異世界お仕事タノシイ楽しいたのしいたのしい楽しい誰か私をたすけて
おみゅりこ。
楽しい楽しい楽しい楽しい楽しいお仕事楽しい楽しい楽しいタノシイたのしい楽しい出してここから出しておねがいします
ほころびが、ほころびが大きくなってゆく。……駄目、それ以上は……
切っちゃおうか。でも、コレだって自分の一部だもん。なくなっちゃヤだよ。
光が差し込んできた。磨りガラスから差し込むような柔らかなソレが網膜を優しく刺激した。もうすぐ会えそうだね。思いっきり引っ張れば今スグにだって。
怖い……怖いよ。アナタタチはわかる? 自分が自分じゃなくなる感覚。その存在を終えるまで永遠不滅だとでも? 違うんだよなぁ、わかってない。
誰にだってあるんだよコンナコト。思い出も未来も、みんなみんな抜け落ちて、空っぽになった自分がね? 暗闇の中にぽつんと居るの。誰も来ないよ? ずっと、ずーっと一人なの。だって私は、わからないもん。どんな人が来たってわからない。綺麗なガラスがバラバラになっちゃったら、もう元に戻らないでしょ? ……そう戻らないのゼッタイに……
「——ほつれちゃん……ほつれちゃん……!」
……まただ。また。誰かの声がする。ねぇそろそろ普通の女学生として暮らしたいんだけど。それにさ、『ほつれ』って冗談みたいな名前じゃない? 親が冗談みたいな人間だからね、仕方ないさ。
何というかさ、生きていたら髪の毛が抜けるでしょ? 私の場合、『自分』が抜け落ちるの。イミわかんないでしょ? 私もわかんない。
……ところで私って星見うさぎだよね? 最近名前も怪しくなってきちゃった。ごめんね? 気をつけるから。誰に謝ってるの? わかんないのごめんだからぶたないで下さい本当にすみません。生まれた場所って大切だよね。それを知ってるからココで生きてるんだなって実感できるだから私は忘れないゼッタイわすれない。あ、自己紹介がまだだったね。わたしは夢見がちな女の子リリア明るくて活発で……これはおんなじ意味か。そうだよね……?
あ〜あ、何かうごめいてる……。やだねぇこんな光景。あそこに落ちるんだよ? あそこの一部になるの。今という今が今だって、無くなって。
そんなの嫌だ行きたくない。ここから出よう、あの光を目指そう。そう、それがいいでもね、入り口を千切ってたらまた、自分がどっか行っちゃうの。突風も来るの開ければ開けるホド。
……ワタシっていわゆる多重人格? あはは、違うよ誓ってそんなんじゃ。歩幅が一緒だからって同じ人じゃないよね? ちゃんと見分けなきゃ人は皆んな違うんだから一緒にしないでチガウんだからさ。
一緒にしないで。……だから一緒にしないで。くっつけてよ、あそこのほころびを。出して、私をあそこから。直してよ、元通りにしてよ、完璧なわたしを見せて。来たよ……来た。不愉快な振動がわたしコレ苦手……吐いても許してねキミは優しいもんね。いつも優しい……だから好きだったのかな? そうだよね?
ここまで聞いてくれてありがとう。だから一緒に見に行こうよ異世界を。絶対見つけるの。私となら大丈夫きっと上手くいく。任せて、自信はあるから。魔法だって使えるよ? 嘘じゃない信じてくれないアナタは冷たい人だね……もういいよ近寄らないで顔も見たくない。
じゃあ早速行こうよ。イチ、ニの、サンで一気に行くよ。しっかりついて来てね子どもじゃないんだから。声が空間に溶けていく意識も。今度こそ——
【異世界迷子確認屋さん】編
「さぁいらっしゃいいらっしゃい! 迷子は居ませんかー? 居たら私が確認するよー!」
いくら私がヘンテコな人間だからって、ご飯食べなきゃ死んじゃうんだよ? そんな次第で働いてます。ちなみに自分でも何やってんのか分かんない。
「あの、すみません。ここって何のお店なんですか?」
おっ、来たよお客さんだ。バカだねーこの人。迷子確認屋さんって書いてるのに。字が読めないのかな?
「字が読めないのかな君は?」
「いや読んだんですけど……結局何だよって」
「迷子って困りますよね? 困ったら私の登場です! 滞りなく確認してみせましょう!」
「????」
男は去って行った。ちなみに背は私より少し高く、髪はオレンジ色で片手をポケットに入れてしかも尚重心がズレており、キザな印象を感じた。私とは釣り合わない絶対私カワイイし。
「来ないねー誰も」居もしない従業員に話しかける。当然返答はない。寂しくもない、なぜなら最初っから居ない事を知っているから。あはは——
——みたいな崩れてゆく感覚が肌の裏で、痒い。青空に浮かぶ雲が急速にセピア色に変わって流れゆく。じん、と鼻の中がしみる息苦しく溺れる。いきなり口の中に土があると思ったらもうおしまい。さよなら。あ、おいしくはないよ——
【強い意志証明屋さん】編
「私のこの! 自慢の虫眼鏡であなたを証明してみせましょう。思うのです、強い意志は死んでもなくならない。時代も越えるし宇宙が滅びても。知りたいから見させて。さぁいらっしゃいいらっしゃい」
立派なヒゲを蓄えた肩幅の広い頼りがいのありそうな中年男性が現れた。
「へいらっしゃい。お召し物がご立派ですね。あなたの意志の方もさぞ」
「それを確かめに来た。して、どのように証明するのだ?」
私は虫眼鏡をうんと男性に近づけた。ここで魔法を使いますスゴイ魔法。証明できるといいなぁ。私は終えると、男性の肩に付いていたホコリを払った。
「さ、証明完了です。強い意志とは完璧なモノなのです。つまりホコリにすら気が回らないあなたは失格です。1,500エンズになります」
「む、そうか。大切な事を教えて貰ったよありがとう」
彼は景気よく2,000エンズを差し出すと、足早に去って行った。その背中に付いたもうひとつのホコリについて言及を試みたが、全ては後の祭り。
食事風景の時間です。賑やかな屋台通りをスキップしながら歩いていると、いかにも美味しそうなピリ辛肉炒めを発見しました。メイラード反応ですね。
「おいしいヤツひとつくーださい!」
「あ、ミテテじゃん。どしたの? 眼鏡は」
注文していると後ろから同年代の女性に話しかけられた。彼女は……そう、キイテちゃん。覚えてるよ大切な友達よさぁ共に食事をしよう。おいしいよまだ食べてないけど。
「オススメはこの甘ウマ野菜炒め」
「へー、じゃあソレ下さい!」
馬鹿だなぁキイテちゃんは。本当のオススメは『お肉たっぷり! 西海風煮込み』なのに。それにしてもおいしそうに食べるな。私もあっちにすれば……
「キイテちゃん、一口下さいな」
「? 私ルーゼルだけど? もしかして人違いでした?」
あれ? 一致してたのに色々キイテのヤツに。おかしいなお腹が熱——
——誰かが私を責めてる。しかも大勢居る。遠くから聞こえるその怒鳴り声を現実感なく眺めていると、光が極大となって迫って来た。新幹線くらいの速さで通り過ぎると、ふっと力が抜けた——
【パン屋さん】編
わたしパン嫌いなんだよね、小さい頃を思い出すから。……あれ? あるの記憶? じゃあパズルのピースがひとつ見つかったね。抜け落ちませんようにとお祈りしているとしかめっ面になっていたら客が来た。
「こんにちは。商品にはお手を触れないようにお願いしますね。魔法であなたが選択したパンを浮かせてレジまでお待ちしましょう」
男は、へぇ! それはスゴイなと言った。鼻高々で天井を見上げていると客の要望を聞き逃した。もう一度聞くと普通に教えてくれた。
全部のパンに括り付けた透明の紐のひとつを引くと、見当違いのパンだったので、これでいいですかと提案した。男は了承した。
「楽しい催しを見せて貰ったよ」そう言うと倍の金額すなわち300エンズをくれた。かわいいって得だなぁ得しかない今の所。
するといきなり変な黒い鳥が店内に侵入してきてパンを食べようとしたら紐に絡まった。哀れな姿を見て自分と重ねた。頑張って解くと鳥さんはガァーと鳴き、人気ナンバーワンのパンを咥えて去った。
そういえば、今日の売り上げはいくらだったかとレジスターを漁っ——
——あの鳥はわたし。黒いし紐に絡まる所なんかケッサク。世界でたった一人なら客観視できないよ自分は。他人からの評価が重要なの。
それを沢山集めたらわかるかな? 本当の自分ジブンを好きになれるかな? 恋をして、学校に行ったり放課後遊んだり好きな人に抱きしめられたりされていいのかな? 出せ出していい加減悪夢はもういらないいっこもいらない——
❇︎ ある男の日記 ❇︎
今日は彼女そっくりな人が変な店をやっていた。かわいい。晩御飯はスパイスライスだった。
【金ピカ虫捜索屋さん】編
虫ってカワイイよね。だから金ピカのをしこたま捕まえたの。作戦を説明するね。まず虫探しの依頼を受けます。私は探しに行くフリをします。店の裏に置いてある虫ケースから虫を出します。いいタイミングで渡します客は大喜び! あ、子どもが来た。
「金ピカ虫10匹ください」
「あいよっ! いい店選んだねぇボクちゃん!」
しめしめ、何故こんな回りくどいやり方をしているかというと、捜索料として金額を上乗せしてるのだ。軽蔑しないでねボクちゃん。2時間後に渡すと約束し、裏の虫ケースを見に行った。
——?
