大嫌いな義妹にあらゆる方法で屈辱を与え貶めようとする理由

猫カレーฅ^•ω•^ฅ

大嫌いな義妹にあらゆる方法で屈辱を与え貶めようとする理由


「服を脱いでお前の胸を僕に見せろ」


「……はい、富之とみゆきくん」



 彼女の部屋で、彼女は僕に命令されるままブラウスのボタンに指をかけた。彼女の表情はよく読み取れない。緊張している様で、無表情の様で……そして、上から1つずつボタンが外されていき、徐々に彼女の胸元が露わになっていく……


 どうして僕が彼女へ奴隷の様に命令できているのか。



 それは、つい1週間前のこと-----



 ■■■


 岐部きべ早規さきは常に周囲への気遣いと笑顔を絶やさない。高校3年である彼女はクラスで人気どころか、学校内で人気だ。



「富之くん? 私の顔に何かついていますか?」


「いや、なにも……」



 なんというか、彼女は容姿端麗で誰からも好かれている。可愛いというよりは、美人系だろうか。色白で口角が少し上がっていて、真顔でも少し笑顔に見える感じ。


 背中まであるロングの黒髪は輝きのエフェクトがかかっているようだ。制服の半そでシャツとプリーツスカートは他のやつと同じはずなのに、彼女が着るとなんだか見ているだけで心が落ち着かなくなる良いものに見える。



「今回のテストは何位だったんだ?」


「はい、お陰様で1位でした」



 その上、成績優秀で常に定期考査の成績はトップ3に入っている。


 そして、彼女はこの学校の生徒会長でもある。彼女以上の地位の生徒はこの学校に存在しない。つまり、スクールカースト第1位、唯一無二の第1位だ。 


 まったく、ラノベヒロインかと言いたい! 



「今朝は、朝練はよかったのか?」


「はい、テスト期間だったので、朝練は今日までありません」



 これだけでも十分周囲のヤツからは「高嶺の花」として認識されているのに、こいつは陸上部のレギュラーでもある。しかも、なんか雑誌の取材とかが来るくらいすごいらしい。



「朝食一緒に食べられるのは久しぶりですね」


「……まあな」



 そして、こいつは僕の妹だ。妹は妹でも、義妹。同じ年の義妹。こんなとんでもないヤツが義妹なのだ。


 ここがとても重要だ。



 ---僕はこいつが大嫌いだ。



 どういう経緯なのか、両親が何を考えていたのか、今となってはもう分らない。でも、小学校の低学年の時に、彼女はある日突然うちにやってきた。



室賀むろが早規です。よろしくお願いします」



 家に来た時、玄関先で深々頭を下げて僕に挨拶したのを覚えている。あの時は、まだ苗字が違った。今と違うのは苗字だけじゃない。完全に表情がなかった。その顔は西洋人形の様で、整い過ぎていて怖さすらもあった。



『お父さん、お母さん、テストで100点取りました!』

『早規ちゃんはすごいわね!』


『お母さん、新しいクラスで学級委員になりました!』

『みんなのために頑張れるってことは良いことよ』


『お父さん、肩を叩きましょうか?』

『ホントか?早規に叩いてもらえるなら嬉しいな』



 こいつは、うちに来てから目に見えて、表情が明るくなっていった。学校でもクラスメイトとうまくやっているようだ。いつもニコニコしていて、気持ち悪かった。一体何が彼女にそこまで頑張らせるのか。


 常に笑顔で、周囲への気遣いも怠らない。そして、周囲の信頼に応える。好かれて当たり前だ。人気が出て当然だ。


 ただ、全てにおいてスキルが高いこいつは、僕にとっては目の上のたん瘤。僕が何をしても誰の目にも止まらない。いつもこいつが先にもっとすごいことを成し遂げているからだ。


