第15話 一日一悪(前世武将アニマル軍)

 武田信玄ハトの情報を元に、作戦は速やかに念入りに練られた。


「地形を利用するのが一番じゃの」


 苦り切った表情で髭をぴくぴくさせる織田信長ウサギだが、話し合って皆が賛同した作戦を了承した。


「前世武将アニマル軍」


 織田信長ウサギが活を入れるように、後足で地面を蹴って警戒音を鳴らした。


「一日一悪。いざ、出陣じゃ」


 胸を反らした織田信長ウサギの迫力ある号令で、皆は一斉に自らの役目を果たすべく、散り散りに動き出した。短時間で作戦を完了させるため、完璧な準備に取りかかったのだ。動物園に向かうものもいた。広い動物園は山腹から山頂にかけて造られていて、その近くに動物愛護センターがある。


 再集結したのは午前一時。動物愛護センターの出入り口前の駐車場だった。準備は万端だ。


 出入り口にある防犯カメラには、名乗らぬモンシロチョウによって集められたチョウもくたちが既に目隠しをしている。


 織田信長ウサギが出入り口前で威風堂々と胸を反って座った。

「みなのもの。一日一悪。出陣じゃ」

 威勢よく鼻を鳴らし、片笑むように髭を上下させた後、くるりと向き直った。


「大暴れするで」


 嬉々として鳴いた立花宗茂プレーリードッグが、出入り口のドアに駆け寄った。同じように毛利元就イヌが駆け付けると、ひょいと立花宗茂プレーリードッグは彼の背中に乗った。両手をあげると鋭く研いだ爪を鍵穴に突っ込んだ。


 立花宗茂プレーリードッグが数分ほどで鍵穴から爪を抜くと、入れ替わるようにして豊臣秀吉リスザルが毛利元就イヌの背中に乗った。ノブに両手を掛けてドアを開ける。するりと立花宗茂プレーリードッグが中に入った。毛利元就イヌと豊臣秀吉リスザルと前田利家シマリスと名乗らぬセキセイインコと武田信玄ハトが続いた。


 織田信長ウサギは胸を反ったまま身じろぎ一つしない。が、動物愛護センターの出入り口と対峙し、研ぎ澄ました感覚で辺りを監視している。


 黒田官兵衛ハリネズミと保科正之アライグマと名乗らぬタヌキは、動物愛護センター裏の崖に向かっていた。そこには既に、動物園を城としている名乗らぬビーバーと、以前情報依頼した名乗らぬクモが、待機している。


 黒田官兵衛ハリネズミから指示を受けた名乗らぬビーバーは、倒れる直前にしてあった木々を切り倒し、名乗らぬタヌキと共に、木々で沢をせき止めた。


 立花宗茂プレーリードッグと前田利家シマリスは、時に毛利元就イヌの背中に乗りながら、片っ端から鍵を開けていき、豊臣秀吉リスザルがその扉を開いていった。


 檻から出た保護アニマルたちは、名乗らぬセキセイインコと武田信玄ハトに導かれ、動物愛護センターから出て行った。


 豊臣秀吉リスザルは、毛利元就イヌの背中に乗って、裏手に面した窓を全開にした。そこから身を乗り出したとき、豊臣秀吉リスザルの肩に、戻ってきた名乗らぬセキセイインコがとまった。急くように耳打ちされた豊臣秀吉リスザルは、顔をしかめ、崖に向かって振ろうとした合図の手を下ろした。


 ぬいぐるみのようにじっとしている織田信長ウサギは、そばに降り立ってきた武田信玄ハトに長い耳を傾けた。むすっとした表情になった途端、後足でアスファルトを蹴り上げると、動物愛護センターの中に入っていった。慌てて武田信玄ハトが追い掛ける。


 がらんとした檻の中、伊達政宗ネコが片隅で丸まっている。


「伊達政宗。おまえはそんなことで終わるんか?」


 けたたましく後足で床を蹴って警戒音を鳴らしながら、織田信長ウサギは罵るように荒々しく鼻を鳴らした。


 丸める背をびくっと震わした伊達政宗ネコが、我に返ったように顔を上げ振り向いた。


「どうすんじゃ?」


 恫喝するように荒々しく鼻を鳴らした織田信長ウサギを、伊達政宗ネコは見つめた。見つめる瞳が、徐々に生気に満ち、何をすべきかを整理するように鋭く研ぎ澄まされていった。


