第6話 邂逅

「過去からこの世界に転生……そんなことが……」


 突如現れた謎の男。

 その者は、遥か昔に生きていた闘神ミロードという男らしかった。


『あぁ。おそらく本来であれば、小僧の代わりに俺が産まれてくるはずだったんだろう』

「じゃあさっき見た夢は、過去の出来事だったんだ……」

『ほう、過去の俺の姿でも見たか?』

「はい、実は──」


 ミラが覚醒の儀で倒れて眠っていた際、不思議な夢を見ていた。

 それはまさにミロードが転生を実行する時の様子であった。


『俺の中では一番新しい記憶のはずなんだが……なぜかひどく懐かしく感じるな。一体どれほど先の未来に転生したんだ……?』

「どうなんでしょう、少なくともボクが知っている範囲では、ミロードという人物も、そのポチというドラゴンの事も知らないですね」

『そうか、それにしても……』


 ミロードはミラと話している中で、どうしても気に入らない点が一つだけあった。

 それは──


『その話し方だ、小僧』

「え?」

『俺に対して敬語は必要ない、タメ口でいい、タメ口で』

「いや、でも……目上の方ですし……それになんだかすごい人なような気もしますし……」

『かぁーー、良い子ちゃんだなぁ小僧は』


 ミロードは生前、とんでもなく破天荒な生き方をしてきた。

 仲間は自分の全てを賭してでも守るし、敵対する者は絶対に許さなかった。

 権力者に対してへりくだることなどなかったし、子供にも老人にも対等に接してきた。

 当然ながら敬語で話すことなどなかったし、逆に敬語で話されるのはむず痒くて仕方なかった。


『とにかく敬語はダメだ。それに俺とお前はもはや一心同体と言って差し支えない。自分自身に対して敬語で話すなんておかしな話だろう?』

「うーん……」


 上手いこと言いくるめられているような気もするが……しかし嫌と言われている事を続けるのもはばかられた。


「わかり……わかったよ、ミロード」

『よし、それでいいんだ小僧』

「じゃ、じゃあ! ボクもお願いがある!」

『ほう、なんだ?』

「ボクは……小僧じゃない。ミラという親から貰った大切な名前がある。ミラと呼んで欲しい」

『ふ、それはそうだな。悪いことをしたな、ミラ』

「う、うん」


 なんだかすごく乱暴そうな人だと感じていたが、悪い人ではないのかもしれないと少し安心したミラだった。


『で、だ』


 ここからが本題だ、と言いたげな顔をしてミロードが続ける。


『自己紹介も終わったところで、問題はこれからどうするかだ』

「これから……ですか?」

『おい』


 無意識のうちに敬語で喋ってしまうミラ。


「あ、ごめんなさ……ごめん」

『まぁ、徐々に慣れていけばいいさ。そうこれからだ。俺は転生した先で新しい世界を見て回り、自分の知らない未知のものにとにかく触れたいと思っていたわけだ』

「うん」

『だが、こういう形で転生することになった以上、自分の好き勝手に行動することはできなくなった。俺の欲を満たすには、ミラに見て体験してもらうしかない』


 ミロードは現在、ミラから見ると半透明でふわふわと浮いて見えている。

 そして、どうやらさきほど部屋にいたセーラや司祭達にはミロードの姿が見えていなかったことから、ミラだけが視認できる状態にあるようだった。

 さらにミロードは、ミラから一定以上、およそ数メートルの範囲内でしか行動できないようであった。


「そう……だね」

『まぁ魂を分離させるような方法も、もしかしたら有るのかもしれんが……それはそれとしてだ。とにかく俺としてはミラに世界を見て回って、俺に新しいものを見せてほしいと思ってるわけだが……。ミラ、お前はどうなんだ。元々はどう生きていこうと思っていたんだ?』

「ボクは……」


 ミラは先程の司祭とのやり取りを思い返す。


「ボクは冒険者になって人々を守り、そして世界を見て回りたいと思っていた。でもどうやらボクには魔法の才能がないみたいなんだ」

『あぁ、そうらしいな。全てが聞こえていたわけではないが』

「だから、とてもじゃないけどボクには危険な冒険者になって活躍するなんてことは、無理だと思ってる」

『ふむ』

「残念だけど……ミロードの望みは叶えられそうにない、かな」


 申し訳無さそうにするミラ、それに対して不思議そうな顔をしながら問いかけるミロード。


『魔法とやらがどれほど強力なのかはわからんが……闘気ではダメなのか? あれなら意思のある生物であれば等しく使えるはずだが』

「闘気……?」

『なんだ、闘気を知らんのか? それならば気功術はどうだ? 闘気は気功術を応用したものだ』

「気功術なら知ってるよ。でも魔法が万能だから、気功術で戦う人はあまり多くないって聞いたことがあるね」


 その発言を聞いて、ミロードは少し考え込む。


『ふむ、では物は試しだ。俺がミラに気功術と、闘気の使い方を教えてやろう。魔法の強さは俺にはわからんが、気功術が完全に淘汰されているわけではないのなら、少なくともある程度はそれで戦えるのだろう』

「う、うん」


 ミロードの急な提案に、悩みながらもうなずくミラ。


『まぁすぐに決める必要はない。それに戦い方を教えると言ったが、あくまで本題はこっちだ。ミラよ、まずは魔法を使って戦うことをメインに考えるべきだ』

「え……? でもボクに魔法の才能はないってさっき──」


 ミラの言葉を遮るように、ミロードが口を開く。


『その考え方が気に食わんのだ。別に魔法が使えないわけではないのだろう? ならばやってみなければわかるまいよ。初めから諦めるやつがどこにいる』


 ミロードが言ったことは至極当然の内容だ。

 しかし今のミラにとっては、どこか心の芯に迫るものがあった。


 覚醒の儀は、貴重な魔法の才能を埋もれさせるのは勿体ないと感じたために国が始めた施策だ。

 しかし才能があるとわかったとしても、そこから努力をしなければその実が花を開くことはない。

 もちろん一部の規格外のような才能を持つ者はその限りではないが、大多数の人にとっては、結局のところは本人の努力次第なのである。


 そのようなことはミラも当然理解していたし、どんな結果でも冒険者になるつもりではいた。

 ただあまりにも想定外の結果だったので、重く考えすぎていた。


(……そうだ、何を諦めていたんだボクは。まだ何もやっていないじゃないか)


 ミロードの言葉を聞き、夢から覚めたような気分になるミラ。


「そうだね、その通りだよミロード」


 真剣な面持ちで返事をするミラ。


「よし、決めた。ボクは……魔法を極める!」

『ふっ、良い顔もできるじゃないか。しかし極めるか。大きく出たな少年よ』


 ニヤッと笑いながら、面白そうに見つめるミロード。


「夢はでっかくってやつさ!」


 へへっと笑い返しながら、そう返事をする。

 これからのやるべきことを明確に定めたミラだった。


 そして先程の会話の中で気になっていたことを続けて口にした。


「ところでミロード、その闘気っていうのは具体的にどういうものなの?」

『あぁ、闘気か。まず生物には生命エネルギーというものが存在していてな。それを自在に操るのを気功術と呼ぶわけだが、その生命エネルギーをただ扱うだけでなく、エネルギーそのものを昇華させたものを闘気と呼ぶ』

「気功術を昇華させたもの……そんな戦い方があるんだ……」


 改めて聞いてみても、やはり闘気は自分の全く知らない代物のようであった。


『魔法とはどのようなものなのか、ミラにはわかるか?』

「うん、ある程度はね。この世界には”魔素”って呼ばれる物質が存在してるみたいでさ。その魔素に対して、自身のエネルギーを反応させることで魔法が発動するみたい」

『ほう……そのエネルギーというのは、生命エネルギーのことか?』

「そこまでは分からないけど、そのエネルギーは魔力と呼ばれているね。で、その魔力に自分の意思をどれだけ上手く乗せられるかが、魔法の発動において重要って本には書いてあったね」

『なるほどな』


 魔法の原理について聞き、少し考え込むミロード。


「闘気はすぐに使えるようになるものなの?」

『いや、そう簡単なもんじゃない。資質にもよるが、それなりの期間鍛錬せねばならんだろう。数年かかっても何らおかしくはない』

「そうなんだ、じゃあすぐに試すってことはできないか……」


 少し残念そうにするミラを見て、面白そうな様子でミロードが問いかける。


『魔法を極めると言った割には、闘気に興味津々と言った様子じゃないか』

「そりゃそうさ! なんせボクは世にも珍しい、魔法の適正がない人間だからね。強くなれる可能性があるものはなんでも覚えていかなきゃ」

『ふっ、良い心構えだ』

「それでさ、とりあえず魔法を試してみたいと思ってるんだよね。帝都にはそれにちょうどうってつけの場所があるから」

『ほう、いいじゃないか。では早速行くとするか』


 すぐさま行動に移そうとするミロードを見て、慌てて止めるミラ。


「ま、待って! 今日はさすがにもう寝ようかな……なんだか疲れちゃって」


 覚醒の儀で倒れ、目覚めてからそれほど時間は経っていないが、ミラはまだ身体に気怠さを感じていた。


『そうか、そういえばミラは倒れたんだったな……おそらく俺の転生によって』


 何かを考え込むように、しばしの間沈黙するミロード。

 そして──


『すまなかったな』


 まだ出会って一日も経っていないが、ミロードがそんな態度を取るとは思ってもみなかったミラは驚いた。


「あ、あやまる必要なんてないよ! ……それに、ミロードのおかげでやりたいことも定まったしね」

『ふっ、そうか』


 こうして覚醒の儀、当日を終えたミラだった。

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