第11話 一日一悪(伊達政宗ネコ)

 伊達政宗ネコは虎模様だから、小姓(飼い主)からトラキチと呼ばれている。


 引きこもっている小姓の部屋は、中から鍵が掛けられ閉ざされているが、窓には鍵は掛けられていない。だから、二階だが植木を登って屋根におり、窓の縁に前足を掛けて横に引けば、簡単に開く。


 いつものようにトラキチは、陣屋から城(小姓の家)に帰ると、閉められている窓を開けて中に入った。


 小姓はパソコンの前に座り込んでいる。オンラインゲームをしているのだ。トラキチはその背を見つめ、後足に力を込めると飛び跳ねた。ゲーミングキーボードの横に座る。


 ちらりと小姓がトラキチを見たが、無視してパソコン画面に食入り、忙しく指を動かす。トラキチは前足に力を込めると、ゲーミングキーボードを叩く小姓の手に、ネコパンチを浴びせた。


「なにすんじゃ」


 怒鳴った小姓は立ち上がると、トラキチを抱えてドア前に来た。


 解錠しようとしたときに緩んだ小姓の腕から、トラキチはするりと抜け落ちるようにして逃げた。


 小姓がトラキチを捕まえようと手を伸ばす。だが、トラキチはしなやかに俊敏に逃げる。時折、反転して、小姓に立ち向かっていく。伸ばす手にネコパンチを浴びせ、するりと股間を抜けて飛び跳ねると、尻にネコパンチを浴びせる。


 一時、捕まえようとする小姓とネコパンチを浴びせるトラキチは、部屋の中を駆け巡っていた。


 疲れた小姓がベッドに寝転がった。そんな小姓の全身に、トラキチはネコパンチを浴びせていく。だが、小姓はもう反応しない。深い眠りについてしまったようだ。


「ふん。意気地なしめ」


 顎を持ち上げたトラキチは、蔑むように小姓の寝顔を見ながら、転生アニマル音を鳴らした。だが、その瞳は、小姓を心配する憂いに満ちている。


 くるりと背を向けたトラキチは、とぼとぼと窓から外に出て、階下に向かった。


 数日、トラキチは同じようなパターンで、小姓に活を入れた。


 とうとう、窓にも鍵が掛けられてしまった。


 部屋に入れなくなったことで、小姓の様子が窺えないことに不安を感じ、トラキチは後悔した。だが、軍議で決意した事を翻すわけにはいかないと、拳を握るように前足に力を込めると、次の一手を考え始めた。


「朝食、置いとくよ」


 声を上げた小姓の母が、二階から下りてくる。それを見上げながらトラキチは閃いた。


 小姓が引きこもってからは、小姓の母が朝昼晩の食事を部屋のドア前に置くようになっている。


 トラキチは小姓の母の足元をすれ違うと二階に上がった。お盆の前に座り、ドアが開くのを待つ。


 ドアが開くと、小姓の手がお盆に乗せられている皿上にあるサンドイッチに伸びた。時を同じくして、トラキチの前足も伸びた。


「なにすんじゃ」


 小姓の手がサンドイッチを掴む前に、トラキチの前足の爪がサンドイッチを引っかけ投げ飛ばした。その一個だけでなく、全てのサンドイッチを爪に引っかけ投げ飛ばしていく。


「なななな……」


 あんぐりと口を開けた小姓は面食らっている。


 笑うように髭を揺らしたトラキチは、最後のサンドイッチを投げ飛ばした後、コップに入っている牛乳をぺろりと飲んだ。


 見る見る小姓の顔が紅潮していく。


「おかん」


 怒鳴り声を上げた小姓の憤った瞳は、階下に向いている。


「このドラネコを捨ててくれ」


 階下から見上げた小姓の母は、びっくりして目をしばたたかせた。


 小姓はぴしゃりとドアを閉めた。


 ドアが閉まる前に中へ入るはずだったトラキチだが、あらぬ展開に愕然となっていた。


「小姓がわしを……」


 がっくりと髭を垂らしたトラキチは、呆然と転生アニマル音を鳴らし、動けなくなった。


 困惑気味に階段を上がってきた小姓の母は、廊下に散らばっているサンドイッチを見つめ、溜め息をついた後、ぬいぐるみのようにじっとしているトラキチを抱きかかえた。

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