第27話

『ごめん。欠席した人の代わりにシフト入ることになっちゃった』


 雪羽からそう連絡があったのはついさっきだ。

 友達に誘われてはいたけれど、雪羽と一緒に行くのを理由に断ってしまったから、今の私は一人だ。


 文化祭のこの雰囲気の中で一人過ごすのはちょっと嫌だと思う。

 今から友達を誘うのも微妙だし、雪羽の仕事が終わるまでどこかで時間を潰すべきだろう。


 でも、うーん。

 潰すっていっても、どこで時間を潰せばいいんだろう。


 文化祭中は学校の外にでちゃいけないって言われているけれど、それを無視して映画でも見に行こうか。


 それもなぁ。

 雪羽と一緒に回る前に自分で回ってしまうのも、新鮮さがなくなってしまって駄目な気もするし。


 私は結局しばらく学校の外を歩いてから、近くの公園のベンチに座った。

 特にすることもないから、スマホでSNSを開いてみる。


「……つまんない」


 退屈で、時間が妙に長く感じた。

 雪羽と一緒にいるときは、あっという間に時間が過ぎるのに。


「……はぁ」


 誰か話せる人はいないかな、と思いながらアプリを操作する。

 連絡先を交換している友達はたくさんいるけれど、今話せそうな友達はいなかった。


 私はある程度人と仲良くすることはできるのだが、長くその人と仲良くするのは無理なのだ。


 私には数多くの元友達がいる。

 喧嘩したわけでもないし、元友達の中には、一番仲が良かったと思っていた子もいる。でもそれは私が勝手に思っているだけだったんだろう。


 疎遠になるきっかけは様々だ。小学校、中学校を卒業したとか、クラスが変わったとか。遊びに誘ってもちょっとぎくしゃくするようになって、中には露骨に面倒臭そうな顔をする子もいて。


 やっぱりそれって、私に人間的な魅力が足りていないせいなんだろう。

 私には個性がない。長所って長所もないし、本当にただの普通の学生だ。私の代わりはいくらでもいるから、新しい環境で友達ができたら私とわざわざ関係を続けようと思わないのだと思う。


 顔も勉強も、性格も。

 全部それなり。


 ノリもそれなりにいい方で、一緒にいて楽しいと言われることもしばしば。


 でもやっぱり、普通。

 私はどこまでも普通で、誰かの一番にはなれないんだと思う。

 ……だけど。

 雪羽は私のこと、一番だって言ってくれた。


「すき、だけどさ」


 そう言ったって困らせるだけだってわかってる。

 一番といっても、雪羽が私のどこに魅力を感じてくれているのかもわかんないし。


 ああもう、ほんと。めちゃくちゃだ。心がぐるぐるざわざわして、止まりそうにない。


 諦めやすい自分が嫌だと思う。

 好きな人に本気で好きって言えないのって、どうなんだろう。


 まあ、確かに雪羽と一緒にいられるだけで幸せではあるんだけど。恋人になりたいなら、もっと努力すればいいじゃんって思う。


「……無駄だもん」


 頬杖をつく。

 落ち着かなくなって、顔の角度を変えてみて。

 私、本当に何をしているんだろう。


「穂波」


 雪羽の声がして、体が跳ねた。

 幻覚かと思ったけれど、ちゃんと目の前に雪羽がいる。


 私がいる場所、教えていないのに。

 困惑している間に雪羽は私の隣に座ってくる。


「早めに切り上げてきた。ごめん、待たせちゃって」

「それはいいけど……よくここにいるってわかったね」

「穂波が行きそうなところなら、わかるよ」

「私、そんなに公園行きそうな雰囲気だったり?」

「そういうわけじゃないけど」


 私はスマホをバッグに入れて、雪羽を見つめた。

 彼女は何をするわけでもなく、私を見つめ返してくる。


「穂波って変なとこ気にするから。私と二人で回るって約束したなら、他の友達と一緒にどっか行くのはないと思うし。かといって時間かかる遊びも多分しない。軽く時間潰すってなったら、この辺だと公園歩くか、ファミレス行くか、ファストフードか。文化祭でお金を使うことを考えたら、穂波なら公園にいると思って」


 凄まじい舌の回り方。まるで探偵だ。


「正解だったね」

「すごいね。探偵みたい」

「まあ、うん」


 よく見てるというか、なんというか。

 雪羽はいつだって私のことをちゃんと見つけてくれるし、私についても色々理解してくれている。


 それは彼女の観察力が優れているためなのか、それとも。


 ……私だから、なのかな。

 自惚れすぎか。


「なんか、色々知られてるって思うと照れるね」

「今更でしょ」

「そうかも。私も雪羽のこと、ちゃんとわかってるよ。……私のこと色々覚えてくれてるし、冷たいところもあるけどやっぱり優しい。雪羽のそういうところ、好きだな」


 自然と好きと言っていた。

 前みたいにふざけて言わずに、普通の日常会話みたいなトーンで。


 こういうのは駄目かな。雪羽を困らせたいわけじゃないのに、普段から抱いている想いはふとした瞬間に口からこぼれてしまうものらしい。


「はいはい。私も好きだよ」


 あれ、と思う。

 ちょっと呆れた感じだけど、雪羽が好きだなんて言ってくれたのって、これが初めてじゃないか。


 思わず彼女をじっと見つめるけれど、表情も雰囲気も特に変わっていない。

 特別な意味があるなんて思っていなかった。でも、ちょっと残念な気がする。


 私は思わず笑った。

 会話の流れで言っただけでも、やっぱり嬉しいから。好きって言ってくれたことへの喜びと、感謝を込めて。いつもより少し頑張って作った笑顔は、雪羽の瞳にどう映ったんだろう。


 彼女は目を微かに細めて、笑い返してくれた。

 雪羽の笑顔は貴重だ。見られただけで、その日一日を終わらせてもいいってくらいに嬉しくなる。


「穂波の、その顔。もっと見せてもいいよ」

「雪羽ももっと、笑ってよ」

「……あんまり、得意じゃないけど。頑張る」

「無理はしなくていいけどね。雪羽が苦手なら、その分私が笑ってあげる」


 にこりと笑顔を浮かべる。

 雪羽は少し呆れた雰囲気を出しながら、立ち上がった。


「……とりあえず、学校戻ろうよ」

「そうだね」


 私は一瞬彼女の手を握ろうかと迷って、結局握らずにそのまま立ち上がった。

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