 こいつが光なら、僕はその陰。こいつが周囲を照らす太陽なら、僕はその光をおこぼれでもらって輝く月。太陽がいる時は、その存在すら気づかれない。


 こいつがいるから僕は家でも学校でも誰にも認めてもらえなかった。だから、こいつが嫌いだ。心底嫌いだだった。



 ■■■


 そんなある日、両親が事故で亡くなった。交通事故で、全てが突然だった。まだ若い両親が死ぬなんて誰も予想していなかったのだ。


 僕も、彼女も……


 それでも、時間は止まらない。通夜や葬式をしないといけなかった。両親の交友関係なんて知らない。会社の連絡先だって知らないくらいだ。


 それでも、親戚付き合いがほとんどなかった僕は喪主となり、連絡先が分かった親戚や、両親の会社の人たちくらいは招いて両親の葬儀を行った。


 葬儀場で喪主の挨拶では、僕が参列者の前で挨拶をした。葬儀場の人が準備してくれたカンペを読むだけだったけど、約50人の前で読み上げた時、周囲の人間が感じたことは伝わった。



「親族を代表いたしまして、ひと言ご挨拶申し上げます。

 私は、故人岐部きべ康之やすゆきの長男富之とみゆきでございます。

 本日は、お忙しいところを、康之の葬儀にご会葬くださいまして、誠にありがとうございます。

 このように大勢の方々にお見送りいただきさぞかし故人も喜んでいると……」


『まだ若いのに気丈に振舞って偉いわね』



 僕は、両親のことは忘れて、周囲からの目が誇らしかった。僕が認められたと思っていた。18歳とは言え、まだ高校生。卒業まであと1年もない。どこかの家でお世話になるとしても、手続きをしていたら半年や1年はかかるのかもしれない。


 だから、僕はこれまで通りあの家で暮らすことにしたのだ。周囲の人はそれを「偉い」と感じてくれた。


 彼女の「両親に贈る言葉」があるまでは……



『それでは、お子様からご両親に贈る言葉です。岐部早規様』



 場内にアナウンスされた。早規が前に出て父さんと母さんの棺の方に向いて立った。係の人はマイクを手早く準備して、高さや角度を円滑に調節した。



『……お父さん、お母さん、突然のことで私はまだ受け止めきれていません。

 私は、6歳の時にお父さんとお母さんの子供になりました。

 色々あって笑えなくなっていた私のことを優しく受け入れてくれてありがとうございました。

 他の家だったら私は今の私になれていなかったと思います。本当に感謝しています』



 この場で話すのが適切かどうかは分からない程、周囲の人にとっては衝撃的な内容だ。会場が静かにどよどよし始めた。



『私はお父さんとお母さんに子供と認めてもらえるように頑張ってきました。

 あれから約12年……

 私は、もうお父さんたちの子供になれていたでしょうか? 

 一度聞いてみたかったけど、怖くて聞けませんでした。いつか聞きたいと思っていたけど……あまりにも急で……』



 彼女の語尾が涙で崩れた。


 その瞬間に会場中ですすり泣く声が聞こえていた。こんな健気で悲しい内容の……こんな贈る言葉を聞かされて心が動かない人間がいるはずがない。


 しかも、彼女は一目見て分かる程の美人。喪服代わりに着ている学校の制服もピッシリしている。誰もが良い印象を持ち、会場の全ての人が彼女に同情し、彼女のために泣いていた。