金ピカ虫さんが居ない……? よく見ると虫さんの大きさに対してケースの棒の隙間が大きすぎて悠々自適していた。壁に1匹だけとまってた。時間だ。
「やぁボク君、今は時期が悪い。てな次第で金ピカ虫野郎はコイツしか見つかりませんでした。だから虫のお金はいいから捜索料だけ下さい」
子どもはそんなのおかしいと言い出した。お前がおかしい私の苦労を返せ金ピカ虫さんも返せ。ヤツは出て行った。いーだ。もう来なくて——
——ああまた失敗だ。この膨大な試行の結果、私はある希望を抱いていた。多分だけど、この世界で仕事を上手くやれば取り戻せる自分を。返して貰える。長いコト真面目な仕事が出来ない私は、ついには意味不明な仕事にまで手を出し始めた。あ、今言ったコトは全部憶測だからまた次の仕事——
【革命、起こします屋さん】編
「異世界でくすぶってる者どもよ! 革命の時だ! 体制側に勝利し、見事勝利の美酒をかっ喰らおうではないか!」
今日は公園で活動していた。それにしても釈然としない顔をしてるなコイツら。あそうか、生まれ育った場所を異世界とか言われてもアレか。女性が手を挙げた。
「具体的な活動内容をお願いします」
「あ、すみません。倫理的な質問にはお答えできません。そもそも私が知りたい、革命とはなんぞやと。あなたは知っていますか? 私は知らない。これを不知の自覚と——
——巨大な暗黒の穴に吸い込まれる感覚がただあった。触り心地の悪い砂丘の中に足を取られるような。視界が塞がっていくのを見ながら決意した——
【ダッシュ!】編
抜け落ちる前に! わたしは急いでいた! 偉い人に聞こう。特に哲学者なら解決してくれる。いくら役に立たない学問とはいえ、それなりに腑に落ちる解答を得られるハズだ。
「すみません、哲学を修めた人を探しているのですが」
「ああ、疑いようのない事柄を探しているんだね。それは疑ってる君自信さ」
「あっそ! 意味わかんないんだけど!」
誰だよアイツ。やっぱり哲学者に聞かないと。四六時中思考しくさってる人じゃないと! 語りえぬ事に沈黙するような人居ないかな〜? 私は足を止めた。
……私は『ほつれ』。両親が居る。だから生まれた。いつからこんな事態に陥ったのかは定かでない。この暗闇から出る意志を捨てた時、私の生命は終わりを迎える(気がする)。
——突如巨大な振り子鉄球がその質量を持ってして頬をかすめた。これは無意識の恐怖が具現化されたモノ? 鉄球が戻ってくる。私の選択は……
——受け止める! しっかりとしがみついて離さない。ソレは勢いを保ったまま180度回転した。世界が遥か下に位置していた。暗闇が暗闇を囲っていた。まるで階層まるで焼きたてパイ、そのお味——
【初心博覧会屋さん】編
「あなたの初心を見せて下さい参考にします。あとお金も取ります」商売は勢いが大事なのだ。
でも、最近元気がない。ごはんも美味しくない。キラキラ風がくすぐったくて、落ち着かない。無い、無い、無いの! どうして返してくれないの!? 私を苦しめて楽しいの!? 楽しいならいいよ? 楽しいっていい事。ホントは仕事なんてヤなの……アイツら全然お金くれないしケチだし恋慕の対象になり得ないし私カワイイし……。そうかっ! 自分がカワイイ事、それが原点! それが初心! 次は鏡屋さんにしよう。
「初心下さい踊りやりまーす」
今日は閑古鳥がつつがないのでお金がありません。
——キミの想像以上に世の中では新事業が発足しその殆どが駐車場になるの。形があるから駐車場になるのだから最初から物理的に空間を占めていなければ駐車場にはならな——
【恥を忍んでお金下さい屋さん】編
人間いよいよとなると、いよいよだ。例外なく私もそうで、非難轟々覚悟で空瓶を3つ並べた。
『お』『か』『ね』とそれぞれに書いた。お、人が来た。
「お金を入れて下さい。君は当然のように生き、ごはんを食べる。そのお金は誰が稼いだのかな? 自分で稼いだにしたってそのお金は誰が作ったのかな? つまり君は1人では生きられない。私もそう。小さな親切を大きな親切で返す。それが人間のあるべき姿であり、理性の特権でもある。では行使をどうぞ」人が口をきいてきた。
「お金と住む所が無いの? 何かかわいそう」
「言葉で心が満たされても、腹が膨れたという前例があるだろうか? そういうトコだぞ。あ、思うに私のこういう傲慢な態度が失敗に繋がってるんじゃなかろうか。意見をどうぞ」
——ソイツは勢いよく空瓶を蹴り飛ばし粉々にした! いらぬコンプレックスを刺激したのだろうか。通常、この程度の罵倒でまともな判断力を有した人間のとる行動は——
❇︎ 顔が一杯並んでる暗闇に。みんな私の顔。じっと見てくるの。言いたい事があるならハッキリ言えばいいのに。気持ちとは裏腹に手が震える……時々ここに来るの。金縛りがあるでしょ? アレと似たような頻度だよ。生温い息遣いがだんだんと迫って来る。1週間洗ってない髪の毛を拾ったゴム手袋でクシャクシャにした時の気分になった。あ、そうだ。この暗闇はどこまで続いてるんだろう。走って確かめよ。あばよ! 私の顔たち! 足が無い事を恨め——
【記憶を掘り起こす魔法使い居ませんか屋さん】編
店は完成したが、抜け落ちた自分が森で迷わないようにパンくずを落とした時のような感じで後方に位置している感覚があるので、例え魔法でも回収は不可能に思えてきた。
「実力ありき魔導師よ! か弱い少女を救いたまえ!」もうすっかり夜、夜は特別な時間。酒屋に行くと子どもには早いとかの理由でミルクを出されたのでこの世界においての酪農の実態について興味を抱いた。牛さんはここでも牛さんのような見た目なのかな? 深夜の牧場に着くともぬけのカラで生き物の気配は無かった。魔力で動く水車が売りらしいので、小一時間眺めていたつもりが朝となった。水面に写っていた恒星やら惑星のオボロな影は霧消した。
朝は好き。その清涼たる空気は誰の物でもなく、つまり私の物。優越感も一緒に肺に送り込む。新鮮な気持ちは失われた自分に恍惚の風を吹かせる。そうしてしっかりと地に足ついているその実感。愚昧には理解が及ばないかな。鼓動が速くなる。ねぇ、さよならだよ星さんたち。今日の夜もおんなじ輝きを皆んなに見てもらえる。心底羨ましいんだ。
ある男とすれ違いざま、お互いに一瞬目が合った。どこかで会った? 私を知ってるの? その去りゆく背中を見つめているとだんだんと腹が立ってきたのでヤツのカカト付近目掛けてスライディングキックをかました。すると転げた拍子にヤツの肘が私のこめかみ付近にヒットしたので痛——
【雑貨屋さん】編
インテリアの多さは心の広さと同じです。部屋は狭くなるけど。最近の私の口調私っぽいよね? 大変なんだよ自分を定位置に定める努力って。些末な事柄に労力を割き続けるこの煩わしさ分かってね♫
「わぁ、このお店かわいい〜」お客様が来たありがたきお客様よしかも2人買いなさい私が拾い集めたまさしく『雑』な物体を。
「拾った物でも少し手を加えると見栄えが増します。バエルと言うんですよ異国の言葉で。流行らせてもいいですよ。バエルバエルと宣う様を見て私は微笑みを投げかけます」
2人は半分以上(おそらく8割?)私を無視して商品を眺めるのに没頭していた。それは面倒な店員に不必要に絡まれなくする為の常套手段のように感じた。軽い怒りを覚えた私はレジスターを少し開け勢いよく閉め威嚇したが、状況にさほど変化は見られなかった。
彼女らは動物を模したガラクタ細工を持ってきた。よしよし、今回の商売は順調だ、嬉しい事は美しきかな。私は先程の威嚇行為をもう一度繰り出した。負けたままではいられない。
「何かさっきから感じ悪くないですか」商売のショの字も知らない女が話しかけてきた。もう1人の女も、もういいよ出よなどと冷たく言っのでそれ以来『冷やかしお断り』の看板を取り付けた。客足は途絶えた——
❇︎ ある男の日記 ❇︎
最近色々な場所であの人を見る。活発な人だ。俺は駄目だ。どうしてこんなに駄目なんだ……そうだ今度告白しようそれがいい!
