第21話 トト(織田信長ウサギ)対 遙香(明智光秀ヒト)
「明智光秀はそこまで悪い奴じゃないよ」
剣斗の背を見送った遙香が、きりりとトトを見遣り、しみじみと鳴いた。
「何をぬけぬけと、謀反人が! なんでわしを殺した?」
怒ったトトがぴくりと髭を上下させ、遙香をぎろりと睨んだ。
「嫌いじゃったからじゃ」
冷めた瞳でトトを見下ろす遙香が淡々と鳴いた。
「ききき嫌い……」
子供のような返答に、卒倒しそうに目を白黒させたトトは、苛々した表情で畳を後足で連打した。
「それと、わしが理想とする天下人と違っておったからじゃ」
「それでおまえは、自ら天下人になろうと……傲慢たれめ」
「あんたに言われたくないわ」
つんとそっぽを向いた遙香は、いなすように手を横に振り、不満を垂れたるように憎々しく鳴いた。
「遙香の夢を奪おうと企みおって」
ふんと顎を持ち上げて白を切るトトに、胸を反らした遙香は睨んだ後、リボンを持つ手を回し始めた。リボンが宙でらせんを描く。
「遙香の夢は、剣斗と一緒にバイテク絵本を作る事じゃ。遙香が作、剣斗がバイオテクノロジーで作り出す絵。絵というか、絵をリアルに作り上げたものというか……。まあ、それはさておき、そんな夢を邪魔するなんぞ」
遙香は顔をしかめた。
「いや、邪魔じゃないな。遙香と剣斗を別れさせようとしたんじゃから、遙香の夢を崩壊させようとした」
「バイテク絵本だと?」
髭をぴくぴくと動かして薄笑ったトトは、現代でそんなものが作れるわけないと侮っている。
「剣斗は分子生物学者じゃ。そんで、バイテクカルス半導体の研究開発をするチームリーダーじゃ。バイテク絵本は、剣斗個人の夢で、バイテク絵本を開くと、バイテクカルスによって立体的でリアルなものが作り上げられるんじゃ」
「バイテクカルスじゃと? それはまさに夢物語」
トトは嘲笑うように鼻を鳴らした。
「バイテクカルスとは、未分化の植物細胞であるカルスを遺伝子操作したものじゃ。といっても、自在に分化させるまでにはまだ……」
「ふん。馬鹿馬鹿しい夢じゃ」
トトは悪態を吐くように鼻を鳴らした。
「やっぱあんたは嫌いじゃ」
激昂した遙香が、一気にリボンを大きく振った。
リボンがトトの首に巻き付くかと思いきや、前回とは違い、トトは機敏にするりとかわして逃げた。剣斗が居なくなったことで、本気を出したのだ。
「不細工ウサギが」
顔を歪ませた遙香が、憎たらしそうにトトを睨んだ。
せせら笑ったトトは顎を持ち上げ、意気揚々と髭を波打たせた。
遙香はリボンを畳の上に置くと、胸を反りつま先立ち両手を水平にやり指先を伸ばしてポーズを決めた。直後には、ふわりと宙を舞うかのようにトトに突進した。
高々と飛び跳ねたトトが、ボールを蹴るかのように伸ばしてきた遙香の足を、宙で身を捻って後足で蹴った。その刹那、遙香の右手がトトの横っ腹を叩く。いや、すんでの所でトトは、身を捻ってかわし、前足で遙香の右手を叩いた。その反動を利用してトトは、遙香から間合いを取って着地した。
「ちびっこいウサギのくせして、なかなかやるじゃないか」
「じゃろ。何度もウサギに生まれ変わっておる故の、身体能力の熟知、開発努力、訓練じゃ」
続けてトトは心の中で呟いた。
「何度も前世の記憶と共存して生まれ変わっておる故、膨大な知識は膨大な知恵となり、わしら(転生アニマル)の鎧となっておる。その反面、武将としての悪行は消えぬ故、悔み、悩み、苦しみまくるのじゃ。それは、孤独やひもじさよりも、プライドよりも、苦しいことじゃ」
垂直に立っていた長い耳が、意気消沈するように傾いた。だが、はっとするように、長い耳はきりりと立った。
「織田信長。あんたはわしには勝てぬ」
遙香がにやりとするように鳴いた。次の瞬間には、飛び跳ねると見せかけて屈むと、くるりと前転し、意表を突かれているトトを両手で掴もうとした。だが、長い耳で遙香の左手を叩いたトトは、遙香の左横に飛び跳ねて逃げた。
ジグザグに飛び跳ねて逃げるトトは、柔軟に伸ばしてくる遙香の手や足を、僅差でかわし続けている。
突然トトが、急反転した。
驚いて急停止した遙香の眼前で高々と垂直に飛び跳ねたトトは、遙香の頬を前足で叩いた。と思いきや、するりと身をくねらせた遙香が、ぎりぎりのところで避けていた。その直後には、遙香の指先まで綺麗に伸ばした足が、トトの腹を掬い上げようとした。
トトに向かって執拗に手や足を伸ばして攻撃する遙香の動きは、新体操の手具であるボールを扱うようにトトをボールに見立て、演技をしているかのように優雅で淀みない。だが、そんな攻撃も、トトには通用しない。威風堂々と力強く、トトは攻防を繰り広げていく。
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