『いつかお父さんとおかあさんと約束したこと……私は必ず守ります。

 これからは、富之さんと一生懸命生きていきます。天国から応援していてください。

 これまで本当にありがとうございました』



 両親がいる前で最後となる出番でも主役を奪われてしまったのだ。僕は、葬儀でもこの義妹に負けた。



 *


 葬儀が終わって、火葬も終わり、二人で1つずつ骨壺を持って帰宅した。帰りがけのタクシーの中では二人とも一言もしゃべらなかった。


 家に着くと、リビングに作られたささやかな祭壇の上にお骨と写真、位牌を二人分並べて置いた。


 手を合わせて両親にお参りをした後、僕は横で同じように手を合わせてお参りしていた彼女に宣言した。



「今日から僕がこの家の家長だからな」


「はい。よろしくお願いします」



 彼女が、お参りの姿勢から直り、こちらを見て言った。神妙な表情をしているようだが、顔の作り的に口角が上がっているので少し微笑んでいる様に見える。


 それが彼女の余裕の様に思えて、僕としては面白くない。



「お前は、今日からなんでも僕の言うことを聞くんだ」


「はい。富之くん」



 僕はこうして、18歳にして家長の座に就いた。高校を卒業したらこの家を出て行くであろう義妹、早規と半年ちょっとはこの家で暮らしていく。


 僕がこの家の主人で、早規は僕の奴隷だ。僕は彼女を支配して生きていく。



 ■学校


 忌引きを明けて学校に登校した日、僕は弁当を持たないで登校した。そして、昼休み。



「岐部くん、お弁当です」


「ありがとう、天沢あまさわさん」



 学校では、早規は「天沢」の性を名乗っていた。現在の名前「岐部早規」ではなく母の旧姓である「天沢」を名乗り、「天沢早規」だった。


 学校自体には伝えていたのだけど、同じ歳で双子ではないとなると色々詮索されてトラブルの元。それを避けるために別の性を名乗るようにしていたのだ。聞かれた時は隠さないらしいけど、積極的には言っていないので、この事を知っているのは生徒の間ではごく一部だ。



『おい、あれどういうことだよ。天沢さんが岐部に弁当渡してなかったか!?』

『なにあれどういうこと⁉ 付き合ってるんじゃないよね⁉』

『うわー、天沢さんの弁当とか、何と引き換えにしても食べたい!』



 教室がザワザワしているのが分かる。そりゃあそうだろう。僕はクラスで目立つ方じゃない。不愛想だし、顔だって普通だ。成績だって普通。良くも悪くもない一番目立たないヤツだ。


 教室では誰とも話さない日もある程、モブらしいモブだ。


 その僕に、クラスの……いや、この学校のアイドルが突然弁当を作って来たのだから話題にならない方がおかしい。しかも、僕の隣の席に座って机を付けてご飯を食べている。


 クラスのやつらの驚きの顔。そして、男子たちの羨ましい様な、悔しい様な複雑な表情。ざまを見ろ。お前たちの憧れのアイドルは僕がその価値を貶めてやった。僕みたいなモブに弁当を作って持って来たんだ。



「たまご焼きどうですか? いつもお母さんが作ってたから、いまいち砂糖の加減が分からなくて」


「ん? 普通だけど?」


「そうですか。よかったです。味見してたら段々分からなくなってしまって」



 早規が少し微笑んで答えた。もっとも、彼女の場合、いつも微笑んでいるような表情だけど。



「お前のやることはいつでも完璧だよ」


「ありがとうございます」



 完璧すぎる彼女は、僕に弁当を作ってきたくらいではその地位を一切崩せないでいたようだ。我が義妹ながら強敵すぎる。


 だが、次の策は2重、3重に貶める策だ。覚悟していろ。



 ***


 放課後、いつもなら早規は生徒会か、部活かどちらかに行く。



「早規、帰るぞ。今日は僕と手を繋いで帰るんだ」


「はい」



 さすがに教室や廊下で手を繋ぐのは恥ずかしいので、下駄箱を出たタイミングで手を繋がせた。


 それでも、彼女はこの学校の生徒会長。そして、陸上において全校集会でも表彰されていたりして有名人だ。


 その彼女が知らないヤツと手を繋いで帰っている。学校の敷地内を出るまででも周囲がザワザワしているのが分かる。



「生徒会と部活に連絡しなくていいのか?」


「じゃあ、メッセージだけ……」



 早規はスマホを取り出し簡単なメッセージだけ送った。それくらいで、急に生徒会をさぼったり、部活に来なかったりすることの穴埋めはできない。


 確実に彼女の信頼を貶めている。ざまをみろ。悔しいか。でも、お前があの家に居続けたいなら僕の言うことを聞くしかないんだ。


 大学に行く学費だって僕の両親が残したお金なんだ。お前は僕に逆らうことはできない。



「こうして手を繋いで歩くのなんて、小学校以来ですね」


「……」



 うるさい。だから何だって言うんだ。僕はそんな言葉くらいでは懐柔されない。お前は僕の目の上のたん瘤。お前が土下座して謝るまで、お前のその信用と価値を貶め続けてやる。


 お前の大事な物は全部奪ってやる!