【ある男】編
この世界にも季節はある。歴史もある。未知に憧れる好奇心や文明の発展もある。果たしてどの地点なのか、それは誰にも分からない。
秋のような心地のよい風が吹いて、ぼちぼち冬への備えが始まる。路上で酒を飲む人や井戸端会議を物する夫人などを横目にただ歩いていた。
ふと記憶を想起させる人物が視界に入った。オレンジ色の髪の男、いつか見たようなそうでないような。無性に気になったのでジッと睨んでいるとお互いの視線が交差した。
……それにしても長いな。40秒くらい見つめ合ってるんじゃなかろうか。男は時々片手をゆるく挙げたり小刻みに視線を落としたり挙動不審な動きをしていた。
「いやあまりに不審すぎる。私の肩にホコリでもあるならハッキリ言えば?」
「だ……すっ——」うわ気持ち悪い。なんだコイツ。
「そのキザな見た目は飾りか? 勇気の出る魔法をかけてやろう」男に近づき、そっと手を握った。人に直接触れるのはいつぶりだろうと考えた。妙に素直な気分になったので続けて発言した。
「あっかいな、人肌というものは。それはそれとして気持ち悪いよキミ」
「……ず、ずっと気になってました! オレおと——」
「おれおと付き合って下さいか? 宜しくおれお君」
「素晴らしくありごとうございます!!」
「待て、気持ち悪いという発言に対しての反応をまだ貰っていない」
「何でも構いません!!」
「勢いだけか? お前は。まあそこに関しては同意見だ勢いは大事だ」
男は『ムスヒ』と名乗った。『ほつれ』とムスヒ、運命的な出会いだな。結ぶ感じが(?)。人と付き合う。正常な女子中学生として生きてきたなら喜ばしいくすぐったい出来事。少し親交を深めるか。
「虫さんは好きかな?」
「はい! かわいいですよね!」
「そうやってすぐ同調する所がダメなんだ自分の意志は無いのか? これ以降安易に同調を繰り返すなら今回の話はナシにする」
オレ男はぶっきら棒な私の対応にも温順かつ笑顔で対応してくれた。失くなった大切な部分の片鱗を彼に見出した気になった。嫌悪感も薄れ、ヤツの態度次第では今後も会う事を検討した。
「今回長く居る」
「……? 今回って何ですか?」
「私はいつか途切れる、だがお前は『ずっと』気になっていると言った。同じわた——
————今回はそれまでのソレと違い、穏やかな心地だった。率直に言うと最近の私は不愉快な人間だったろう。自省すると宣言する。次の私はきっといい奴。間違いはもうイヤ。心のカサブタがベリベリと音を立て剥がれゆく感覚を味わいながら目が覚めた——
【服売り屋さん】編
ヤッホー♪ 恋は乙女を強くするね! 私ったら最高にハッピーな気分! 好きって気持ちはまだよく分からないけど、きっとこれから!
「さぁいらっしゃいいらっしゃい! トレンドの服から前時代的レトロファッションまで、何でも揃って多大なる在庫を抱えたお店『ほつれっち』とはこの店の事! 只今セール中毎日セール! 端材でパッチワークをするコーナーもあるし服の売却もできちゃう!」
元気と笑顔とへつらい! これがあればどんな商売も乗り切れる! そして一番の売りは魔法鏡。試着した服の映像を360度から客観視できるのだ! もう気合いがスゴイ絶対負けない私成功確実隙無し!
「いらっしゃい! 『うさぎパッチワーク』へ! あ、キザそうな男が来店した!」
「どうも……そういえば名前を聞いてなかったので来ました!」
「ん? ああ、星見うさぎだよ! かわいい名前でしょ? 気に入ってるんだ!」
突如私はべらぼうに案じる事柄が心の隅に発生しパンくずの欠片を探す事にした。すなわち店をほっぽり出して探索に向かった。……ここの簡易ベンチでさっきの奴と会話をした……? あの釣り合わないキザ男と? そもそも抜け落ちがあったとして男にはどのように私が映っていたのか。これは由々しき疑問だ。
「うさぎさん!」奴が走って追いかけて来た。それと同時に嫌な予感がした。こういう時っ——
——するりするりと逃げてゆく核心のうさぎは想像以上にすばしっこく、何時間続けようが捕まえられないと悟った。草むらに消えてゆくその動物を呆然と見尽くすと、自然と涙が溢れた。どうして自分の事を知りたいだけなのに、こんな目に。誰が私をイジメているの? 黒雲が月を覆う頃、反転した光が世界を一周して私の背中を貫いた——
【おはぎ道楽屋さん】編
学校でおはぎを作ったような気がしたので異世界で再現できないかと試みている。市場を歩いていると金ピカ虫さんの髪飾りがあったので即購入した。
そういえば最近、抜け落ち後の自分を仔細に観察する事にしている。服装や空腹感や風呂に入ったかは、直前の状態が保存されている(気がする)。奇妙な感覚と共に目覚めると、すぐに新しい商売に取り掛かる意志がある。友達のカイダちゃん(?)が昔教えてくれた『神のみえざる手』を思い出した。
私が個人の利益に走れば世界は結果的に良くなる。つまり、美味しいおはぎを売ったり食べたりすれば世界は救われる、そう考えてもいいだろう。
しかし、もち米に相当する食材が無かったので、暗雲が心象風景と現実とへ同時に現れた。濡れた土の香りが風に運ばれて嗅覚に訴える。異世界といえど雨は降るのだ。大粒の雨が地面を荒立てており、へんてこ人間といえど濡れたくない私は店の軒下に走った。
どれだけ擦れて傷ついても、生理的な嫌悪感からは逃れたいモノだ。足早な人々の雑踏をぼんやり眺めていると、隣に人が現れた。大丈夫でしたかと濡れ具合を心配してきた。
「コレ、落ちてましたよ」手渡されたソレを見て、自分の髪に手をやると、確かにそうだった。おかえり金ピカ虫野郎。
「ありがとう、親切な人」
「雨、ひどいですね」見りゃ分かると反論しそうになったが、自省の精神を思い出し引っ込めた。そうだね、ヤダねと適当な返事をした。……そして長い沈黙が訪れる。普通に生きていたら、こんな時軽快なトークのひとつふたつを繰り出せるのか? 私がどうしていいか困惑してるように、この人もそうなのだろう。
じゃあ、俺はコレで。とその人が去りそうになったが、意に反して袖を摘み引き留めた。どうしてか……どうしてだろう。鼓動が高まる。血が全身を巡っている事実を咄嗟に意識した。目眩と叫び出したくなる感覚に対しじっと堪えた。抑圧があらぬ好奇心を呼び起こした。
