第3話 セーラ

 帝都に入った後、儀式参加者が集まる宿にて一泊した。

 ──そして翌日、ついに覚醒の儀の日を迎えた。


「ここが来光の神殿……うぅー緊張してきたなぁ」


 神殿の中、大きな広間に案内された。

 緊張もあったからか、ミラが落ち着きなく周囲をキョロキョロと見回していると、見知った顔の子が近づいてきた。


「あら、ミラじゃない。久しぶりね」


 気さくな様子で声をかけてきたのは、別の町に住んでいる友人である同じ12歳の少女、セーラだった。


「セ、セーラも今日だったんだ、よかった知ってる人がいて」

「あんた相変わらず気が小さいわねー、男だったらもっとドンと構えていなさいよ」

「ご、ごめん」

「まったくもう。ま、そこが良いところでもあるんだけど」


 セーラの体格は同年代の子供と比べると小柄で少々病弱気味に見えるが、性格は真逆で快活だった。

 金髪の肩にかからない程度の短めの髪で、碧色の綺麗な瞳をしており、軽装で動きやすそうな服装を好んで着用していた。


「ふわぁ……それで、ミラはどんな才能が欲しいと思っているの?」


 まだ眠そうにあくびをしながら問いかけてくるセーラ。

 ちなみに、セーラの言う才能とは魔法の適正のことだ。

 正式には適正と呼ぶのだが、才能と呼ぶ人の方が多かった。


「うん? 昔にも一度言ったと思うけど、ボクは冒険者になりたいと思ってるからね。やっぱり戦いの才能が欲しいよ」

「まだ変わってなかったのね。でも冒険者だなんて、危ないわよ? 騎士じゃだめなの?」

「魔物から皆を守るって点ではどっちも同じだけど、自分から色々と見て回りたいからね。やっぱり冒険者かな」


 帝国において魔物を退治する職業というのは主に二つ。

 それが冒険者と騎士だ。

 冒険者は依頼を受け、小さな問題から大きな問題まで、様々な問題を解決していく。

 依頼は個人の物から国が直々に指名する物まで多岐に渡る。


 対して騎士は、国を守るためにのみ動く組織だ。

 騎士になる為の関門は狭く、また騎士は国家指導の元、組織的に厳しい訓練を行っている為、一般的に冒険者と比べると高い実力を誇ると聞く。


「セーラはどうなのさ? やっぱり攻撃魔法使いになりたいの?」

「もちろんよ! 強力な攻撃魔法で凶悪な魔物たちをなぎ倒すのよ!」


 ふふん! と腕を組みながら自慢気に語るセーラ。

 セーラは昔、小さい頃に飼っていたペットの犬を魔物に殺された過去があった。

 そこからセーラは魔物を退治して、より住みやすい世界にしたいと思うようになっていた。


 二人で話し合っていると、広間にいる子供たちがざわめきだした。

 そして奥から騎士と司祭が現れ、ようやく覚醒の儀が始まる時間になったようだった。


「さぁみんな、待たせたな。ではこれから覚醒の儀を始める。自分の適正が今日判明するわけだが、ここは神聖な場だ。あまり騒ぎすぎないようにな」


 屈強な体躯にそれに見合った見事な白銀の鎧を着込んでいる騎士がそう告げた。


「では順番に名前を呼ぶので、呼ばれたら祭壇までくるように、それではまず──」


 そうして覚醒の儀が始まった。

 順番に名を呼ばれ、祭壇へと進んでいく子供たち。

 自分の望んだ通りの結果を得る者もいれば、そうでない者もいる。

 一喜一憂する子供たち。

 だが悲しむ者も、そこまで悲観しているわけではない。


 この国では何もせずとも暮らしていくことが可能な制度が取られている。

 どんな適正を得たとしても、それで生活に困窮するようなことにはならないのだ。


 また、覚醒の儀では魔法の才と、どの分野の魔法に長けているかが大まかに示される。

 つまり自分の長所がある程度わかるだけで、それ以外の事が全くできないというわけではない。

 覚醒の儀で判明した才とは異なる道を歩み、成功している人も実際に多く存在している。


「うーん物作りの適正かぁ、戦いの適正が良かったんだけどなぁ」

「でも物作りもいいじゃんか、親に何か作ってあげたら喜ぶんじゃない?」

「たしかにそれはいいかも、魔法を覚えたら何か作ってみよーかな」


 覚醒の儀を終えた子供たちが小さな声で談笑している。

 なお、覚醒の儀で判明した適正は本人と、国の根幹に携わる一部の者にのみ知らされる。

 それを周りに言うかどうかは本人次第だ。

 一般的な認識としては、特に隠すようなものではないが、執拗に聞くのはマナー違反に値する、といった感じらしい。


