第7話 幕間のタイミング

あの時のピザの味はもう忘れた。

食べ物の味なんていうのは、すぐに忘れてしまうもので、勝手に上書きされてしまう。

けれど、誰かと会ったととか何を話したかなんてものは記憶としては残っているから不思議なものだ。

よく周りの大人達はお酒を限界ギリギリまで飲んだ場合は、覚えてないことが多々あるらしいけど基本的に覚えているものだ。

そんな事を考えつつ、俺は部屋の天井を見つめながらあの時、言われた事を思い出していた


『よし、私が君の女装を手伝ってあげよう』


不思議な人だと思った。自分の事を『変な人』と思わず受け止めてくれたのだから。


あの夜、大人として未成年の自分の事を心配した考えが他の人と違う。

そしてあの日の帰り際、彼女から休日に会わないか、と提案された。予定も特に無く空けておくことに。彼女からは女装用の服を持ってきてなんて言われ、制服を綺麗に折り畳みリュックの中へと入れ、約束した日曜日を迎えることになった。


⭐︎⭐︎⭐︎


「ここが雪音さんの家…」


高くそびえ立つマンション、1階にはエントランスもある。タワーマンションとまでは行かないがかなり自立した生活を送れている人なんだな、と実感する。


(会った時なんて大体お酒飲んでるから全然分からなかった…)


人は見かけによらぬもの、大人になればその言葉はどんどん大きくなっていくものだろう。

入口に備え付けられているボタンに部屋番号を入力し呼び出しボタンを押した。

数秒後、入口が開き5階へと向かっていった。


「えっと、この部屋だもんね、たしか…」


504号室のインターフォンを鳴らすと直ぐにドアが開いた。

そこにはちょうど今さっき起きたような黒のショートパンツにパンダ柄のシャツを着た駒形雪音が立っていた。

「あ、おはよ〜入って入って」


「お、お邪魔します…」


入り口に置いてあったアルコールで手を消毒し中へと入る。部屋の中は綺麗に整理されており、洗面所は必要最低限のものしか置かれておらず、動画の家紹介で見るような落ち着いた雰囲気だった。


「ごめんね~、昨日夜遅くまで残っていた仕事を片付けてたから寝るのが、日にちを跨いじゃって。今さっき起きて朝ご飯を食べ始めたところなんだ」


机の上には、食べかけのトーストに中身の入ったマグカップが置かれている。まだ湯気が立ち上っているのを見て噓じゃないことを確信した。


「いえ、俺の方こそお邪魔させてもらってすみません」


「いいの、いいの。私が呼んだんだしさ。あ、立っているのもアレだしそこのソファーにでも腰かけて。私も朝ごはん食べちゃうから、今日の予定でもお話するよ」


そう言われてベージュのソファーに腰を掛けると、雪音さんはココアを持ってきてくれた。コーヒーだと好みが分かれるからだろうか、そしてそのまま真向いの座布団が引かれてあるところに腰を掛けて俺の斜め前に座り食べ始めた。


「あの、こっちで座って食べないんですか?」


「あー、パンの食べかすとか落ちるじゃん?ソファーを掃除するのがめんどくさいからね。ご飯食べるときはこっちなのよ」


自分なりのルールがあるのだろうと感じつつ、出されたココアを飲み込んでいった


☆☆☆


「と、いうことで今日は女の子二人でお買い物に行きたいと思います」


「は?」


朝ご飯を食べ終えた雪音さんは、ソファーに座ると突然、今日の予定を話し出した。

買い物に行くことは教えてもらっていたけど残る疑問としては『なぜ女の子二人』という言葉つくのだろうか。


「ねぇ、もしかして私が女の子になっていることが気になった?子がつくような年頃じゃないはずとでも思った感じ?」


「いや、別に其処は気にしていませんけど。いや、そこじゃなくてどうして女子二人何ですか、俺男なのに・・・」


「え、だって今日さ、女装用の服を持ってきてって伝えたでしょ?」


まさかそれって・・・


「女装してお買い物に行こう!ってやつですよ。これなら、女子二人でお買い物っていうのも噓じゃないでしょ?」


俺の人生初の女装デートはこうして幕を開けたのだった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る