「一緒に帰れるのなら、お買い物に行ってもいいですか? 富之くん、夕飯何が食べたいですか?」


「お前は弁当だけじゃなく、夕飯も作れるってのか⁉」


「そうですね……お母さんほどじゃないですけど、いつも一緒に作ってましたから……」



 僕はいつも部屋で過ごしていたから知らなかった。そんなところでも点数稼ぎしていたとは。抜け目のないヤツ。


 今はもう、あの家には僕とこいつしかいない。


 こき使って夕飯を作らせてやろう。



「生姜焼き……」


「生姜焼きですね。お母さんの得意料理でしたね……分かりました」



 別に母さんは関係ない! ただ、生姜焼きが食べたい気分だっただけだ。何なら味が全然違うと言って、こいつに敗北感を味あわせることもできるかもしれない。



 ***


「生姜焼きの味……どうですか?」


「うん、まあまあだな」



 何故だよ。夕飯に出された生姜焼きは、母さんの生姜焼きの味だよ。以前、学食の生姜焼きを食べた時は味が違い過ぎて二度と頼まなかった。生姜焼きは母さんが作るものは一番おいしいと思っていたのだ。


 それなのに、早規が作った生姜焼きは母さんが作ったものと味が同じだ。


 しかも、みそ汁もうまい。


 同じだしを使って、同じ味噌を使って作るのだから、同じ味になるのかもしれないけど、濃さとか色々差は出るだろう!


 また完璧だった。面白くない。必ずこいつに吠えづらかかせてやる。



 ***


 食後、料理の片づけを終えた早規が自分の部屋に戻って行った。そのタイミングで僕は早規の部屋に行った。


 ノックすると迂闊にドアを開けて僕を招き入れやがった。


 ちょっとやそっとでは、こいつの価値を下げられない。こいつを貶めることは難しい。


 だから、僕はもっと直接的にこいつを貶めることにした。こいつの大事な物を奪ってやる。屈辱感を味あわせてやる。



「富之くん、どうかしましたか? お風呂もう入れますか?」


「風呂なんか後でいい、早規、ベッドの上に座れ」


「? はい」



 首を傾げた仕草も可愛くて、もしクラスのやつらが見たら、それだけで歓声が上がったかもしれない。だが、ここは自宅。そして、早規の部屋。あいつらの憧れのアイドルの部屋に僕はどかどかと入れるのだ。


 そして、これからもっと敗北感を味あわせてやる。


 早規が、言われた通りに自分のベッドの上に座った。



「服を脱いでお前の胸を僕に見せろ」


「……はい、富之とみゆきくん」



 彼女は座ったまま、僕に命令されるままブラウスのボタンに指をかけた。彼女の表情はよく読み取れない。緊張している様で、無表情の様で……そして、上から1つずつボタンが外されていき、徐々に彼女の胸元が露わになっていく……



