第14話

「穂波、声がさがさになってない?」

「あー、うん。さっきまでカラオケにいたから」

「……そうなんだ。穂波って、どんなの歌うの?」

「基本流行りの曲かな。雪羽は?」

「行ったことないから、わからない」

「え、ないんだ。意外。今度行ってみる?」

「やめとく。恥ずかしいから」


 久しぶりにリラックスしながら彼女と話せている気がする。最近はクラスが変わったこともあって、彼女との距離感を気にするあまり以前のように話せていなかった。


 でも、やっぱり私にとって雪羽は特別だ。

 ただ普通の話をしているだけで楽しいし、ちょっとした表情の変化にだってドキドキして、飽きがこない。


 叶わない恋だとわかっているから告白しようなんて思わないけれど、それでも恋しているのは確かだ。


 私の好きという言葉は彼女を困らせ、苛立たせるとわかったから言うのはやめた。


 だけど、本当は。本当は、まだ言いたいと思っている。

 じゃれるように、ふざけるように。

 本音を隠して、好きって気持ちを伝えたい。

 嫌われたくないから、もう言わないけど。


「恥ずかしい?」

「人前で歌うのって、恥ずかしい」

「雪羽、綺麗な声してるから歌ったら絶対うまいのに」

「そんなの、初めて言われた」

「綺麗だよ。透き通ってるし、聞き心地いいし」

「褒められても、困るけど」


 普通、人の声を褒めることなんてない。でも、雪羽のことはもっと褒めたいし、どんなところだって褒めたいと思っている。


 それで雪羽が困るなら自重はするつもりだけど、彼女は自分のことを魅力のない人間だと思っている節がある。


 もっと自信を持っていいのに、と思う。雪羽にはいいところがいっぱいあって、きっとこれから彼女のことを好きになる人もたくさん出てくるはずだ。


「褒められ慣れといた方がいいよ。これからきっと、褒められることも多くなると思うから」

「なんで」

「最近の雪羽は魅力が増したからね。表情もちょっと、柔らかくなった気がする」


 にこりと笑ってみせる。

 雪羽も微かに、口角を上げた。

 友達が増えた影響なのか、雪羽の表情は前よりも動くようになった。


 笑っていなくても、雪羽は可愛いけれど。笑った雪羽は誰よりも可愛いから、もっと笑った方がいいと思う。


「穂波は、褒められ慣れてそうだね」

「え、私? 私は全然だよ。軽んじられてるし、鳥扱いだし。特徴がないのが特徴ですーみたいな?」

「そうなの?」

「そうそう。だから私のことをもっと褒めたまえ」

「……穂波は」


 ぎゅっと手を握られて、引っ張られる。

 至近距離まで、彼女の瞳が迫る。

 透き通った瞳は、声と同じで綺麗だ。


「誰にでも分け隔てなく接するところが、いいと思う」


 いいと言う割には、彼女の雰囲気はどこかピリついている。

 怒っているってほどじゃないけれど。

 不満の意を示している、みたいだ。


 やっぱり、褒めるところがない人間を褒めるのは面倒臭いのかもしれない。


「私って結構委員長タイプだったり?」


 雪羽は何も言わない。

 この話は、ここまでにしておいた方がいいかもしれない。私はそっと彼女と距離を離して、歩き始めた。


 気づけば日はほとんど沈みきっている。お寺はもう閉まっているだろうから、行けるところは自ずと限られてくる。


「ねえ、雪羽。ちょっとだけ、海見に行こっか」

「……いいよ」


 彼女は私の手を握ったまま、肩を並べてくる。

 その瞳はやっぱり、私をじっと見つめていた。




「この季節の海は、やっぱ人いないね」


 私は砂浜を歩きながら言った。

 手を離して、雪羽の少し前を歩く。砂を踏む感触が心地いいけれど、海に入れないのは少し残念だ。


「そうだね」


 潮風で彼女の柔らかな髪が揺れる。

 絵になるなぁ、と思う。

 顔を好きになったわけじゃないけれど、本当に、綺麗だと思う。


 見とれていたら変な顔をされそうだったから、私はそっと靴を脱いで、その中にソックスを詰めた。


「穂波?」

「うん。やっぱり、砂浜は素足で歩くに限るね」

「ペディキュア、取れるよ」

「塗り直すからいい。元々取れやすいしね」


 私は靴を持って、ぶらりと歩き始めた。

 自然を足から感じる。

 そうしていると、なんだか自由になったような気分になる。


 服だとか、建前だとか。人はそういうもので自分本来の色や形を隠しすぎていて、それが時々窮屈になることがある。


 皆裸になってしまえばいいのに、と思う。

 裸になって、嘘を忘れて、全部本当だけで関係を築けたら。

 雪羽とだって、もっと仲良くなれる気がするのに。


 私自身が裸になれないから、仕方がないんだけど。

 本音を包み隠さず話したら、きっと雪羽はいなくなってしまう。


 ケサランパサランはその存在を誰にも話さず飼育するのがいいらしいけれど、雪羽はそうもいかない。


 雪羽には雪羽の人生があって、考え方があって、感情があって。

 それはきっと私と噛み合うものじゃなくて、無理に合わせようとしたらどっちかが削れてしまうんだと思う。


 自然にぴたりと凹凸が合うような関係じゃないと、結局はうまくいかないのだ。きっと。


 好きっていうのも同じだ。私は彼女が好きだけど、彼女も私のことを好きになってくれない限り、この気持ちは打ち明けられない。そうじゃないと噛み合わない。


 だから私は気持ちを心の奥底にしまい込んで、本音を隠していく。


 全部曝け出してしまいたいというのはきっと動物的な欲求で、それを止めるのは今まで私が生きてくる中で培ってきた理性で。

 普通な私は、普通じゃないことをできないのだ。


「ゆーきはっ!」


 それでも自然が、私の心をちょっとだけ開いてくる。

 いつもより少し大きな声を出して、多めに笑って。


「私、雪羽の目が好き!」

「え」

「いつも私のこと、ちゃんと見つけてくれるから!」

「そっか」


 雪羽はやっぱり、冷たい。

 ちょっとくらい動揺してくれてもいいのにな、と思う。


 でも、まあ。

 別にこれは、愛の告白ってわけでもない。私はそもそも彼女と恋人になりたいわけでもないのだ。


 一緒にいられれば、それで。

 それでいい。それが幸せだから、他には何もいらない。無駄だってわかっているのに告白なんてする気はない。


 いつか、この関係がなくなるとしても。

 いつか、雪羽が誰かと付き合っても。


 二人でいられたこの時間が無かったことになるわけじゃない。

 この時間さえあれば、私はこれからも生きていける。

 その、はずだ。

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