「ねえ……私今、どんな顔してる……?」今気がついたが、男はずっと顔を背けていたので、その表情は伺いしれない。無言を貫いていたので言葉を続けた。
「君は、どうしたいの?」その発言は男に対してではなく、自分に問うているように感じた。あたかも普段から重要な事柄に対して目を背けている自分に。
「……ただ、今はこの時間を大切にしたいです」随分と気の長そうな意見を男は発した。時間が明滅するが如く過ぎてゆく私にはそう思えた。せっかちさんになっていたんだな、私は。男は居直った態度を見せると、真剣な眼差しを私に——
❇︎ あまりに酷い耳鳴りにうずくまっていると、暗澹たるすぎる空間に居た。打ち捨てられた私たちがソコに転がっている。きっと抜け落ちた自分を抽象化した物体なのだろう。よくよく見ると彼女らは、ほんの少しだけ穏やかな表情を浮かべていた。そして確信した。
『恋』だ。それを実行すればこの悪夢から抜け出せる。遥か高い位置に光の筋が見える。あそこを目指そう。何万回失敗したって、ゼッタイ——
【天体観測屋さん】編
静かな夜空に星が瞬いている。冬の透徹とした空を見上げるとイヤな事も忘れられそう。山頂に魔法望遠鏡を設置したが客は来ない。ディナー付きなのに。
だがその事にある種の安堵を抱いていた。このまま一人ってのも悪くない。太古の時代から人は宇宙に憧れを持っていて、世界を隔ててもそれは変わらない。文明は進歩すれど、人間の根源的な欲求に変化はない。煩雑な日常を飲み込む天上に吸い込まれそうになっていると客が来てしまった。
「こんばんは、物好きなお人よ」以前ルーゼルと名乗った女性だった。妙に印象にあったから抜け落ちていなかったのか。
「……やっぱりミテテに似てる」
「ルーゼルさんは私を知ってるのかい?」
彼女はどう見てもそっくりで、ミテテそのものだと主張した。しかし中身は全くの別人だと。
「そのミテテってのはどんな人なの?」
「普通の友達よ。小さい頃からの」
「へー」
まあ、そっくりな人ぐらい居るさ。それより金だ。談笑を繰り広げる為に来たのかコイツは。
「ディナープラン5,000エンズになります」彼女はすんなりと支払い、望遠鏡を覗き、はぁとため息を漏らし散らかした。暫くしたのでディナーとなった。
「あのさぁ、寒すぎるんだけど」私はそこまで発想が至らなかった事に謝罪した。流れ星がキラキラしたので盛り上がり、共に星について語った。
「恋バナをしよう」星の知識の貯蔵が尽きたので話題を移す。ルーゼルもそれは宇宙より謎が深いなどと戯言をぬかしていたので、私も同意した。
「大変そうだね、その病気」
——? 私の抜け落ちに理解があるのだろうか。あるいは、性格が終わってる事に対してなのか。しかし性格は後天的な部分であり、ソコをつつくのはそれこそアレなので前者だと断定した。
「自分の意思で止められないからね」
「いきなりアレはキツイね」
「そうだね、いつも————
——頭の中に音が響き回っている。鮮烈な無意識的異彩映像が駆け巡る。それは今まででもあり、これからでもある感覚で黙示のような。私となら大丈夫私となら大丈夫私とならきっと上手く——私となら大丈夫きっと私とならきっと————
【見つめ合い屋さん】編
今日は自分が恐ろしかった。その天才具合に。作戦を説明するね。まずカワイイ私と見つめ合います。当然その行為自体に価値があるので、客がわんさか来ます終わり。お、来たぞアホ1号が。
「どのコースにしますか? オススメは10秒コースです。回転率と利益率がいい具合です」アホはアドバイスを無視して1分コースにした。それに対応した砂時計を取り出し実行に移した。作業中は暇なので話しかけてみる。
「どうですか? 何かアホらしくないですか? 実は私もそうで、人間最初に出たアイデアを過大評価するのは本当だなと」
「私も同感だ。こんな所を妻と娘に見られたらと思うとたまらん」立派なヒゲを蓄えた中年男性がそう答えた。背徳感がいいのか? いい味付けだと思う。
「はい終了です。ご所望であれば追加も可能ですが」
彼の後ろには既に妻らしき人間が居たが、他人の可能性がある以上黙っておいた。
「うむ、では10分コースを所望する」まあいいか、このアホから食費くらいは頂くとしよう。2分程実行していると女が勢いよくアホに激烈なドロップキックを浴びせた。その威力に私も——
——整列した意味不明な文字列が絶えず形を変えている。流れゆく光の筋が私と接触した。ダメだよそんなのいらない。元々のほころびなら仕方ないけど新しいのはいらない。また今日が始まるという滲んだ実感が徐々に身体を支配する。眩しい……けど暗闇もイヤだ。永遠の切り取られた時間の一部に落ちた——
【新種の金ピカ虫屋さん】編
ニキビができた。いよいよ私も思春期真っ盛りか。ところで山を散策していると見たことない金ピカ虫が居たので30匹捕獲したので売ります。
「さぁいらっしゃいいらっしゃい! な、何だこの虫さんは!? 私は見たことない! 多分誰も!」
子どもが集団でやって来た。興味を持つのはよろしいがコイツら金払いが悪い。
「あ、こないだ捕まえたヤツだ」「ター君ちに居るヤツ」「お姉ちゃんコレ珍しくないよ」
「あっそ、それだけ捕まえるのに10時間は掛かったんだけど? 例え平凡な虫さんでも努力とかで価値が生まれる、そういう事を伝えたかったんだけど?」
ガキ共は行こうぜ、とか言って去って行ったが、沸々と怒りがこみ上げたので私は全力で追いかけた。
「じゃあお姉ちゃんに証拠を見せてくんない? わぁ見たいなぁ夥しい金ピカ新虫! ま、無理だろうけどな烏合の衆そのもののガキ共には!」
奴らには無視されると思ったが、秘密のスポットに案内してくれるらしい。私は靴を履き替え上着を羽織ってついてゆく事にした。冬の虫獲り、悪くない。
店の虫さんも自然に返す為、籠に入れて連れていった。「こっちこっち!」広めの川に足場に丁度よい岩が並んでいる。イヤな予感しかしないが飛び移る事にした。チビ共はさっさと渡り、怖いのお姉ちゃんなどと煽りを入れてきた。
「全然だけど? お姉ちゃん少年並みに体を動かしてるからね。なめるなよ」
とは言ったものの、失敗が許されない状況を自分から作り出してしまった墓穴。彼らが固唾を飲み見守る中飛んだ————
————————目覚めの位置が違う。川だから海に出たの?