 白い肌が露わになるにつれ、無意識に僕は下を向いていた。彼女の前にはブラウスが脱ぎ捨てられ、衣擦れの音は続いている。


 そして、脱ぎ棄てられたブラウスの上に、白いブラジャーが畳まれて置かれた。



「はい、脱ぎました」



 視界の隅で彼女が両手で胸を隠しているのが分かった。表情を見る余裕はない……僕は振り返り彼女に背を向けた。



「ざまあみろ……もう着ていい」


「あ……」



 それだけ言って、僕は逃げるように部屋を出た。


 自分の部屋に行って、ベッドの上でうずくまり頭をボリボリと掻き続けた。


 早規は最後、何か言っていた。なんて言おうとしたのか。



 ***


 翌日、早規はあのことについて何も聞かなかった。いつも通りに朝食を準備してくれていた。登校の時は、僕の言いつけを守って、手を繋いで学校まで行った。


 僕は気まずかったので、今朝は何も言わなかったのに、早規の方から手を繋いできたのだ。


 こいつは、あのことを学校でも何も言わないし、誰にも何も言わなかったみたいだ。


 学校のアイドルにあんなことをさせたんだ。もし、誰かにバレたら大騒ぎだろう。クラス中どころか、学校中から無視されるのは確実。


 もしかしたら、僕は警察に捕まるかもしれない。それくらいのことをした自覚はある。昨日の夜は色々考えて、全然寝られなかった。そのせいで少し具合が悪いかもしれない。


 それでも、弁当と手つなぎは続行していた。既にクラスメイトには何も知られてはいけない状態になってしまっている。



 ***


 夜、夕食後また早規の部屋に来た。



(コンコン)「はい」



 まだ不用心にドアを開け、僕を部屋に招き入れた。そして、いつものあの笑顔だ。僕が嫌いなあの笑顔。虫唾が走るようだ。


 僕が部屋に入ると、彼女は当然の様に自分のベッドの上に座ってこちらの指示を待っていた。


 本当はどういうつもりで周囲にあのことを言わなかったのか、聞きに来たつもりだった。でも、やめた。



「服を脱いで下着姿になれ」



 僕は彼女にそう伝えると、昨日とは違って、僕は机の椅子を引っ張り出し、ベッドのすぐ前に移動させて座った。


 早規は座ったまま腰のところのスカートのチャックを下げ、ホックを外した。そして、座ったままスカートから足を抜いた。


 あの早規が目の前でスカートを脱いでいた。なんて扇情的な光景だ。でも、ボクは逃げない。今日はもっと屈辱的なことをさせてやるんだ。


 早規はブラウスのボタンを1つずつ外してブラウスをベッドの脇に置いた。



「脱ぎました」



 早規がベッドの上に女の子座りで座っている。恥ずかしいのか、手は一か所に落ち着くことなく、胸の辺りとパンツの辺りを行ったり来たりしていた。


 あの早規が僕の命令に逆らえずに下着姿で目の前にいる。クラスのやつらがこの事を知ったら、なんて思うだろう? 男子たちは嫉妬に狂って僕を責め続けるだろうか。頭をフル活用して正論を準備して、我こそが正義だと僕を責め続けるだろう。


 ただ、どんなに言っても、何をしても、僕を止めることはできない。



「早規、僕にキスしろ」


「はい……」



 早規が僕の右手を両掌で触った。そして、そのまま彼女の股に僕の掌を挟んでしまった。そうなると当然顔は近づくわけで、早規が僕の頭に両腕を絡めて抱きしめる様な形になった。


 僕は動けなかった。右手は布一枚隔てられているとはいえ、彼女の股間にロックされている。布越しに彼女の形も伝わってきている。完全に動けないのだ。



「富之くん……」



 その上、彼女の両腕は僕の頭を完全に抱きしめる形でホールドしている。彼女の顔は徐々に近づき、そして目を閉じた。早規がキスをするときの顔はこんななんだと冷静に考えていた。


 それくらい、僕の脳内にはアドレナリンが分泌されていて、時間の流れがゆっくりに感じていたのかもしれない。


 彼女の唇が僕の唇を占領した。早規は顎の角度色々変えながらついばむように唇を貪った。


 僕は右手をホールドされている。されるがままにキスされていた。それでも、しばらくして、我に返った。



「早規!」


「!」



 早規も我に返ったようだった。



「早規、もういい」



 僕は静かに手を引いた。そして、下着姿の早規から目をそらした。



「あの……」



 彼女の部屋を出ようと思った時、声をかけられた。僕は、彼女からの罵倒を予想した。



「日曜日……」


「日曜日?」



 僕は彼女に背を向けたまま聞き返した。



「日曜日、陸上の試合があります。出てもいいですか?」



 そう言うことか、素直にキスをしたと思ったら、その試合に出たかったってことか。



「いいだろう。でも、僕も見に行く」


「え⁉ 見に来てくれるんですか? はいっ、お願いします!」


「あと、土曜日は僕に付き合え」


「はい! どこでもお付き合いします!」



 僕は下着姿の早規をそのままにして部屋を出た。



 ■土曜日(試合前日)

 

 僕は、一段と邪悪なことを思いついていた。これまでに、穢れを知らない彼女に服を脱がせて胸を露出させたり、下着姿にさせたりした。


 しかも、嫌いな僕にキスするようにも指示した。彼女がどれくらい屈辱を味わって、どれくらい悔しくて、どれくらい貶められたかは分からない。自分が汚されたのだ。相当なショックだろう。ざまをみろ。


 そして、今日。僕は彼女を長距離歩かせることにした。足が疲れ果てて明日の試合でいい結果が出せない。元々、忌引きで数日練習ができていない上に、その後は僕が強制的に家に帰る様に仕向けていた。


