第32話 一日一悪(前世武将アニマル軍) 危機一髪

 名乗らぬハクセキレイが捕まったことで、今まで成り行きを見守っていた名乗らぬコウモリが動き出した。


 木の枝にぶら下がる名乗らぬコウモリが口を大きく開けた。ゆっくりと顔を振っていく。


 仁王立ちだった立花宗茂プレーリードッグが、卒倒したように突如倒れた。


 黒田官兵衛ハリネズミは脳に違和感があるのか、しきりに頭を振っている。


 豊臣秀吉リスザルの全身はぶるぶると震えだした。寒さからでも、恐怖からでもない。勝手に体が震えているのだ。捕獲した名乗らぬハクセキレイが逃げ出さないようにと注意を払うが、名乗らぬハクセキレイはぐったりとして気を失っている。


 武田信玄ハトと名乗らぬセキセイインコと名乗らぬモンシロチョウが、上空から地上に落ちてきた。地面で羽を震わせ痙攣けいれんしている。


 歩く毛利元就イヌは四肢がもつれて倒れた。力が入らないのか、もう起き上がれない。


 朦朧もうろうとする伊達政宗ネコは、木の幹に爪を立てたまま尻から滑り落ちていく。


 前田利家シマリスは枝の上でぐったりしている。


 ふらふらする保科正之アライグマは、襲い来る脳内の違和感と闘っている。


「超音波の攻撃か」

 織田信長ウサギは刀を放り捨て、長い耳を折り畳んで塞ごうとした。だが無駄みたいだ。

「黒田官兵衛が言っておった、音響術(音響兵器)じゃな」

 苦々しくひげを揺らそうとするが、うまく動かない。もだえながら名乗らぬタヌキを見遣る。

「タヌキ、まだか?」


 名乗らぬタヌキはうずくまったまま名乗らぬと交信し続けている。だが、とうとう限界らしく、気絶するように横たえてしまった。


「前世武将アニマル軍の、最初で最後の敗北か?」

 織田信長ウサギは鼻で笑うように片髭を上下させた。

「動いた」

 髭が動いたと同時に、得体の知れない違和感も消え失せた。


「音響術が止まった」


 しゃきっと胸を反った織田信長ウサギは、長い耳の穴を背後に動かした。次の瞬間、地面に落ちる音が聞こえてきた。気を失った名乗らぬコウモリが、ぶら下がっていた枝から落ちたのだ。続いて、長い耳の穴をぐるりと動かした。瞳も三百六十度見渡している。


数多あまたの蛾が、コウモリを取り囲んだんじゃな」


「効果が出るまで、かなりの数の蛾が必要じゃったみたいじゃ。間に合って良かったわ」


 意識を取り戻した名乗らぬタヌキが、織田信長ウサギのかたわらにやってきた。


 他の前世武将アニマル軍の皆も元気になり、次から次へと近寄ってきて車座が出来上がっていく。


 保科正之アライグマは自らの体に巻いていた縄を解くと、それを名乗らぬコウモリに巻き付けて捕獲した。縄の余った端をくわえると、ひょいと縄に巻かれた名乗らぬコウモリを背中に乗せて歩き、車座の輪の中央に下ろした。名乗らぬコウモリは失神したままだ。


 二足で歩いてきた豊臣秀吉リスザルは、提げているヌンチャクに巻かれた名乗らぬハクセキレイを、地面に置かれた名乗らぬコウモリの横に置いた。


 名乗らぬハクセキレイの意識は戻っていて、それ故、何をされるのかと目を見開いて怯えている。


「蛾殿が、ひたすら蛾たちを呼び集めてくれたおかげじゃ」


 名乗らぬタヌキは自分の耳先にとまった名乗らぬ蛾をねぎらった。


「集まってくれた蛾たちのおかげじゃよ」


 名乗らぬ蛾はいたわるように、周囲の木々の枝や幹にとまっている蛾たちを見回した。


「殿。どんな作戦をとったんです?」


 織田信長ウサギの横に座った豊臣秀吉リスザルが、興味津々の表情で興奮気味に急かした。


 あごを持ち上げた織田信長ウサギは、得意げに髭を上下させた。


「蛾はコウモリのえさじゃ。じゃからこそ、進化の過程で蛾は、捕食者であるコウモリから逃げるすべを得た。その一つが、妨害超音波じゃ。垂直に立てた翅を細かく振動させて妨害超音波を出すのじゃ」


「妨害超音波じゃと?」


 驚いた豊臣秀吉リスザルと同じように、他の皆も驚き興奮した。


「妨害超音波を利用した作戦じゃ」


 一際大きく鼻を鳴らした織田信長ウサギの長い耳が、名乗らぬタヌキを指した。


「ここに集まってくれた蛾たちは転生アニマルじゃない。じゃから、転生アニマル音は通じぬ故、転生アニマルの蛾殿に通訳してもらった。それで、呼び掛けに応じた蛾たちが、コウモリを取り囲み、それぞれ一斉に妨害超音波をコウモリに浴びせたことで、コウモリの音響術は封じ込められたんじゃ。いやそれ以上の効果が発揮された。名乗らぬコウモリ自体にも打撃を与えたんじゃ」


「蛾よ。おぬしらは、天敵であるコウモリから逃げるというのに、勇敢にもわしらを助けに来てくれた。褒美をつかわすぞ。何なりと申せ」


 織田信長ウサギは謝意を伝えながらも、蛾の数の多さから、表情は辞退せよという凄みに満ちている。


 通訳である名乗らぬ蛾は、蛾たちに織田信長ウサギの言葉を翻訳して伝えた後、蛾たちの言葉を翻訳してそのまま伝える。


「ほほほ褒美はいりません。いや……ですが……やっぱり……」


「いや? ですが? やっぱり?」


 苛つく織田信長ウサギの髭が波打った。


「聞いてやれ」


 名乗らぬモンシロチョウがうながすと、豊臣秀吉リスザルも同調した。


「です、です。皆も聞いてあげて欲しいと思ってますよ」


 不満げな織田信長ウサギの両目に、車座の皆が頷いているのが映る。


「なんじゃ、言うてみよ」


 さも面倒くさそうに織田信長ウサギは鼻を鳴らした。


 名乗らぬ蛾が通訳する。


「わしらは野生の蛾です。ですから、一度、転生アニマルたちが小姓(飼い主)から奪うという高級なフードが食べてみたいです」


「わかった」

 即座に返答した織田信長ウサギが、隣に座る豊臣秀吉リスザルの顔が映る片方の目をウインクさせた。

「サルに任せた」


「またわしですか?」


 自分の顔を指さした豊臣秀吉リスザルは、やれやれと肩を落とした。

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