寒い。夜の浜辺に打ち上げられていた。つまり異世界も相当長い歴史があり、石が砕かれ砂となった。ルポルタージュの仕事も悪くない、などと考えてる場合ではなさそう。
夜に一人で行動するのは好きだが、流石にこの状況は心細い。曇天と静かな波の音だけがそこにあった。少し歩くと川口を発見した。ここから流れて来たのだろうか。
ふと違和感があった。……おかしい、こんな事は今まで一度もなかったのだが。
——記憶がある。今日何屋さんをしてどうしてここに居るのかを思い出せる。まだ可能性の範囲でしかないが、抜け落ちが治った……? そうであっても生まれてから昨日までの記憶にはモヤがあるのだが。対策を考えねば。
川を辿るように戻っていると更に違和感があった。仕事をする意欲が殆ど無い。今まではサッと行動に移す気力があったのだが、まあ死ぬような目に遭っているからこんなモノか。
ただひたすら歩いた。こんな場所で倒れては今度こそ間違いなく死ぬ。それに戻らなきゃいけない強い意志が私を動かした。月明かりが見覚えのある街を映し出す頃、眠るように倒れた——
【雪人間屋さん】編
異世界で雪ダルマを見た事がないので売りつける事にした。また子どもがターゲットだ。ちなみに日も登らぬ内から作業したので疲労がやばい。
「さぁいらっしゃい、うわーかわいー何だコリゃあ。私が欲しいレベルのモノを売ってるこの厳然たる事実を——」適当な文句を並べていたら客だ。
「幽霊……じゃないよね?」ガキが意味不明な質問をしてきた。立派な二本足を自慢するとガキは続けた。
「友達にもゆっとくね! お姉ちゃん無事だったって!」まあ大体の推測は可能だ。抜け落ちが大変な事態を招いたのだろう。ガキはそのまま走り去った。これだからチビは。
あまりに暇なのでつまらない空想へ脳がシフトした。かつて人類は輝かしい未来へ向かって一直線に生きていると信じていた。しかしある地点でそれが間違いだと気づく、永劫なる発展など無いと。広い視点で眺めれば全てが巡って戻ってくる。クルクルサイクルなのだ星のように。普通の人間なら一日一日を積み重ねればやがて死へと誘われる事実を自覚しているだろう。私にはそれが無く、断続的な人生がずっと続いているような感覚がある。恐らく記憶が曖昧なコトが原因だろう。ふと昔の事を思い出したりするコトもナイ。タダ、逆らえぬイシにツキ動かサレ——
【かわいい私のダンス屋さん】編
普段からつまらない事ばかり考えている私だが、カワイイという感情は複雑で答えの出ない論争。つまり利用して金を稼ぎます。まあイデア論にでも当てはめれば答えらしきモノも出るか。さておき実践。
「みんなー! 今日はリリアの路上ダンスパーティに来てくれてありがとー! 第一回を記念して後でオモチ(異世界に存在する食材で限りなく餅に近づけた食べ物)を配布しまーす!」
掴みはバッチリだ。皆、オモチという謎の食べ物に興味をそそられ、ついでに私に対しエキゾチックな異国の魅力を見いだすと予測する。しかし、ダンス経験が皆無な事を思い出し青ざめた。
私は抜け落ちて下さいお願いしますと自分に命令しながらヘンテコ踊りをした。少し大きくなったニキビの存在も思い出し、なお赤面した。皆が立ち去り、同年代くらいの男だけが残った。
「相変わらずですね」キザな見た目の割に敬語を放ったソイツには見覚えが無かった。取り敢えずオモチを一緒に食べないかと提案した足が早いので。
「悪いな、覚えがないんだ君に」それに対し男は微苦笑した。シケた態度に怒りを覚えたので頭をはたいた。私を見ろ、どんな目に遭っても毅然としたこの私を。ガラにもなく親指を立て、しっかりと歯を見せて笑ってあげた。
「若いんだからしっかりしろ。そのキザは飾りか? よし、歌を歌ってやろう」『ふるさと』の童謡を聴かせてやった。……気がつくと涙が頬を伝っていた。
「何か出た……」
「オレも、なんだか……」男も泣いていた。
——明確なノイズが一瞬視界を覆った。複雑な球状有刺鉄線の中心に何かが位置している。それを只、天文学的人数の人が見つめている。真影を想起させるそのイメージはネガの色に変わりやがて消えた——
【ア・プリオリ】
自分が猫や犬だと思い違いをする人間は居ない。そんなヤツはアホかガキだけだ。私は『ほつれ』。不幸にも異世界に来たごく普通の女子中学生。そして仕事をする。生きていく為、頼るべき人が居ない為。
ニキビは消えた。実に喜ばしい事だ。髪も伸び、ちょっとは大人の雰囲気を纏ってきたかな? 体だって成長してる。記憶力に問題があるだけの普通の人間。沢山居るでしょ? 病気の人なんて。
前にも思ったと思うケド、ずっと人生が続いてる感覚があるの。皆んなそうなのかな? 時間の感じ方ってそれぞれじゃない? 曖昧なコトに明確な定義を当てはめるってナンセンス?
私の『ホーム』は変なトコ。ボーっとしてたら魔法で外の世界へ行くの。昔テレビで見たヨーロッパのような街並み。綺麗で、整ってて、自然もいっぱい。だから好き。深刻な問題を抱えていたって生きていける。楽しい、嬉しい、あたたかい————
【超探偵うさぎ】編
うわぁ……怖ぁ……。何か私ソックリのヤツが普通に歩いてた。私はその日の『キノコ確認屋さん』を閉めて後をつけた。ヤツは物珍しそうにキョロキョロしながら街を歩いていた。自分に瓜二つの人間が同じ異世界にたまたま来た? 可能性は広がる。ていうか興味シンシンだ。尾行中変な男が話し掛けてきたが鼻に肘打ちを浴びせて撃退した。邪魔だ。
「ね、ねぇ。そこの人……」吐きそうなくらい緊張したが思い切って話しかけた。
「ん? 私!? 私が私に喋ってきた!?」随分と驚いている。そりゃそうか。何か二人でひぇえ! コワーいなどと盛り上がった。
「君はずっとこの街に居たの?」「いや、夜中にコソコソしてたらここに来ちゃった」「どっから来たの?」「うーん。こんな感じの所だけど全然違う所」「へー、泳いで来たんだ?」「? 違うケド?」「どゆこと?」「気づいたらって感じ」
間抜けな問答が続いた。コイツは同じ抜け落ち病の持ち主で、たまたま見た目がソックリな存在程度にしか思えなかった。おっと、肝心な事を聞き忘れていた。
「そういや、名前は?」
「ああ、私は『ほつれ』」
「ふーん、私は星見うさぎ」
良かった。名前まで一緒ならいよいよゾッとする所だった。すると変な女が会話に加わった。
「……ミテテ?」「「?」」私たちは顔を見合わせた。『みてて』とは?
