第10話 バレも気づかないが救い?

『続いてのニュースです。本日の感染者数は・・・』


夕方のリビングでは、普段と変わらず大学から帰ってきた姉がいつも通りソファーに座りTVを眺めている。母は晩御飯の支度だろうか、いそいそと買ってきたものを冷蔵庫にしまい作業をしていた。


「ねぇ、自由のところもこんな感じで授業してるの?」


「まぁ、そうだなぁ。休み時間以外はみんなマスクを着けてるよ。たまに全員が同じ顔に見えてくるときもあるぐらい」


「確かに、今の子はみんな同じような感じだしね~」


そう言いながらスマホをいじっているのは、木下家の長女である今年で21歳を迎えた大学生、木下朱音(あかね)であった。肩甲骨まで伸びた髪の毛は、大学生に進級してからというもの明るく染め高校生の時のような芋臭さはだいぶ薄まっている。そんな彼女も今のご時世、授業はほぼオンライン講義となっており大学に行くこと自体が減っているためか、今日も朝から家で怠惰を続けているのだった。


「自由も最後の高校生活がこんな感じじゃなんだかやる気が起きないよね、とりあえず受験を済ませればあとは適当に行きな」


「そんなんじゃ、母さんたちに怒られるだろう。まぁ、今のところ結構楽しいからこういった時代も悪くないと思うけどね」


「ふ~ん、でもあまり夜遊びはしない方がいいと思うよ。これはアドバイス的なやつね」


一瞬、手に持っていたコップを床に落としそうになった。きっと動揺したのだと思う。まさか見られていたのだろうか・・・

ゆっくりと後ろを振り向く母は依然として作業をしている、見たところこちらの会話に関しては聞こえていないだろう。


(とりあえず気づかれないように・・・)


「わかったよ、ほどほどにしておく。これから受験もあることだし大学生になれば気にせずにできるもんね」


「あー、まぁそうだね。未成年なんだからさ、まだ。注意して歩くんだよ」


そういって立ち上がり自室へと帰っていこうとする朱音。彼女は立ち去る間際、二人にしか聞こえないほどの声量で呟いた。


「服装もだよ、あまり心配させないでね」


俺は気づいていないようスマホを凝視し続けていた。ここで反応を示したのであればきっと彼女が見たであろう姿を肯定するような気がしたからだ。

別に言ってもよい隠し事なはず、だがそれはあえて選択せずにその場は過ぎ去っていった。


いつの間にか心安らぐ家というものに対して窮屈さを感じているのであった。


☆☆☆


「ほうほう、なるほどねーそれじゃあお姉ちゃんは気付いている可能性があるというんだね。よかったじゃん、もしかしたら理化してくれるかもよ~?」


「もし、そうだとしてもこっちから遠慮したいです。身内で変な目で見られるって結構、心苦しいものがあると思うんですよね・・・」


翌日の夕方、俺は彼女に連絡をして近くのファミレスで夕ご飯を食べていた。仕事終わりということもあり、断られると思っていたが彼女自身も定時で上がれてこの後の時間は何もすることがないということだったので時間を合わせて行くことにいた。

ちなみに俺の服装と言えば前回と変わらず女子生徒の制服である、彼女と合流する前の時間帯でネットカフェに立ち寄って着替えてきたのである。


「それにしても今日も女装してきてくれたんだね~、なんか前と比べて変わった?」


「何がです??」


「なんだろう、最初に会ったときに比べて堂々としているというか…なんだかリラックスしている感じ?」


「そんな事は…あるかもしれないですね」


正直、徘徊していた時よりも今の自分は気持ち的にリラックスしている気がしていた。人目を気にコソコソと歩いてあの時よりも…


「雪音さん、この前言ってたじゃないですか。『他人の事を対して見ていない』なんて言葉のおかげかもしれないですね」


「そっか、それならよかったよ」


そう言うと満足げな顔でビールを飲むほしていった、その飲みっぷりに思わず笑ってしまう。こんな女装した姿で笑ったのは生まれて初めてだっただろう。


☆☆☆


そうして楽しくも短い時間というのはあっという間に過ぎていった。時刻はすでに午後9時を示している、補導される一時間前だ。俺はすでに着替えを終えており、彼女と別れた後の少し暖かくなった風邪を浴びて帰路についていた。

楽しくて舞い上がった感情はすでに、ある程度さめており今、頭の片隅に残っているのは姉である木下朱音のことだった。


「言った方がいいのかな…」


家族に隠し事をしている、その塊が頭から離れずに残り心配事はこの暖かい風と一緒に流れることはなく、ずっと停滞し残り続けているのであった

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