「わしも参戦する」


「おまえは要らぬ」


 瞬時に返した織田信長ウサギは、怒りのこもった瞳で伊達政宗ネコを睨み付けると、後足で床を蹴り上げて飛び跳ねた。と同時に反転し、檻から出ていった。


「伊達政宗殿の一日一悪は、まだ終わっておらんじゃろ?」


 呆然とする伊達政宗ネコに、武田信玄ハトがやんわりと織田信長ウサギが言いたかったことを補足した。


 仕舞ったと、一瞬にして伊達政宗ネコの表情が決意に変わった。四肢を床に突っ立てると、武田信玄ハトに一礼し、再び小姓に活を入れるために駆け出した。振り向くことはせず、動物愛護センターから出て行った。だが途中、頭を冷やして策を練るため、陣屋がある公園に向かった。


「サル。早せんか」


 織田信長ウサギの怒号で、慌てて豊臣秀吉リスザルは全開の窓から身を乗り出すと、崖に向かって手をぶんぶんと振った。次の瞬間には、身を翻して窓から離れた。


 合図を受け取った黒田官兵衛ハリネズミは、保科正之アライグマに指示を出した。


 保科正之アライグマは、長い棒みたいなものを崖上から、全開の窓に向かって投げ入れた。長い棒みたいなものは縦半分に切った竹で、崖上にある樹木から伸びるクモ糸に吊り下げられている。その竹は、まるで流しそうめんのように、せき止めている沢の水を流下した。見る見るうちに、窓に入れられた竹の先端から水は流れ落ち、動物愛護センターの一階は水浸しになった。


「水攻めは終了じゃ」


 出入り口前で威風堂々と胸を反って座る織田信長ウサギが、潔く鼻を鳴らした。


 名乗らぬセキセイインコが素早く飛び立った。崖で指揮を執る黒田官兵衛ハリネズミに、終了の知らせを告げるためだ。


 知らせを受けた黒田官兵衛ハリネズミは、保科正之アライグマと彼の額にいる名乗らぬクモに向かって指示を出し、名乗らぬビーバーと名乗らぬタヌキにも指示を出した。


 名乗らぬクモは、樹木に向かって腹先の糸いぼからクモ糸を出して絡めると、そのクモ糸を伝って竹を吊り下げているクモ糸に近寄り、保科正之アライグマの行動を見計らい、絶妙なタイミングで吊り下げているクモ糸を切った。


 保科正之アライグマは、せき止めている沢と繋がっている竹の先端部分を担いで沢から抜き上げると、竹を担いだまま沢縁の獣道に沿って登っていった。そのことで、窓に入れられていた竹の先端は外れて落ち、崖上へと引き上げられていく。


 名乗らぬビーバーと名乗らぬタヌキは、沢をせき止めていた木々を取り除いていった。


 織田信長ウサギを筆頭に駐車場で避難しているものたちは、動物愛護センターの出入り口から一本の細い川となって坂道を流下していく水を見つめている。


 しばらくして、流下する水が途絶えたのを確認すると、織田信長ウサギを除くものたちは一斉に動き出した。再び動物愛護センター内に入っていくと、檻の扉や窓やドアを閉めて鍵を掛け、最後に出入り口のドアを閉めて鍵を掛けた。


 堂々と胸を反って感覚を研ぎ澄まし続ける織田信長ウサギの元へ、防犯カメラの目隠しをしているチョウ目たちを除く、前世武将アニマル軍の皆が戻ってきた。


「わしは城へ帰る」


 勝ちどきをあげるように鼻を鳴らした織田信長ウサギが、力強く後足で地面を蹴り上げた。高々と飛び跳ねると、颯爽と暗闇の中に消えていった。


 前世武将アニマル軍の皆も、散り散りに暗闇の中に消え去っていった。それを確認した名乗らぬモンシロチョウは、チョウ目たちを労い、解散の指示を出すと、暗闇に溶け込むように消え去った。


 まだ夜が明けない動物愛護センターは、何もなかったように、いつものように佇んでいる。

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