固まっていると女は申し訳なさそうに立ち去った。私たちも解散し、仕事に戻る事にした。それにしても『ほつれ』って。変な名前すぎるだろ。
ガキ相手に出来もしないキノコ確認をやっていると意識が飛んだ——
❇︎ ルーゼルの日記 ❇︎
おかしいおかしいおかしい。なんでミテテそっくりの人が二人もいるの? ミテテあなたは何者? 沢山のウチの一人なの? 聞かなきゃ絶対聞く。
❇︎ ムスヒの日記 ❇︎
今日もかわいかったうさぎさん。でもいきなり暴力は駄目だと思った。
❇︎ ある女の日記 ❇︎
ルケイオンの帰り道に自分そっくりの人が居ました。噂には聞いていたけどあそこまで似ているとは。そっくりさんは次第に二人になったのでもっと驚きました。こんな事あるかな普通? 謎のままではいられない。今度声を掛けてみよう。
【文筆家屋さん】編
形式にこだわるか、素材にこだわるか。両方が望ましいが素材を優先する事にした。すなわちヘンテコな人生を題材にして執筆し、売りつけるのだ。大衆は常に娯楽に飢えており、虚しい人生から逃れる術を暗中模索している。そこに崇高な精神を持ち合わせた私の登場だ。その精緻なる頭脳から清涼たる風を吹かせ、示唆に富んだ作品を生み出した。これは売れる。
「これこそ正に人生の結晶! 後世に語り継がれる事必至! 怒涛の新書『仕事は勢いが9割〜普通の女子の私が成功したたったひとつの理由〜』! 発売中でございます!」
学問についての本は溢れかえっているが、このようなハウ・ツゥ本は異世界で珍しいらしく、飛ぶように売れた。中間搾取構造も介さないので利益の殆どが懐に入る。何よりカワイイ私が書いた事実が話題となり、即日完売した。
「すみません、最後の一冊がさっき売れちゃって」知的そうな女の子が売り場に来た。バカなヤツ、読書ばっかりしてると自分で考える力が衰えるというのに。ヤツは厚い眼鏡と帽子を外した。コイツは……。
「初めまして。第二ルケイオンで神学を専攻するミテテと申します」よく分からん肩書きを取り出した。それより私にソックリだ。ヤツは見当違いの場所に握手を差し出すと、よろめいてコケた。
「ダッサ! 神様も泣いてるぞ!」取り敢えず煽りつつ手を差し伸べた。彼女の照れ笑いは私よりカワイく、思わずこちらも笑みをこぼす。
カフェで色んな話しをした。やれ自立した私がスゴイとか、この間見かけてぎょっとしたとか、彼氏と上手くいってないとか、私みたいな女性になりたいとか、自分は親の言いなりで好きでもない神学を学んでいるとか、飼っている爬虫類が先日脱皮したとか。打ち解けたついでに本の生原稿を見せてやった。
「そこに書いてるのが私の全て。どう? スゴイ学校に行ってるミテテからしても楽しめる?」彼女は感嘆の息を漏らし、それに比べて自分が如何にダメか卑下し始めた。
「夢が無いんです、私」
「私もないケド。まあ色々やってるウチに何か見つかるんじゃない?」香り高いお茶がうまい。値段も高いが。ミテテは焼き菓子の三つ目を食べている。私も食べたい……
「ねぇルーゼル、一口頂戴な」
「ミテテです。ルーゼルは私の友達」……ミテテは私の抜け落ちに理解を示してくれた。怪訝な顔もせず、普通に接してくれた。
「ミテテ、うん、ミテテね。私最近どうすればいいかわかんないの」彼女はしっかりと私の手を握って微笑んだ。その眼には優しさと決意とが満ちており思わず心臓が高鳴った。
「待った。それよりまだ一口貰ってない」あははと笑い一個くれた。サクサクして甘くてお茶が進む。
「ほつれちゃんの苦しさは良く分かりました。友達として力になりたいです」
「ほえ〜ありがと。ちなみに私はジェミニだから」彼女の松葉杖を取ってやり、一緒に店を出た——
❇︎ ムスヒの日記 ❇︎
今日彼女に怒られた。あまりうさぎと関わるなと。そんなの人の勝手だろ? だいたいアイツ勉強に夢中すぎてロクに遊べないし、単純に一緒に居て楽しくない。……もう潮時だろうか。今度二人になったら言ってみよう。
————目を覚ますと病院のベッドと思しき場所に横たわっていた。傍らにはミテテと変な女が居た。春の夕方だと思われる小鳥の鳴き声がする。シーツが擦れる音が静かにすると、二人の視線がこちらに向いた。
「ほつれちゃん……よかった」彼女に続き、女が口を開いた。
「ったくアンタさ、三回目だよコレで」何度も迷惑を掛けていたらしい。覚えてないケド。医師の格好をした男も現れる。
「ご機嫌はどうかな? ……お話があるからお二人は今日は帰りなさい」断定的な口調で言い放ち、彼女らを出口へと追いやった。私は目を見開き思った。
(この男の声……やけに聞き覚えが……)
彼女らが病院を出たのを見届けた医者が近づいてきた——
【事例】
・著しく身体が損傷した時
・深い精神不安に陥った時
・身体機能が停止して48時間後(昏睡状態を含む)
・『気が済んだ』と思われる時
・一定の範囲内に長期間居た時
【好例】
・無し
【警戒人物】
❇︎ ミテテ・ハミナス
年齢 15 性別 女
住所 レーバン市サウパ町第二地区
両親共に神学者の権威
骨折したが発生せず
出自がハッキリしてる為断定できず
❇︎ ミテテの日記 ❇︎
ごめんね。全部私が悪いんだよね。足に怪我したのも別れたのも。あんなに好きだって言ってくれたのにどうしてかな? つまらない女でごめんね。もういいよ知らない顔も見たくない。……忘れよう忘れよう忘れよう。
友達ができました。変わってて、私そっくりで、ぶっきら棒だけど優しくて。カミサマ、どうかずっと友達でいられますように。
❇︎ ある男の日記 ❇︎
彼らの見解はあまりに気の遠い話で、宿望など無意味だ。高給に釣られてこの仕事を始めたがもううんざりしている。人権侵害もいいとこだしな。
いずれ終わるんだ……今はただこの人生を大切に生きよう。希望は無いのだから最後のその日まで。
❇︎ この日記は後日焼却され、男は行方を眩ました。
【めちゃスゴ焼きたてパン屋さん】編
やばい、生地をこねくり回して色々やってたらあまりにウマすぎるパンができた。具体的に言うとオモチのような食感で甘さと塩加減のバランスが絶妙なのだ。アホ面引っさげて歩いているヤツらの片手に収まる食べやすい形式にし、売り出した。
「あ! そこのカッコつけ男さん! おひとつどうだい? 思わず舌を巻いちゃうよ」私は実際に口を開け舌を巻いた。これは面白い。
「あ、ああ。じゃあひとつ下さい」
「元気ないね! でも大丈夫、おいしさの秘訣は笑顔です(?)」すると後方から怪我をした女が近づいて来た。
「やめてって言ったよね?」
「は? もう関係ないだろお前は」何やら険悪だ。
「ホントに気持ち悪い。どんな気持ちでその子に話しかけてるの?」
「お前がやめろ。街中でする話かそれ」
「ほつれちゃん、駄目だからね、この男は——」女は顔に拳を入れられ倒れ込んだ。その瞬間私はクソ男に激烈なタックルをブチかまし、ミゾオチに激烈な蹴りを5発浴びせた。
「何やってんだクソ野郎! 私の……私の? 親友に何やってんだよ!? あぁ!?」追加で蹴りを浴びせまくった。嘔吐したザマァみろ。ボロ切れのようなクソを見下していると殊更に腹が立ったので更に追加した♫
「痛くない? 大丈夫?」ル、キ……ミテテを何とか思い出したのでパンを与えてやり散歩を共にした。
「ううん、嬉しかった。私の為に……本気で怒って……くれて」涙が溢れていたので華麗にハンカチを差し出したついでに拭いてあげた。
「わ、私怖いよほつれちゃん……あの男が報復に来たらどうしよう……ねぇどうしよう!?」
「落ち着いて? 暫くは私と行動しよう。親が居るんならちゃんと許可を————
——質の悪い幾何学砂嵐が視界を遮りバラバラに融解された歯車が不気味な音色を奏でる。モヤの向こう側の一定周期灯台の如し光の束が安眠を妨害する。その最中無意識が必死に異質なる●●●を模索するが複雑怪奇な線状鉄線が邪魔をするジャマ。……切ってしまおうか? こんなに沢山あるなら少しくらい減ったって……でも、やっぱりこれも自分の一部——
❇︎ ムスヒの日記 ❇︎
父さんが帰って来なくなった。誰も理由を教えてくれない。何でだよ普通の医者だろ? 人に恨まれてる訳でもないだろ? 知らない男が纏まった金を持って家に来た。つまりもう……
父さんが酔ってる時一度だけ言っていた、人類に未来は無いと。それが関係しているのか? 今は何も分からない。
それと……うさぎの奴にボコボコにされた。今までで一番痛かった。……もうどうでもいいか、どうでも……。
【???屋さん】編
今日は何も思い浮かばないや。それよりミテテが心配。学校には行くって言ってたケド……ちょっと散歩してみよう。確か第二ルケイオンがどうこう言っていた。私はちょっとオシャレして店を出た。
……それにしてもミテテに関係する記憶だけ妙にハッキリしてる。ソックリさんだから印象に残りやすいのかな? ま、考えたってしょうがないか。すると路地裏からやや大きめのヒソヒソが聞こえてきた。
「確かか!?」
「……確かです! 特徴は一致しています!」
「スグに担ぎ込むぞ、ったく大事なメンバーをクビにしやがって——」
……一瞬だけ担架に乗せられる人が見えた。あれは……私……??? 追いかけよう何かがヘンだ病院に着くと建物内に彼らが消えていった私は受付に訪ねた私ソックリの人が今来なかったかとしかし何も聞き出せなかったウソつきだこの病院はウソつきしかいないおかしいこんなのぜったい——突然私の体の中心に爆発的な力を感じた血が高速で巡り頭もこれ以上ないくらい冴えた私は機械的な音を耳にしたおかしいだろここは異世界中庸な文明しかないハズだ職員の制止を振り切り怪しげな扉を発見し破壊した中にはもう一つ扉があった……コレは……?