 1週間近く練習できずにいきなり本番だ。まずいい結果は出ないだろう。その上、足が疲れていたら……


 彼女のアイデンティティの一つである陸上で、かつてないほどの悪い結果が出れば、彼女は自分が許せないだろうし、周囲が失望するのは目に見えている。



「今日はどこに行きますか?」



 彼女は白いワンピースで出かけるらしい。その上、サンダルだ。ひざ丈までのスカートは、彼女にすごく似合っていた。バカじゃないのか、デートでもあるまいに。そんな服装で長距離歩いたらすぐに足はダメになってしまう。



「母さんとの思い出の場所に行く。僕もうろ覚えだから時間は分からない」


「はい。私もお母さんとの思い出の場所行ってみたいです」



 バカめ。そんな思い出の場所なんてある訳ないだろう。そもそもそんな遠くまで歩いて行く訳がない。


 僕たちは家を出て僕は適当な方向に歩き始めた。早規は僕に付いてきた。



「思い出の場所はスーパーですか?」


「ん? 何故だ?」


「私はお母さんとのお出かけは、ほとんどスーパーでした」


「そうか。確かに今日もスーパーだ」



 まあ、今決めたんだけど。隣町の適当なスーパーに行けばいいだろう。早規は僕に付いてきた。どこまでも付いてきた。


 途中、足が痛いというので見てやったが、親指の付け根の辺りと、小指の付け根の辺り、サンダルの帯、甲バンドと言ったか、あれが擦れて赤くなっていた。これで彼女はもう万全の体勢で走ることはできない。



「少し座っていろ。絆創膏を買ってきてやる」



 僕は既に目的を達成して余裕があった。途中で引き返す口実のために絆創膏を貼って、今日はもうダメだと話を終わらせたかった。



「ごめんなさい。私のせいで……」


「気にするな」



 いや、気にしろ。僕は目的の母さんとの思い出の場所に行けなかったんだ。気に病んで良心の呵責に押しつぶされればいいのだ。



 ■日曜日(試合当日)


 いよいよ試合当日。試合会場は比較的近所の陸上競技場。それなりにたくさんの選手と、その親が来ているようだった。


 早規がアップしていた。陸上のユニフォーム姿を初めて見た。その表情はあまりいい感じではない。あまり調子が良くないのだろう。当然だ、試合の前日にサンダルで長距離歩いたりしているのだ。ケガだってしている。


 彼女の人気を構成する要素の一つは陸上だ。それを壊すことで彼女は段々とバランスを壊していく。まずはこの試合で、かつてないほどの悪いタイムで終わってしまえばいいんだ。


 僕は選手じゃないからトラックには入れない。少し離れた場所までだ。それでも、僕を見つけた早規がそこまで走ってきた。



「今日は来てくれてありがとうございます。その……いい結果が出せるか分からないけど、頑張ります」



 無理だろ。昨日あんなに歩いたんだ。足に力なんて入らないだろう。



「昨日、あんなに歩いたんだ。しょうがないだろ」


「でも、お母さんとの思い出だから……」



 こいつは頭いいくせにバカだな。どこまで頭がお花畑でおめでたいんだ。まだ信じていたとは。



「そんな訳ないだろ。僕が母さんと買い物なんか行く訳ないだろ。お前が良い記録出せなくするためだよ」


「……」



 彼女の美しい顔が固まった。これまでで一番効果があったかもしれない。



「僕は今までお前が眩しくてしょうがなかった。邪魔だったんだよ。お前がいたから僕はいつも陰に隠れていた。どうだ、ガッカリしただろ! 昨日出かけたことを後悔しただろ!」


「……それでも」


「あん?」


「富之くんが、私に対してあまりいい感情を持ってないのは知ってました。それでも、初めてだったから……初めて出かけるのに誘ってくれたから。絶対出かけたかったんです」



 ……バカが。だから、あんなおしゃれしてきて。それで足をケガして……ホントにバカだな。



「ホントは疲れさせるためだって分かってました。でも、それくらいで少しでも私のことを嫌いじゃなくなるなら……安いものだと思って」


「バカ、おれはお前のことなんか好きじゃないよ」


「分かってます。私が勝手に富之くんのことを好きなだけだから……」


「バカ、小さい時にうちに来たからそう勘違いしてるだけだ。インプリンティングだよ。刷り込みだ。ひな鳥が親鳥に付いて回るのと同じだ」


「それでもっ! そうかもしれない! そうだったとしても、私には違いが分からないです! きっと、DNAに深く刻まれているので、多分一生 富之くんしか好きになれません!」



 なんてことを真顔で言うんだ。



「僕はいつもお前に酷いことをしている」


「それでも、どんなことでも、私を見てくれるなら……だから、私はお父さんとお母さんにあんな約束も……」



 そう言えば、葬儀の時に約束を守るとか言っていた。



「どんな約束をしたって言うんだ」


「私が初めてテストで100点取った時です……ずっと頑張っていられたら、富之くんと結婚させてほしいってお願いしました! それで精一杯頑張ってたらいいよ、って約束してもらったんです!」



 そんな話は全く聞いたことがない。



「だから、私はクラスでも頼られるように振舞って! 生徒会でも! 陸上も!」



 そんなの僕が知らなかったら無意味だろ。学校で一番頑張ってるヤツのご褒美が僕とか哀れ過ぎるだろ。僕なんかじゃ眩しすぎてまともに見ることもできないお前が目指しているものが僕ってなんだよ……


 無意識にユニフォーム姿の早規を抱きしめていた。


 ちくしょう! ちくしょう! なんだよ、涙が止まらない! 気持ちが抑えられないっ!



「分かってたよ! ずっと分かってたよ! 僕のこの気持ちが早規への憧れだって! でも、お前は眩しすぎるんだよ! 僕には! 美人過ぎるんだよ! お前は! だから、あんな酷いことを!」



 早規もゆっくりと僕の背中に腕を回した。



「どんなでもよかったんです。私は富之くんに触りたかったし、触って欲しかった。ずっと好きだった。小さい時から好きだった……」



 声も肩も震えていた。早規もきっと泣いている。そんな話は初めて聞いた。彼女の渾身の告白だったのかもしれない。


 今日は陸上の試合だ。当然陸上部も来ている。クラスメイトも応援に来ているかもしれない。こんな試合前にグラウンドのはずれで二人泣きながら抱き合っているんだ。もう手遅れだ。


 早規と無関係とか話が通らない。


 もう隠しておけない。


 僕は彼女が好きで、誰にも取られたくない!


 そして、早規が笑っていられないと嫌なんだ。



「お前の記録に陰りが残るなんて嫌だ。精一杯走ってこい。ケガして立てなくなったら僕がおぶって帰ってやる」


「分かりました。できるだけ立てなくなるように全力で走ってきます」


「バカ」



『選手の方、スタートライン付近に集まってください』



 その時、召集の放送が流れた。いよいよ本番だ。絶不調で早規が試合に臨む。絶不調にさせたのは僕。その上で、頑張れとも言った。最悪だ。僕は最低だ。


 あいつは僕に帰りがけおんぶさせる気だ。そんなことで僕の罪は消えないけど、ホントにケガをしたらその時はその時だ。僕は彼女の試合から目をそらさない。彼女からも目をそらさない。



On your marks位置について



 早規が含まれるグループの選手たちがをスタートラインに並んだ。



Set用意


(パーン……)



 ピストルの音と共に全員が走り出した。



***



 帰りがけのタクシーでは、早規が僕に優勝の賞状を持たせた。



「足が限界で賞状を持てません」



 絶対嘘だ。ウェアやシューズが入ったカバンは易々と持っていた。僕に対するアピールだろう。


 早規はスタートしてからスピードをどんどん上げていった。2位の選手と身体5つ分は離れて1位ゴールしたのだ。


 素人目に見てもそれは脅威的な速さだった。



「あと、やっぱり、抱き合ってるのをクラスの子に見られてました。誤魔化して逃げて来たので、明日は覚悟しておいてください」



 これまで散々嫌がらせをしてきた僕への意趣返しだろうか。



「私も色々聞かれると思うんですけど、『恋人』でいいんですよね? 私たちの関係」



 この輝く様な笑顔がこれからずっと横にあるのか。じゃあ、恋人も悪くないか。ただ、これから僕が彼女に釣り合う様に頑張るとしたら、僕はどれほど努力したらいいのか……


 僕たちは、家に着くまでタクシーの中でずっと手を繋いだままだった。

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