第13話

 校外学習というのは、ほとんど遠足に近いと思う。

 五月。


 二年生になって、去年仲良かった友達と同じクラスになった私は、その友達とグループを組んで街を歩いていた。


 お寺がたくさんある街だから、当然学習内容もお寺にまつわるものになる。実際にお寺に行って、そのお寺について調べたりどんなものだったか感想を書いたり。


 学習だから仕方ないんだろうけれど、面倒臭い。

 私たちは学習時間が終わって自由時間になるまで、学校への文句を言いながらお寺を回った。


「やーっと終わった。よし、遊び行こ」

「どこ行く?」

「もう寺は見たくないし、適当にその辺ぶらつこ」

「おっけ」


 友達と一緒に街をぶらぶらして、なんとなくこの街の名物っぽいものを食べ歩いたりしてみる。


 人通りが多いところでは自然に手を繋いで、美味しいものを食べたら美味しいと言い合って。


 楽しい、と思う。自然と仲良くできる友達っていうのは貴重で、そういう友達とは一緒にいるだけで楽しいものだ。


 でも、そうやって友達と時間を過ごしていると、ふとした時に雪羽の顔が見たくなる。


 結局雪羽とは別のクラスになってしまった。前に約束していた通り、クラスが別々になっても時折遊んだりはしている。しているんだけど、なんだか前よりも距離が開いてしまったように思えた。


 雪羽も最近はちゃんと私以外に友達ができたらしく、新しい環境には順調に馴染んでいるみたいだった。


 話しかけてオーラを出していたのに、人に怖がられてしまっていた雪羽はもういないのかもしれない。


 彼女の成長を喜ばしく思うと同時に、寂しくもある。

 こうやって段々と疎遠になって、忘れられていくんだろうなぁ。


 私は残念ながら、そういう人間だ。良くも悪くも普通で、多くの人と縁を持つことはできるけれど、その分縁がなくなるのも早い。


「サブレとクッキーの違いってなんなんだろ」

「……原産国の違い、とか?」

「あー」


 くだらない会話をしながら歩いていると、不意に向こうから同じ制服の生徒が歩いてきているのが見えた。


 雪羽だった。

 雪羽の表情は一年だった頃と変わらないけれど、その隣には友達がいて、雰囲気がちょっと柔らかい。


 別に私は雪羽の一番ってわけじゃないって、わかっているけれど。

 雪羽はちゃんと地元にも友達がいるらしいし、私は彼女の特別ではないのだ。


 親友とは、言ってくれていた。

 でも、親友が一人というわけではない。


 一番だと思っていた友達が実はそうでもなくて、段々疎遠になっていくとか。慣れているから、別にいいんだけど。


 いいんだけど、やだなぁって思うのは確かで。

 自分でも、わがままって思う。


「関東と関西で呼び方変わる的な? シャベルとスコップみたいな」

「シャベルってあの小さいやつだよね」

「え、それスコップじゃない?」

「……あれ?」


 すれ違っても、声をかけられることはない。

 いつも彼女は私に気づいてくれるけれど、あっちも友達と何か話しているみたいだから、気づかなかったのかもしれない。


 一緒のクラスだった時は、すぐに話しかけていたのに。なんだか遠慮してしまって、駄目だ。


 普通の私に気がついて、声をかけてくれるのは彼女だけだったんだけど。

 でも、まあ。

 結局彼女にとっても私は普通の存在にすぎなかったのかもしれない。

 別にいいけど。


「これからどうする? カラオケでも行く?」

「ここまで来て?」

「あんまこの辺歩いてたらデブになりそうだし」

「いいけどさ。じゃ、皆にも連絡するか」


 結局私たちは二時間ほどカラオケで歌ってから、解散することになった。

 駅まで友達と一緒に行こうとも思ったけれど、どうせならもう少しくらい観光してもいいって気分になって、一人で街を歩くことにした。


 日が傾き始めた街を歩いていると、やっぱり同じ制服を着た人と何度かすれ違う。


 私は自他共に認める特徴のない人間だ。制服を着て人混みの中を歩くと、他の人と見分けがつかなくなってしまう。


 どれだけ仲がいい友達も私に気づいて声をかけてくることはない。

 今までずっとそうだった。


 だからだろうか。雪羽が人混みの中から私を見つけ出して、初めて声をかけてくれた時。


 あの時私は、雪羽に恋をした。

 私の存在に気づいて、私の目を見て、私の名前を呼んでくれて。


 そんなことで人を好きになるなんて、彼女に言わせればちょろいのかもしれない。


 それでも私にとっては、大きなことだった。

 気づいたら雪羽のことがどんどん好きになっていって、もっと彼女を知りたくなった。


 でも、同時に。

 初恋っていうのは大体叶わないもので。

 好きになると同時に、諦めてもいた。

 だから彼女の友達でいるだけで、満足するつもりだった。

 それすらできなくなってしまったら、悲しい。


 悲しいけれど、自然に疎遠になっていくなら、仕方ないと思う。変に絡みに行って嫌われる方が嫌だ。


 大きく好かれることも嫌われることもなく自然に消滅した関係は、きっといい思い出として大事にとっておける。

 だから——。


「穂波!」


 声がした。

 大好きな人の声が。

 振り向いても、雪羽の姿は見えない。


 立ち止まると、人の流れに逆らって、小さな影が私に近づいてきているのが見えた。


「……雪羽」

「まだ帰ってなかったんだ、穂波」

「雪羽こそ。もう帰ったと思った」


 雪羽の目が、私をじっと見つめる。

 好きになった時と変わらない瞳だ。


 ちょっと冷たくも見えるけれど、うっすらと宿る光が綺麗で。曲がることなくまっすぐに送られる視線は心地良くて。


 好きだ。

 やっぱり私は、雪羽のことが好き。


「さっき私のこと見てたのに、なんで話しかけてこなかったの?」

「いや、雪羽も私も友達と話してたじゃん。変な空気になったら嫌だし」

「……そんなの気にするの、穂波らしくない」

「結構繊細なんだよ、私は」


 今日の雪羽は、雰囲気がピリピリしている。

 話しかけなかったから、怒っているのだろうか。


 だとしたら、私に話しかけてほしかったってことになる、

 ということは、やっぱり。

 私は雪羽にとって、ある程度特別な存在なのだろうか。


「別のクラスになったからって、他人行儀にならないで」

「……ごめん」


 私はどういう人間だと思われているのか。わからないけれど、今雪羽が望んでいるのは、スキンシップ好きな友達としての私なんだろう。

 私はそっと彼女に手を差し出した。


「今からだと、あんまり回れないだろうけど。一緒にどっか、行こっか」

「うん。行こう、穂波」


 差し出した手を握られる。

 それだけで嬉しくなって、さっきまで抱いていた不安がなくなる。

 私は単純な人間だ。

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