「エレ……ベーター?」
しっくりくるというか、見覚えがあるようなボタンが付いている。有り余る力で職員全員のミゾオチに激烈なボディブローを浴びせ、ボタンを押した。赤く輝く警告灯が鬱陶しいが到着を待った。
階層を選択する余地は無く、一気に最下層に連れていかれた。
「——ほつれちゃん……ほつれちゃん……!」
意識に声が流れ込んでくる。間違いない、コレは……
「ミテテ!!」奥には更に頑丈そうな鋼鉄の扉があり、激重だったが普通に開いた。
————暗い室内は機械的な星の光に満ちており、隅には怯えてうずくまった男が居たが無視して手術台の上に乗せられたミテテに近づく。彼女は身体中に管が取り付けられており、静かに眠っていた。
「バカなヤツ……」思わず呟く。ミテテは髪の長さや服装も私ソックリにしていた。足に残るアザだけが明確な相違点。管をブチ抜き彼女を抱えた。
「間違え……たのか? 僕は……何て事を……」
男が独り言を言っていたがやはり無視して外を目指した。もう誰も私に近づいてこなかった。
❇︎ アホの日記 ❇︎
僕は狂った科学者! 今日全てが終わった!
300年続いた延命作業に手違いが発生してしまった! 言うまでもなく完璧主義の僕はもうやる気がゼロだ! あのクソ新人め! うっかり屋さんの僕め!! 僕の愛する装置ちゃん【メソポタミーフラッグシップモデル】も破壊されてしまった。もうどうにでもなれ! 何処へでも行くがいい!!
『質量消滅兵器』よ!! もう来んなよ!!
【事例と展望】
・非人道的扱いの結果、大都市はことごとく消滅した。我々は推測する、これは宇宙から来た『愛』を人類に自覚させる兵器なのではないかと。
彼女らには人並みの生活を与え、人間と同じように暮らしやがて結婚した。
その過程で幾つもの都市が消滅した。結局爆弾の解除方法は分からなかった。幸い……彼女らには自分が兵器であるという自覚は無い。
すまないが我らの子孫よ、科学の力を復興させ、あの兵器共を宇宙に放り捨てて欲しい。これが唯一の解決策だ。幸運を祈る。
【ア・ポステリオリ】
「ミテテ、起きて」
酷い頭痛がありそうだったが、ようやく彼女は目を覚ました。街外れの草原、風が気持ちいい。
「風が気持ちいいよミテテ、ホラしっかり」背中をバンバン叩いてやると嫌がりながら笑った。
「違うんだよなぁ……わかってない……」何か意味が分からん事を言い出した。彼女は続ける。
「久し……ぶり? ほつれちゃん、今何時? ここはどこなの? あ、それよりさ、仕事しなきゃ。ゆっくりしてる場合じゃないよね。急いでねぇ行こ」
「落ち着いて、私はうさぎ。ほつれは……アナタでしょ?」
「あはは、そっか。そうだよね? 怒らないで下さい痛いのはもうイヤです……叩かないで……やめて。あ、そうそう、私の友達? のね、ルーゼルが星が好きで……ルケイオンでも天文学なの……だからね?」
「だから落ち着いて? 今日は暇だから星を見に行こう。どうどう」
半分くらい(おそらく8割?)錯乱したほつれの手を引き山へと向かった。その道中で彼女は何か呟いていたがよく聞こえなかった。
「……そっか……わかっちゃった……フフ……ねぇ? おかしいと……だよね……?」
「はぁ疲れた。ここで待ってて、確かあっちに魔法望遠鏡があったような」
戻って来ると彼女は首を切り絶命していた。私はどっからナイフを持ってきたんだよと疑問を感じたが全ては後の祭り。微かに物音がしたが気のせいだろう。きっと気のせいだろう。
「…………寝るか」
まあ起きてしまった事は仕方ない、あと疲れた。私は鼻歌で『ふるさと』の童謡を歌いながら眠った。星が綺麗だな。ほつれ、いやミテテは死んだケド星が綺麗だ。星団が巡り薄明が網膜を刺激した。
目を覚ますとやっぱりミテテは死んでいた。そうか死んだのか——
【天体観測屋さん】編その2
何もやる気が起きなかったが、慣習に従い店を開いた。残念ながらディナーはナシ。お、客だ。
「ミテテは……あの子知らない……?」焦燥した女が来た。私は地面を指差し高らかに宣言する。
「そこに埋めた!」
「つまんない冗談はいいからさ、今気持ちに余裕ないから教えてくんない?」
「じゃあ確かめてみる? 掘ってあげよう」
「もういいわ、私もここで用事あるから」女はディナーの用意をしだした。気の利くヤツだ。
パラパラと人が集まり始め、賑やかさが増した。
「えー皆さん、今日は星見会『スターゲイザークラブ』にお集まりいただきありがとうございます。進行はわたくし、ルーゼルが——」
うわっダサっ。率直な感想だコレは。ミテテの死が薄らぐ程のダサさだ。しかも私と内容が被ってて最悪な気分だし勝手に出し物をつまんでいると怒られたので草を延々とむしる作業に没頭した。
「あ、お姉ちゃんだ」ガキか。ムシムシ草むしり無視草むしりだけに面白い。
「面白いでしょ?」全然と言われたショック。あと新種の金ピカ虫は以前のモノと同種と言われ二重にショックを受けた。あと何かミテテが土の中から出て来てお喋りを始めた。
「聞いてください、宇宙は生き物のなのです。私たちが病気になった時どうしますか? 患部を治したり取り除いたりしますよね? 彼らは後者を選択しました。すなわち地球は宇宙の内臓の一部のようなモノなのです」私はプロットをセリフにするのは三文文筆家のする事だと進言したが無視された。
「人間はバイ菌と判断され、私たちは滅菌剤として地球に送り込まれました。的確に人口密度の高い所へ移動し殲滅します。その為に高度なAIが搭載されています」なる程ここは異世界ではなく地球だったのか。へぇ。
「あなたたちはよく抵抗しましたが、諦めるのが賢明です。最後の一人になるまで私たちは送り込まれ続けるのだから」無視された事に対してだんだん怒りが湧いてきたので殴る決意をした。
「……ねぇヒカリちゃん」
その眼は妖星の如く不吉な光を帯びこちらに向けられ、人類の最期を予感させる。突如として重力という実態が身体にのしかかるのを強く意識した。不感の極地にある私にさえ冷や汗を流出させる。かつての人類が大災害に怯える時、このような心境だったのだろう。
「今日は本当に、星がキレイだね」夜空を仰ぎ、一転としてうっとりした表情となった彼女を見ていると激烈に怒りが込み上げてくる。
「おい、一人で浸るな。ちゃんと説明しろ」
「ヒカリ……はアナタの本当の名前。今私の中に入ってるの。つまり今の私はミテテでもあるし、ほつれでもあるし、うさぎだしリリアだしジェミニだしヒカリなの。かわいそうなヒカリちゃん。あの日のアナタは純粋な眼で星を観察してただけなのに……」
「……聞かせて」
「代わりに返しに来たのアナタの記憶を。あのアホに感謝しなきゃね。ちゃんと残してくれてたんだから」
————そう、小さい頃の私は毎日星ばっかり見てた。理由は単純、キラキラして綺麗だったから。だって不思議でしょ? じーっと見ててもずっとキラキラしててスゴい、だから好き大好き。
あの日は特に月が綺麗で、お母さんがおはぎを持って来て、そういう日だと教えてくれた。お母さんは月ばっかり見てたケド、私は他の星もみんな綺麗だよと教えてあげた。でもお母さんの食べてたまん丸お月のような饅頭もおいそうだったので一口せがんだ。どっちも甘くておいしい。
温かいお茶が尽きる頃、お父さんが青ざめた顔で私たちの所へ来た。とんでもないニュースをやってるとお母さんを連れて行った。興味のない私は星空の観察を続行し、流れ星が見えたので願い事をした。
【この夜空がずっと続きますように】
