摩那斯の武神
竜崎
摩那斯
ひゅう、と風が舞った。黒く長いポニーテールがたなびく。標高の高い山の崖に切り立った歩道を風の中、2つの影がゆく。一人は腰まで長い黒いポニーテールの、背丈ほどある槍を片手に携え、旅使いに長けているような厚くもなく薄くもない羽織を羽織っている女。もう一人は紅いマントをたなびかせ、こちらも黒髪を背中まで垂らした男。二人無言で風の中を歩いている。
「…………」
女が鈍色の空を仰いだ。空の向こうは不自然に雲が渦が巻いている。
『急いだほうがいいな』
女の声が男の脳裏に響いた。
遠くの地点から渦巻く邪気を感じる。
──飛ぶか。
女はそんな思念を感じて、うなずく念を返した。
ぎゅるる
男のマントが布の擦れる音を激しく立て、膨張した。骨部分に刃が備わった翼が広げられ、中型の紅い竜に变化した。女は手慣れた手付きで竜の背に飛び乗り、竜が勢いよく宙へ舞った。翼を広げ、渦巻く雲の真下へ一直線。
◆
岩盤がむき出しになった平原には、数え切れない程の魔物がいた。地にも空にも数多の化物。少し距離を置いた崖に竜は着地する。女は凄惨な光景にも眉一つ動かさず、眼前の光景に目をやりながら地面へ降りる。魔物たちはまるで何かを待っているかのように天を仰いで立ち尽くすばかり。女は西に目をやる。広がる森にぽつんと村があるのを空からも目視していた。
『余波を受けかねないな』
うなずきの念が返ってくる。
『とっとと片すか』
手元の槍をひゅと中へ放る。バサリ、と羽織をぬいだ。背後で男は高く跳躍し、マントを変化させて再び深紅の竜へ。翼を広げ空の魔物の群れに向かって駆けた。女は羽織を腰に巻くと、くるくると落ちてきた槍を受け取り、崖を飛び降りて森へと溶け込んだ。
◆
ドガン!
森の端から火炎が激しい音を立てて一直線に群れに突っ込んだ。魔物の視線が瞬時に集まる。火炎の中から女が現れた。焼け爛れた魔物に槍を突いて頭にのしかかっている。ビッと槍を抜くと天に向かって飛び上がり、それを呆然と見上げる一体めがけて一直線に石突きを叩きつけた。空気が振動する。群れが動き出した。四方八方から女めがけて魔獣たちが駆け出す。ゆらりと立ち上がった女は構えるでもなく、直立不動。風が激しく吹き付け、髪がはためく。女の背後から狼型の魔獣が飛びつく。が、喉笛を槍が貫いた。振り向きもせずに脇から後ろへ突いたのである。その異様な一撃に何者も怯みもせず、雪崩のように襲い来る。
ザッ
地面を革靴がこすり、無駄なく躱す。槍が急所をよどみなく襲った。その場に留まり続けて必要最小限の動きだけで、一体一体、時に複数同時に、着実に仕留めていく。その機微は舞うかのようにコンパクトで、大胆で。顔色一つ変えずに圧倒的な数をものともせず淡々と片付けていく。槍は身体にまとわりつくようにくるくると舞う。槍を突き立てる度に腰の羽織りがふわりとなびく。
一方で、空では竜が魔物の群れと対峙していた。素早く回転するとその翼の刃に何体か一気に斬られ地面へ落下する。口から炎を溢れさせ、勢いよく解き放った。火球は弧を描き、空中の群れにまばらにあたり爆ぜる。煙の中を旋回しつつ、身近な小物は翼で斬りつける。
着実に両者群れを削っていった。しかし魔物の軍勢は数を余すところ知らず。全体の十分の一にも削りは満たない。が、彼女らにはほんの準備運動に過ぎなかった──
◆
パリッ
乾いた空気に静電気が走る。その瞬間ドゴン、と稲光が群れの中央に落ちた。パリッ、パリリッ、連続して稲光が続く。その地面からは黒いモヤが涌出初めていた。その様子を竜が視覚に捉える。
『準備は上々か……』
まるで自分で見たかのように女が反応する。と、これまでの動きから転調させた。女は脚を一まわし空を切り裂き、ボッと足に紅い光を灯した。飛びかかる魔獣を回転して躱し、舞うように斬りつける。その足の軌跡にはふわりと印の刻まれた帯が漂っていた。女は先程までのコンパクトな動きから一転、まるで演舞でも見ているかのような動きで次々と敵を仕留めていった。光の帯がだんだん形を成していく。途中何重にも回転したり、空中に複雑に弧を描いたそれは、女が起点にたどり着いた途端に形をはっきりさせたものに変わった。竜はその巨大な"魔術陣"から遠ざかる。
