手に遊んでいるようだった。死なない程度に攻撃されてさ、ボクは傷だらけになって、ここでもう死ぬんだと思った。でもそうはならなかった」


 もう終わりだと絶望していた時、ミラとキマイラの間に一人の冒険者と思われる男が現れた。

 後ろ姿だったから顔はわからないが、スタイルが良くすらっとした出で立ちで、首に巻いた赤黒くて長いスカーフが特徴的だった。


「その人はキマイラを相手に圧倒していた。それも攻撃魔法は使わないで体術メインで戦っていたんだ」

『ほう……』


 その話を聞いて、その男に少し興味を抱くミロード。


「それで安心したからかな、そこでボクは気を失った」


 そしてミラは村の自宅にあるベッドで目が覚めた。

 ミラの傷は治癒魔法によってすでに完治しているようだった。

 その後、周りの人たちに助けてくれた冒険者について聞いたが、よくわからないようだった。


「キマイラを倒した後にボクとセーラを村まで運んでくれたらしいんだけど、特に何か求めたりもせずに、そのまま立ち去ったらしいんだ」

『随分と立派な精神の持ち主のようだ』

「で、そこからかな。冒険者に興味を持つようになったのは」

『なるほどな』

「とにかくもう一度会ってお礼を言いたいんだ。冒険者になればその人にもいずれ会えるかもしれないし、それにこれは少し欲張り過ぎかもだけど、あの人がピンチに陥った時、今度はボクが助けられるようになりたいんだよね」


 当時の事を思い出しながら、真剣な様子で語るミラ。

 その顔に、今までの少し気弱そうな少年の面影はなかった。


「こんなところだよ、ボクが冒険者に興味を持った理由は。そんなに大した理由じゃなかったでしょ?」


 少し笑いながらそう話すミラ。


『いや、そんなことはないさ』


 何かを思い出したのか、ミラはミロードの機嫌が少し良くなったように感じた。


『さて、ならばさっさと魔法を試しに行くぞ』

「うん、でもボクは魔法の才能はないからね。あんまり期待しちゃだめだよ」

『ふん、才能なんてもんは些末な問題だ。重要なのは本人のやる気と、それから指導者に恵まれているかどうか、だな』


 ミラは出会ってから思っていたことだが、このミロードという男は本当に自分を疑うということを知らない。

 自信に満ち溢れており、常に前を向いている。

 口調は強く汚い言葉を使うこともあるが、しかしこちらを想う気持ちも確かに感じられた。

 そんなミロードに対して、まだ出会って間もないがミラは人としての魅力をすでに感じ始めていた。


「ミロードってさ、本当に世界最強だったの?」

『急にどうしたんだ。まぁ信じられないのも無理はないが、本当だぞ』

「ふ~ん、叶うなら一度でいいから戦ってるところを見てみたいな」

『ふっ、俺の本気の姿を見たらビビって漏らすかもしれんな』

「ちょ、ちょっと! 食事中なんだけど!」

『はっはっは』


 出会ってまだ二日目でしかないが、

 少しずつ、確実に距離が縮んでいくミラとミロードだった。

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