第16話 小姓(伊達政宗ネコの飼い主)とトラキチ(伊達政宗ネコ)
「まるで神隠しでもあったかのように、一夜にして、檻の中はもぬけの殻になっていたということです。また、動物愛護センターの一階は、まるで洪水にでもあったかのように、水浸しになった痕があるということです。職員のみなさんは、怪訝に思いながらも後片付けをされています」
真剣な表情のリポーターだが、その声は視聴者の興味心を煽るような躍動感のある声を出している。
しばし呆然と立ち尽くしていた小姓が、声を絞り出した。
「どういうことじゃ? みな逃げたんか? トラキチも逃げたんか? 無事じゃろか? 無事じゃったら良いんじゃけど……」
祈っていて、気になることが頭に浮かんだ。
「こんな所に連れて来られたんじゃ。もう家には帰って来んわな」
がっくりと肩を落としたまま自転車に乗った。
項垂れる小姓が、家の前で自転車から降りたときだった。玄関前にいるトラキチに気付いた。
「トラキチ」
小姓はびっくりしながらも嬉しそうに自転車を押して駆け出した。だが、気付いて振り返ったトラキチは面食らい、今にも逃げ出しそうな警戒姿勢になった。
「待て。待ってくれ」
小姓が駆け寄るのを止めて声を張り上げた。
「トラキチ。一緒に居てくれ」
小姓の真実の言葉に、トラキチの胸は嬉しさで一杯になった。練った策など、もうどうでも良かった。だが、一瞬にして、武田信玄ハトの言葉が蘇り、前足に力を込めた。改めて一日一悪を決意し、小姓を睨み上げ、自分自身にも活を入れるように、転生アニマル音で罵った。
「わしは武将じゃ。そんなわしを、今のおまえが食わせていけるんか?」
小姓がはっとした顔つきで辺りを見回した。
「うじうじ引きこもっているおまえには無理じゃ」
ふんとトラキチは顔を背けた。
「トラキチが喋ったんか?」
目を見開いた小姓が、戸惑ったように口を開いた。
やばいとトラキチは、全身を硬直させた。名乗らぬタヌキの得意技のように、共鳴したと分かったからだ。このように、ときに偶然、ヒトに聞き取られてしまうことがある。そのことをトラキチは知っていたが、我が身でそのような事が起こるとは考えもしていなかった。
「そんなわけないよな」
歪な笑みを浮かべた小姓は、顔を横に振った。トラキチは胸を撫で下ろした。
「わいが勝手に思っただけじゃ。わいの心がわいを鼓舞するために……」
小姓の顔が引き締まった。
「トラキチ」
声を張り上げたと同時にダッシュした。
トラキチの眼前、行く手を塞ぐように、地面に腰を下ろし胡座を組んだ小姓は、決意の表情と愛情のこもった目でじっとトラキチを見つめた。
「わいは、これからじゃんじゃん稼いで、トラキチに超高級なフードをプレゼントし続ける。だから、ずっと、ずっとわいのそばにいてくれ」
片ひげをぴくりと上下させたトラキチは、くるりと小姓に背を向けた。
「夢も見ろよ」
照れたように呟くと走り出した。
「えっ?」
はっとした小姓は、辺りを見回していて、トラキチが自宅の屋根に上がり、部屋の窓に向かっているのに気付いた。
小姓は小躍りしながら自転車を置くと、小躍りしながら自室に向かった。
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