「焔柱──」
ドンッッ
巨大な陣を中心に、灼熱の炎柱が陣を呑み込む。炎に食われたものは骨一つ残さず無に帰した。
どよめきが広がる。恐怖のそれと、奮起の気配。
竜が岩盤の縁に沿って、女が操っていたものと同じ緑色の光の軌跡を描き始めた。高速で線を結びながら、追尾してくるものを斬り落とす。その跡には竜の動きの軌跡が残るが、ゆっくりと帯は形を変えてゆく。帯が円を紡ぐ瞬間、陣が現れ風の防壁が築かれた。狼狽して逃げ出したものはばちんと弾かれ、閉じ込められた。魔物たちの叫びが共鳴する。それに呼応するかのように、地面から湧き出ていた黒いモヤが吹き出し始める。ふと、モヤから波紋が広がった。一瞬魔物の動きが止まる。
グギギガガァァ
魔物たちの共鳴が地響きのように振動した。その目はどれも赤く血のように鈍く光っていて。
「…………」
女は槍をくるると振り回しビッと血を払った。
『ハク』
女の思念が竜に向かって飛ぶ。空中を旋回しながらハクと呼ばれた竜がなんだ、と思念を返す。
『こいつ終わったら次どこの世界かな?』
『……わからん。天照に聞け』
『
女は肩をすくめる念を伝える。
『フユキ』
竜の腹に落ち着くような低い声が女の脳裏に響いた。
『ん?』
『あんまり遊んでる場合じゃないんじゃないか』
『そうは言っても、ねぇ……』
フユキと呼ばれた女は槍をくるりと一回ししてひょいと投げた。
『今回も大したやつじゃなさそうだし……』
『討滅に遊び心を抱くのは関心しないが』
『ハクも楽しんでるだろう?』
楽しんでなどいない、という否定の思念が伝わる。本当に? と意趣返しの念を返した。
グォォォォォォォォ……‼
黒いモヤが地響きと共に勢いよく吹き出す。
『あと少しだな』
フユキの思念がハクに伝わったところで、地鳴りを聞いた魔物の群れが二人へいっせいに視線をぎょろりと向けた。ハクがより一層高く飛ぶ。フユキは八の字に槍を振り回し、後ろ腰に取った。一瞬目を閉じ、す……と瞼を開ける。凛と敵を見据え、
「……来いよ」
うすら口角を上げ、左手をくい、と群れに向かって差し出した。
オオォォォォォン
群れが悲鳴をあげて二人目掛け突進し始まった。
◆
フユキはその場で足を光らせ、地面をくるりと一書き。フユキと群れの間に巨大な赤い術式が現れた。彼女はその場の円の中心を踏み込む。それに呼応してドンッ、と激しい爆発が群れの先頭を襲った。先陣がばらけた群れにフユキは飛び込む。空中でくるくると四方八方と激しく回転して光の帯をするするとひく。すとっと着地した瞬間閃光が爆ぜた。群れの先方がぼろぼろと瓦解してゆく。煙のすき間からかいくぐってとび出してきた個体を切り裂きながら、群れにどんどん突っ込んでゆく。とっ、とっ、魔獣の頭を切り裂きがてら飛び移り、高く舞い上がった。くるんと一回転。緑色の帯をひき円を結ぶ。空に舞い上がったフユキの足元に術式が浮かびあがり、フユキはそこに足を触れる。瞬間、激しい旋風が彼女を空へ一瞬で打ち上げた。足と手に紫色の光をたずさえ、自由自在に回転しながら落下する。術式が複数フユキの落下地点に組み上がり、最後に緑色の帯を一回り。緑色に光る術式を先頭に、複数の陣が組み上げられ、先頭の陣を通過した。地面に向かって一閃。一陣の風と、激しい落雷が地面を穿った。
この術式は本来ある詠唱や魔法陣構築の段階を全て脳内で組み上げ省略し、精神力で練り上げた帯に術式を籠め、設置位置を帯に組み込んで自在に変化発動させられるものである。どの世界にもない、二人独自体系の魔術。精神力が要なので、戦闘しながら術を敷けるし、舞のように攻撃を避けることで術式を補完したり強化したりすることもできる。フユキは演武のような動きで巨大な陣を敷くし、ハクは短い手腕の動きに力をこめ、強力な術を発動させる。