————「思い出した?」
「まあそうだけど……これが何?」
「続けるね、私の……ヒカリちゃんの話」
——ああそうか、私には妹が居たんだった。パンが嫌いで虫ばっかり獲ってきててアホで可愛くて……まあ今となっては仕方ない。300年も生きてる妹の前例が無いのだから。
お父さんは哲学教授で売れない物書きで、お母さんはアパレルショップで働いていた。だからさ、こんな情報今更いらない……。
ニュースには私が映っていた。海外の街が黒い球体に吸い込まれて消滅し、命からがら逃げ出した男が映像を公開しており、少女の身体が暗く光ったかと思うとその現象が始まったと説明している。
その日に複数の都市が消滅し、生き延びた人は皆その少女を見たという。慌てふためいたアホ共はその映像の少女に似た女性に対する情報提供を求めていた。
——「もういいわ。何となく予想できるし」
「ヒカリ……いや、ほつれちゃん。私たち、友達だよね?」
「ん? まあそうだね。死んじゃったケド」すると変な女が会話に割って入ってきた。
「死んだって……何なの?……あなたたちは何なのよ!? ねぇ!!」
「「落ち着いて、どうどう」」シンクロした。もう友達というか自分じゃんコイツ。私たち3人は一緒に星を眺めながらさっきの事について話したりした。ミテテ(暫定)が私(今はほつれ)について触れる。
「あ、そういやほつれちゃんは兵器じゃないよ」
「マジか、勘違いしてたわ」
「ほえ〜」ルーゼルとかいう女も投げやりに答える。滅亡を前に逆に和やかな空気が流れており、酒を飲んだミテテの首から酒が溢れ出し爆笑を掻っ攫った。
「ちなみに私はあと10分で爆発するっぽいけどどうする?」
「んー、まあいっちょ滅亡しようかな。自分の過去も分かったし」
「私もー」
「そ。でも最期にお願いがあるの——」
【私の初心見せます屋さん】編
「さぁいらっしゃいいらっしゃい! この街はもうお終いらしい! そこのミテテのバカが言うにはすぐに馬に乗ったらギリギリ逃げ切れるらしいよ! つまり無理なのです!」半信半疑の者が大半だがまあいい。結果は多分同じなのだから。
「でも大丈夫! 今日はたまたまベストなメンバーが集まっている! 我々で革命を起こし、見事勝利の美酒をかっ喰らおうではないか!」何とか場が盛り上がってきた。ルーゼルも演説に加わる。
「スターゲイザーの皆んな! さっき話したけど私の友達がとんでもない兵器だったの! このままじゃ数分後に全員消滅するわ!」ミテテが言葉を繋ぐ。
「愛とはなんでしょう? 家族に向ける温かい眼差しでしょうか、隣人に差し伸べる情け深い手でしょうか。もちろん、どちらも愛です」私にバトンが渡る。
「惜しかったんだこの星の人は! 愛だのなんだの言っても所詮この星の中だけの話だ! 宇宙を愛する強い意志、それが救済の方法だ!」
あと1分、とミテテが宣言する。皆が輪になり、手を繋いで祈った。
【この宇宙がずっと続きますように】
————星の音が聞こえそうな程の静寂に包まれている。宇宙を愛する、数ある教えの中でも最も崇高な考えではないだろうか。片目を開けるとミテテが暗く輝いていた。
「あっ、ダメっぽい」——え?
「うっそでーす」——わぁお。
おちゃめさんだなミテテは。とにかく助かったらしい。かくして好奇心の対象だった宇宙は、愛すべき存在に昇華した。この情報は残った世界に拡散する予定だが、一体どれ程の人が守ってくれるやら。あとミテテは動かなくなった。
後にこの山頂に記念碑が建てられ、あの日あの場所に居た全員の名前を刻んだ。私の名前が上から3番目だったのでルーゼルに抗議したが無視された——
【改めて自分探し屋さん】編
「いってきまーす」ルーゼルの家からルケイオンに向かってます。ちなみに何でこんな事になったかは忘れちゃった。平和な日々を過ごしていると大切な友人を失った実感が重くのしかかる。
「んでね、宇宙は数えきれない程沢山あるって説が——」彼女が何やら力説してるが、私はある事を考えていた。
「あのさルーゼル。放課後寄り道しない?」
「おっいいねぇ! 西海風煮込みでも食べようか!」
まぁそれも悪くない案だけど、意味不明極まる授業を終えるとその場所に向かった。
私はルーゼルと精一杯頼み込み、何とかその場所へ行く事が許可された。
『メソポタミー保管室』かつて私が度々運び込まれていたとされるあの場所に。
「特例だ。異常があればすぐつまみ出すぞ。それと奥の棚には絶対触るなよ。いいな? 絶対だ」いーだ。見るだけだもん。とはいえ2人きりにしてくれた優しいおじさん(ルーゼルとね)。
「うひゃあ、これはスゴいね」彼女も科学の力に圧倒され語彙力を失い解釈を迷っていた。ちなみに私も全然わからん。
……ここで記憶やら何やらを操作されていたのだろう。あの日見たミテテと自分を重ねる。今までの情報をまとめればこの装置に300年ものイノチを与えられ、ヘンテコ仕事をしながらヘンテコ生活をしていたらしい。結果は勘違いだったケド。アホか。
棚に手のマークがあったので思わずかざしてみた。優しい電子音が鳴りロックが解除される。そこには可愛い封筒と地味な封筒があった。
【お父さんへ!】
あたらしいおシゴト見つかってよかったね! 会えなくなる時間がふえるのはさみしいケドがんばってね! わたしもあたらしいトコロでがんばる! ダンスもじょうずになるよ! ★ ♫ ▲ ● ごきたいください! ほしのひかり
【最愛の娘たちへ】
・ヒカリ、ミリア。お父さんとお母さんを許して欲しい。地球の為にどうしても外せない仕事なんだ。
ミリアは別の場所に行ってしまったが、いつか……いつかきっと会える。
・もう僕の事もお母さんの事も忘れてしまったみたいだ。さぁ、今日も行っておいで。
・僕は何をやらされているんだろう。地球なんかどうでもいい。娘を返してくれ。
・楽しいな! この仕事は! しかも今日は僕の135歳の誕生日だ! おめでとう!!
・おいヒカリ! 変な名前だろう!? 僕が考えたんだ!! ミリアはお母さんだよん!!
・楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい
・今日も楽しかった
・僕はアホです。最高の父親です。
・楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい————
————中身の無い下らない内容だった。それを握り潰すと視界に映る自分に違和感を覚えた。
「……ヒカリ! ……ねぇったら!」
いつのまにか床に倒れていた。改めて手を見ると色々すっ飛ばしておばあさんみたいな手になっている。そうか……ようやく……
気がつくと室内の照明は落とされ、機械的な光に満ちていた。それは小さい頃に見た星空のようにも思えた。
「きれい……だね……」
「うん……うん……!」ルーゼルもそうらしい。うん、よかった。
私は薄れゆく意識の中であの歌を歌ってやった。
——お父さん、今度思いっきりヘンテコなダンスを見せてやろう。
——お母さん、私がんばったよ? すごいでしょ。
——妹よ、金ピカ虫採集なら負けないからね。
——ルーゼル、学校は最後まで意味不明だったよ。
——ミテテ、友達になってくれてありがとう——
異世界お仕事タノシイ楽しいたのしいたのしい楽しい誰か私をたすけて おみゅりこ。 @yasushi843
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます