第5話 覚醒
「う……うぅーん……ここは……」
片目を擦りながら、ベッドに寝かせられていたミラが目覚めると、そこは自分が帝都に来た日に泊まった宿のようであった。
「気が付いたのね! よかった……」
ほっとした様子でミラを見るのは、友人のセーラだった。
「うぅ……気持ち悪い……それになんださっきの夢は……」
「だ、大丈夫なの?」
「あ、セーラ……そうか、覚醒の儀で何かが起きて……ボクは眠っていたのか」
「えぇ、そうよ。騎士様は疲れがたまっていたんじゃないかって言っていたけど、身体は大丈夫?」
「うん、本調子とはいかないけど、大丈夫そうだよ。ちなみにボクはどれくらい眠っていたの?」
「四時間くらいよ。もう本当に心配したわ、急に倒れちゃうんだもの」
──コンコン
ミラとセーラが話をしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はい! どうぞ」
セーラがそう答えると、部屋に入ってきたのは覚醒の儀を取り仕切っていた司祭と騎士だった。
「おや、目が覚めていましたか。お身体の方は大丈夫ですか?」
部屋に入りながら、ミラの身を案じるように司祭が声をかける。
「はい、大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いえいえ、あなたは何も気にする必要はありませんよ。覚醒の儀によって体調を崩す子は、少ないですが居ないわけではありませんから」
「なるほど……あっ、そういえば──」
ミラは目が覚めてからずっと気になっていたことがあった。
「ボクの適正は何だったんですか?」
「適正ですか、もちろんお教えする事は出来ますが──」
チラッと司祭がセーラの方に視線を向ける。
「あ、大丈夫です! セーラには元々自分の適正は教えるつもりでしたので」
「そうでしたか、では──」
これまでの優しい雰囲気とは一変し、真剣な様子でミラのことを見る司祭。
その空気感の変わりように、ミラとセーラは今までにない緊張感を覚える。
「ミラさん、あなたに魔法の適正はない、と示されました」
「え……?」
全く予想だにしていなかったことを言われ固まるミラ。
「信じられない、といった様子ですね。無理もありません、私自身もこのような結果を示されたのは初めてです」
「は、はい……その、ボクは魔法を使えない……ということなのですか?」
「いえ、使えないということはないでしょう。自分の内にもう一つの心臓が宿ったような、そんな感覚はありませんか?」
未だ、どこか心ここにあらずといった様子で話を聞くミラ。
「は、はい。微かにですが……確かに身体の中に何か熱いものを感じます」
「それは魔力が目覚めた証拠です。その感覚があるならば、魔法は使えるはずです」
「しかし適正がない……のですよね? その、例えば儀式が失敗したとか、何か故障していたとかではないのでしょうか?」
覚醒の儀の結果を受け入れられないミラは、すがるように司祭に問いただす。
「そういった可能性も考慮して調べていたのですが、どこにも問題はないようでした。陛下にも念の為確認を取らせて頂いたのですが、覚醒の儀の結果は絶対だ、と」
「そう……ですか」
どうしても冒険者になりたかったミラにとって、覚醒の儀は非常に重要だった。
あまり魔法の才能がなかったとしても、努力でなんとかするつもりではあった。
しかし適正がない、とまで言われるのはさすがに考えていなかった。
「受け入れるには時間を要するでしょう。私も初めての出来事ですので確かな事は言えませんが……しかし魔法が使えないわけではないようです。あまり気を落としすぎないように」
「はい……ありがとうございます」
「それから、これをあなた方に渡しておきましょう」
司祭が掌を上に向けて魔力を集中させる。
そうすると、掌の上に白い小さなカードが二枚現れた。
ミラとセーラにカードを手渡す司祭。
そのカードを見てミラが口を開く。
「これは……?」
「それを魔法士ギルドの受付で渡してもらえれば、私へと取り次いでくれるはずです。帝都に限らず、町や村にある支部でも問題ありませんよ」
「なるほど……でもどうして?」
「あなた達は、これからどのように立ち回ればいいか、また歩んでいけばいいか、迷うこともあるでしょう。そういった際にそのカードを使ってください。私が直接、いつでも相談に乗りますので」
優しい笑顔で微笑みながら二人に話しかける司祭。
「「ありがとうございます、司祭様」」
二人の言葉を聞き、満足そうに頷く司祭。
「では、我々はそろそろ失礼致しましょう。ミラ君はまだ起きたばかりでしょう、ご自愛くださいね」
そう言って優しく微笑みながら、騎士を伴って司祭は退出していった。
「ふぅ……」
セーラと二人きりになって静けさを取り戻した室内。
「セーラはさ、どうするの? 攻撃魔法を修めるの?」
「……私は癒やし手の道に進むわ。司祭様のおかげで、私が本当にやりたかった事に気づいたから」
しっかりとした決意の篭った声でそう言うセーラとは対照的に、ミラは不安な気持ちが増していく。
「なーに辛気臭い顔してるのよ! そんなんじゃ男前が台無しよー」
「な、なに言ってるのさ!」
セーラは場を明るくさせようと思い、からかうようにそう言う。
「司祭様も言ってたじゃない、魔法が使えないわけじゃないって。それに、冒険者になるなら気功術だってあるわ。私も手伝うから、一緒に頑張りましょ」
「そうだね……」
そうしてミラのことを気にかけつつ、セーラは椅子から立ち上がる。
「じゃあ私も部屋に戻るわ。病み上がりなんだから無理しちゃだめよ」
「うん、ありがとうセーラ」
「じゃあまたね」
そう言って手を振りながら、セーラも部屋を出ていった。
「適正なし……か。でも魔法は一応使えるんだよね、身体がなんだか熱いし、それに視界も変だし」
目覚めて以降、ミラは身体の変化に戸惑っていた。
身体の奥底から熱を感じるような、心臓がもう一つ生まれたような感覚があった。
しかしこの現象に関しては覚醒の儀の前から知らされていた。
覚醒の儀を経た者は、まず身体が世界に充満する"魔素"という物質を感知できるようになる。
それにより、全ての者が魔法を使えるようになる。
身体が熱くなるような感覚は、まさにその証拠であった。
ただ視界がおかしくなるという現象に関しては知らされていなかった。
「これも覚醒したせいなのかな、司祭様かセーラに聞いておけばよかったな」
そして一人になったミラは、不安そうにこの先のことに思考を向ける。
「セーラはああ言ってくれてたけど、適正なし……となるとさすがに冒険者で大成するのは厳しいよなぁ……どうしようかな」
その時──
『なるほど、こうなったか』
「だ、だれだ……!?」
不意に知らない声が聞こえ、周囲を見渡すミラ。
しかし、どこにも人影は見当たらない。
『どこを見てるんだ、こっちだ、こっち』
「こ、こっち……?」
『後ろだよ』
「う、後ろ……?」
改めて後ろを振り返ると、そこには金色で長い髪をした半透明な男が浮いていた。
魔法の適性がないと言われ、そして謎の人物が見えるようになった日。
ミラの覚醒の日は、こうして過ぎていった──
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