一方空中では。魔獣が流れるようにハクめがけて雪崩れ込んでいた。群れから遠ざかりながら尾から紅い光を引く。引かれた帯は短く細切れになり複数の術式となった。近づいた群れめがけて火球を放つ。続けて翼に光を帯同して旋回。火球で追撃する。群れの先頭の勢いを弱めたところで、ハクはマントを翻し人型に戻った。その背負うマントは竜の翼の状態のまま、三本の骨は刃のまま、翼の端は布切れ状となっている。そのまま滑空しマントを翻した。そのマントの裏には梵字のような文字が羅列されており、マントの裏から無数の火縄銃が空中に現れた。よどみなく一本を抜き、群れの中心を穿った。数体吹き飛ぶ。銃は光のくずとなり散り、すぐさま次の銃をくるりととり、片手で撃ち放つ。滑空しながら銃撃が続いた。
武器を流星錘にすげ替える。ひゅんひゅんと回すと群れにむかって一直線。紐上に魔術帯を走らせて爆破。群れがボロボロ瓦解していく。群れから外れた敵は流星錘で叩き落としていく。
次に三接骨の刀に持ち替えて、群れに突進していく。一体一体確実に仕留める。高速で群れの中を自由自在に飛び回り切り裂く。
武器を鎌に持ち変えた。一体一体飛びかかり切り裂く。その動きは流水のようにとどまるところを知らず。群れの数も半分ほどに減った。
地表のフユキも息1つ乱すことなく、残り半数となった魔獣と相対していた。と、そこに。
グワワワワワォォォォ……ッ!
これまでで一番強い咆哮が鳴り響いた。黒いモヤはだんだん結晶身を帯びてきていて。赤く鈍く、歪な光を放っている。キンッ、赤く鋭い光を放った。
ズドドドドドドドドッッ! 地面から赤黒い牙が魔物たちを襲った。フユキは眉根一つ変えずに眺める。ふわりと横髪がなびいた。牙に襲われた魔獣は赤黒く爛れて牙に染み込んだ。
吹きでるモヤがパキパキと結晶と化していく。パキンと結晶が割れるとこれまでにない邪気が二人を襲った。
「おはよう……あるいはコンニチハ……?」
中から出てきたのは真っ黒な年端も行かない子供だった。
「ようやくお出ましか。
「
「そっちこそ、ちまちま転生してはあちこちに現れて、精が出るな」
災禍の化身。世界各地に現れる邪気の結晶体。それを討伐するのが『摩那斯の武神』であるフユキとハクの役目。『摩那斯』というのは通称で、武神は他にもたくさんいる。ほとんどが天界に存在しているが、天界を毛嫌いして下界を放浪している武神はフユキ達くらいのものだ。ちなみに『
「ところで摩那斯の武神よ……こんなところで世間話をしにきたのではないのであろう?」
災禍の化身が手をバキッと鳴らし臨戦態勢へと入る。フユキは槍を後腰にまわした。
ドンッ
岩盤を捲りあげながら化身は突進した。
「アハハハハハハァッ……‼」
闇の波動を纏い、狂気に満ちた表情で一直線。フユキに達したその時、
りんっ
静けさが辺りを包んだ。化身の硬化した手先はフユキの槍が受け止め、先程の衝撃などなかったかのように静まりかえった。フユキはいたって槍を構えている以外直立不動だ。
「それで?」
涼しいようで、煽っているような、斜に見下ろした顔で何事もないかのように言った。
「楽しませてくれるんだろう?」
「……ッ!」
空いた手でフユキの身を切り裂くが、くるんと躱し、槍で空を何回も切り裂き勢いをつけてガツンと化身の腕に叩きつけた。災禍の化身の攻撃をひらりと躱しては遠心力を乗せた槍を叩きつける。一進一退の攻防は、フユキの舞のような無駄のないかつ素早い動きで一枚上手のように見えた。
「まさか、やられっぱなしなわけないよな?」
「ハッ、そんなわけ!」
災禍の化身は両腕を地面に突き付けた。フユキの足元から、先程魔獣たちを貫いた牙がせり上がる。バキッ、バキキッ、次々と牙は地面を貫く。上空に飛び上がったフユキは足場を失う。左足に緑の光を灯し、一回転。陣を形成し、足を触れさらに上空へと舞い上がった。そこに化身の放った矢が無数襲った。ひらりと躱すが、矢は反転して返ってくる。矢が黒い軌跡をひく。フユキは風の陣を複数敷き詰め、とんとんとんっと空中を縦横無尽に宙を駆け回った。陣を踏み抜く過程で矢を破壊する。しかし矢はどんどん生成されフユキを追尾する量も増していく。フユキはぎゅるっと二重に回転すると大きめの緑の陣を敷いた。そこに着地すると、より大きく跳躍した。跳躍先で竜型に变化したハクに拾われる。ストッと跨るとハクは速度を上げて上昇した。化身の放った矢はハクに到達したかと思えば、ハクが急旋回して躱す。その過程で術式を編んだフユキが数多の火球を放ち撃ち落とした。矢を放ち続けながら災禍の化身はメキメキと翼を生やし、空に飛び立った。ハクを追尾する。ハクは急降下し、その身体にかかる重力をたんたんといなすフユキ。まるでハクの動きを理解しているかのような身のこなしだった。実際、己の手を動かすように理解していた。フユキとハクは視覚に始まり全ての感覚を共有していた。感情が動くだけで相手にそれが伝わる。もっとも、ハクには感情らしいそれは限りなく希薄なのだが。思考だけで会話し、視覚を共有することで視野を360°に広げ、互いの動きを自分のことのように理解する。自分の身体のように竜に跨るのも、背後の敵が見えていたかのように仕留めていたのも、彼らの感覚共有の為せる技なのだ。
ドッドッドッ
化身の矢が硬い岩盤にあたりえぐる合間を縫うようにハクが地面すれすれを滑空する。ひゅん、一羽ばたきで天空へ舞い上がる。地面を背に、化身めがけて急降下。口から灼熱の炎を吐き出す。しかし硬化している化身の翼に遮られた。ハクの背後を飛行型の魔物が群れとなって襲う。ハクの背中からフユキが飛び上がった。一体に槍を突き立てると次々と獲物を仕留めた。地面がないことを忘れるかのように、空中を己の戰場と言わんばかりに舞い踊る。
『あまり遊んでいる場合じゃないんじゃないか』
『遊んでない、茶化してるの』
『…………』
「遊びは、そろそろ終わりだッ……!』
──ほら
『ちぇっ』
災禍の化身が魔物の群れに向かって数多の矢を放った。矢は突き刺さるとパキィッと結晶化する。邪気が化身へと移るのを二人感じる。災禍の化身の翼がパキパキと広がる。ドクンと脈打つと幼体だった身体が急激に成長した。筋肉が肥大化したその隆々とした身体からは激しい邪気の波動が湧き出る。先程築いた周囲の風壁が小刻みに揺れる。フユキはハクの背に着地すると指に緑色の光を灯し帯を敷いた。
「風狼」
いくつかの陣から大型の狼が一頭と中型の狼が七頭現れた。
「結節点で結界の強化を頼む」
七頭は直ちに身を翻して散った。
内の大型の狼は、
「相変わらず一所に留まらないねぇ」
とフユキに一瞥くれた。
「これで留まるように見えるか?」
肩をすくめる。
「そういうお前だって、あちこち飛び回ってるじゃないか」
「お前と違ってこちらは使命なのでね」
「こっちだって似たようなものだろ?」
「フン」
鼻で笑うと女の声の大狼は走り去った。
これで結界は問題ないだろう。最寄りの村にも影響はないはず。
「さて、」
二人は災禍の化身に視線を合わせた──
◆
二人めがけて化身は一直線。フユキは空中に飛び上がった。ハクはすれすれでひらりと躱す。フユキはぎゅるると横回転して緑の帯を多重にひく。化身めがけて複数の陣を設置した。一つ目の陣を通過した瞬間災禍の化身めがけ加速した。陣をくぐるたびに加速度をつける。石突きを化身に叩きつけた。バキッ。化身の翼が欠けた。化身の大剣がフユキを襲うが、空中で身をひねり避ける。避けながら回転させ遠心力をつけた槍を剣に叩きつけ、軌道を逸らす。叩きつけた反動でフユキはさらに空中に舞う。槍が舞い、フユキの痩身が空中を捻り、火花が散る。ひゅんっ、人型に戻ったハクの流星錘が六本襲い来る。硬化している翼に弾かれるもののフユキの動線の確保に役立っていた。ハクの流星錘の間を掻い潜って槍を回し続けるフユキ。流星錘の動きが思念に乗ってくるので一挙手一投足がわかる。流星錘に紅い帯を伝わせる。錘が化身の腕に届くと爆発した。フユキが一閃、光の矢のように化身の胸めがけて槍を突き付ける。ガギン。槍は硬化した皮膚を貫けなかった。