「では次の者、コスタ町のセーラよ、こちらへ」

「はーい」


 騎士に名を呼ばれ、祭壇へ続く階段まで足を運ぶセーラ。


「祭壇に着いたら、司祭様の指示に従うように」

「わかりました」


 そう言いながら騎士の後に続き、階段を登っていく。

 なお、祭壇は結界で守られている。

 司祭と騎士、そして儀式の対象者のみが結界内に入ることができる。

 半透明だから中の様子を見ることはできるが、音は外には聞こえないようになっている。


 歩を進め祭壇に到着したセーラに司祭が覚醒の儀の始まりを告げる。


「では覚醒の儀を始めるとしましょう、宝玉を両手で触ってください」


 司祭に促され、宝玉を両手で触るセーラ。

 そうして数瞬の後、宝玉から大きな光が放たれた。


「え、わわっ、なに!?」

「大丈夫だ、そのまま宝玉を触っておくように」


 慌てて宝玉を離しそうになるセーラを優しい声で落ち着かせる騎士。


「ふむ、これは…」

「お、おわったの?」

「えぇ、終わりましたよ」


 適正を確認した司祭がそう告げる。

 ドキドキした様子で司祭から続く言葉を待つセーラ。


「あなたはCランクの魔法適正と、そして治癒魔法に極めて高い適正があるようですね」


 セーラは一瞬、何を言われたのか分からなくなる。


「え、治癒魔法……ですか?」

「えぇそうです。Cランクの治癒魔法の才とは非常に珍しい。とても貴重な才と言えますよ」

「治癒魔法……ですか……でも私は……」

「ふむ……納得がいきませんか?」

「いえ、そういうわけでは……」


 セーラの様子を見て、何か考え込むような動作をする司祭、そして──


「嫌な記憶を思い起こさせてしまうかもしれませんが……あなたは何か、将来の道に関して、過去に強く記憶に残るような経験をしたのではないですかな?」

「え……あ、はい。大事にしていたペットを魔物に殺されてしまったことがあります」

「なるほど、治癒魔法の才が示されたのは、おそらくそれが原因かもしれませんね」

「で、でも! 私はそれがきっかけで攻撃魔法の使い手になりたいと思ったのです! 癒やしの力なんて……」


 うつむき、涙を流しそうになるセーラ。

 覚醒の儀でここまで大きく感情をあらわにする子供は珍しい。

 だがセーラはそれほどまでに、攻撃魔法の使い手になりたいと思っていた。

 そして、憎き魔物を屠りたいと。


「あなたは本当に優しい子なのですね」

「え……?」

「魔物への復讐を誓ったのは間違いないことなのでしょう、しかし──」


 セーラへ慈愛の目を向け、優しく語りかける司祭。


「あなたは悔しくて、許せなかったのでしょう。それは魔物にではなく、傷ついたペットに対して何もすることができなかった自分に」

「……!」

「そしてそのペットの姿を、その現実を、まだ小さかったあなたは受け止めることが出来なかった。そこであなたは魔物に目が向いたのでしょう」


 セーラの様子を見ながら、そのまま続ける司祭。


「あなたの本当の願いは、皆には自分と同じ思いをしてほしくない、そして何よりも傷ついた者を助けたい。その強い想いから癒やしの力が目覚めたのでしょう」


 司祭の言葉により、まだ小さかったセーラが本能的に忘れようとしていた記憶と感情が鮮明に思い起こされる。

 そして思わず涙が溢れ出てしまう。


「う、うぅ……うえぇぇぇん」

「よしよし、本当に良い子だ」


 セーラが泣き止むまで、優しく見守る司祭、そして傍で頭を撫でる騎士。

 そうして幾許かの時間が過ぎ、落ち着きを取り戻したセーラ。


「すまなかったね、悲しい記憶を思い出させてしまって」

「いえ……大丈夫です……」

「君は強くてそして優しい子だ、しかしどのような道を選ぶかは君しだいだよ。治癒魔法の才があるからといって必ずしも癒やし手になる必要はない」

「はい……ありがとうございます司祭様」


 司祭に頭を下げたのち、とぼとぼと階段を降り、ミラの元へと戻る。


 忘れようとしていた自身の本当の気持ちを思い出したセーラ。

 小さかった当時はまだ弱く現実逃避をするしかなかった彼女だったが、今のセーラはその時の感情を受け止めきれるほどしっかりと強く成長していた。


 階段を降りる足取りはおぼつかなかったが、しかしセーラの心の中ではなにかモヤが晴れたような、晴れやかな気持ちで満たされようとしていた。

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