「…………」
剣戟を躱して後方のハクの元に飛び下がる。
「硬いな」
「わかりきったことだ」
「……それもそうだなぁ」
わかりきったこと。この戦いの終わりも。
「そろそろ飽きそうだし……、終わらせるか」
ヒュル……。風がふきぬける。
ハクがフユキに近づく。その身体が金色の粒子へと変わった。フユキは槍を正面に構えると、くるりと大きく一回しした。石突きからざわ、と槍が粒子に溶ける。ハクと槍の粒子がフユキに溶け込むと
シャン
と音を立て、金色の円環が背に現れる。す、と瞼をあけると、瞳が金色に変わっていた。手を横に振ると金色の直線状のシンプルな槍が現れた。
「ふん、ようやく
「ビビらないのか?」
「まさか」
災禍の化身は血反吐を吐くように吐き捨てる。
「そうこなくちゃね」
武神はニッと笑った。槍を正面に構えてドンッと災禍の化身めがけて飛んだ。槍が化身の剣とぶつかる。時として空中に浮いているように、また時として重力に従属するかのように、自由奔走に武器をぶつけた。ガリッ、ガリッと化身の結晶を削りゆく。
ギャッと距離を開けると間隔を保ったまま空中を並走する。キンッとフユキは槍の中心を割ると二本をくるくる回し、二本の剣として構えた。足に光を灯して回転しながら陣を構築して火球を化身に放つ。露を払うかのように化身にかき消される。煙の中から化身に直突する。目にもとまらぬ斬撃の切り合いが繰り広げられた。化身はまがまがしい大振りでありながらも、フユキの細かいコンパクトな斬撃に耐える。少しずつ化身に傷が入る。怒涛の切り結びに災禍の化身がようやっとフユキを突き放すと、
「この……っ!」
無数の矢が帯を引きながらいっせいにフユキを追尾した。光のような速さで矢をかいくぐりうねる。フユキの背に広がる景色をハクが見る。フユキはハクの視界を脳裏に前を見据えた。矢はどんどん数を増す。避けるのも面倒になってきた頃、速度を保ち続けたまま矢の方を振り返った。その姿はまるで無重力の中を駆け回っているようで。腕を横に薙ぐと金色の粒子がフユキの周りに溢れた。溢れた光は無数の小型の細長い長方形型となる。矢に向かって光の雨となって降り注いだ。
ドドドドドン
矢が全て爆ぜる。
「ちぃっ……!」
化身が矢を再生成する。
フユキは地面に突き刺さった刀を手腕で浮き上がらせると、矢に向かって光速で走らせた。空中で矢と刀がぶつかり合うと矢が爆ぜ、刀はそのまま化身に直行した。化身は剣を構え相対する。数多の刀が災禍の化身を襲った。刀は全て貫通し、剣に撃ち落されたもの以外は的中した。
「なんだ、案外脆いな」
手腕で操作していたフユキは心底残念そうに呟いた。
「こんのぉ……っ」
穴だらけになった化身はフユキ目掛けて剣を振りかざした。
フユキは二振りの双剣を繋げて一振りの槍に戻した。大きく跳躍して加速しながら化身を捉えた。
ドッ
空気を振動させながら災禍の化身を貫いて地面に叩きつけた。
「今度会うときはもっと楽しませてくれよ?」
不敵にフユキは笑う。
「……ちっ」
災禍の化身は身体からモヤを発して空へ帰した。
武神は長きにわたる戦いの生の中、戦闘への楽しみを探し求めていた。最強の武神となった今、彼女を愉しませることができるものは少ない。この先、彼女らに愉悦を与えるものは現れるのか。
二人の長い旅路は、続く──
摩那斯の武神 竜崎 @tatuzaki
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