第9話 一日一悪の報告

 胸を反らした織田信長ウサギは、髭をぴくりと動かし厳かに鼻を鳴らした。


「じゃあ、始める。一日一悪の報告があるものは……」


「はっ」


 真っ先に応じたのは、武田信玄ハトだった。


「武田信玄。報告せよ」


 にやりとするように髭を波打たせた織田信長ウサギは促した。


「ハトを集め、一斉に、糞を落としてやった」


 くちばしを持ち上げて意気揚々と報告した武田信玄ハトに続いて、黒田官兵衛ハリネズミが報告した。


「わしは、腰を針で突き刺してやったぞ」


「わしは、尻を前足パンチしてやった」


 仁王立ちになった立花宗茂プレーリードッグが、シャドーボクシングをしてみせた。


「槍で一突きじゃ」


 前田利家シマリスは腕を組んで片笑んだ。


「かどわかしてやった」


 楽しそうに名乗らぬタヌキが鳴いた。


 みなが報告を聞いて呵々と笑う中、保科正之アライグマはまるで剥製のように身じろぎ一つせず耳を傾けていたが、ふと、名乗らぬタヌキの報告に反応し、質問した。


「かどわかすとは、化け力を使うのですか?」


「違う。音声を使うんじゃ」


「音声? それはなんですか?」


 目を見開いた保科正之アライグマは、真剣な目で名乗らぬタヌキを見つめた。


「タヌキ。かどわかした、その心は?」


 織田信長ウサギは、名乗らぬタヌキが答えてしまう前にと、話の腰を折って問うた。


 名乗らぬタヌキは織田信長ウサギに目を向けたが、すぐに保科正之アライグマに向き直ると、改めて答えていく。


「わしらが今喋っている音声は、転生アニマル音。特別な周波数じゃ。ヒトには聞こえぬ音じゃが、時に共鳴し、ヒトにも聞こえてしまう」


「そうなんですか」


 保科正之アライグマは深く頷いた。


「その共鳴を、わしは操ることができる」


 誇らしげに名乗らぬタヌキは顎を持ち上げた。


 手を合わせた保科正之アライグマは感激している。


「それが、タヌキの得意技じゃ」

 織田信長ウサギは愉快そうに長い耳を揺らした。

「で、その心は?」

 急くように再び問うた。


「トレッキングで遭難しそうになったものがおったから、道案内してやったんじゃ」


「どのようにしてですか?」


 間髪を容れずに質問した保科正之アライグマは、感極まった興味津々の表情だ。


「わしが発見したとき、トレッカーは独りぼっちで遭難しておってな。歩き回った後だったらしく、疲れ切ってへたりこんでおったんじゃ。じゃから、トレッカーの耳に、この世とは思えない奇妙な転生アニマル音を届けてやったんじゃ」

 含み笑った名乗らぬタヌキは、その光景を思い出したらしい。

「それを耳にしたトレッカーは、疲れておるのを忘れたように慌てて立つと、きょろきょろ辺りを見回しおった。じゃから、背後から転生アニマル音を響かせてやった。驚いたトレッカーは、恐れをなして逃げた。わしは、一目散に逃げていくトレッカーの道筋を計算しながら、間違いそうな道に早回りをして、そこから転生アニマル音を響かせてやった。それを繰り返して、トレッカーは道を間違えることなく進み、無事に下山したわ」


「それはすごい」


 興奮した保科正之アライグマは、合わせていた手を握った。


 他の皆は、さも愉快そうに体を揺らしたり、感銘するように深く頷いたり、笑ったりしている。


「武田信玄。糞を落とした、その心は?」


 凜然と問うた織田信長ウサギに反応した保科正之アライグマは、わくわくするような目を武田信玄ハトに向けた。皆の目も武田信玄ハトに集中する。


「中学生くらいの少年たちが、よってたかって一人の少年をいじめておったんじゃ。じゃから、二十羽ほどのハト部隊を組んで、いじめっ子たちに糞を落としてやったわ」


「黒田官兵衛。針で突き刺した、その心は?」


「公園のベンチで寝転がっている中年男性が、腰痛もちだと気が付いたんじゃ。じゃから、針治療をしてやった。じゃが、そのことには気付かず、株が大暴落したうえに腰に激痛がきたと、とんでもない日じゃと、叫んで走り去って行ったわ。走れるほどに腰はよくなっとるのにな」


 残念そうに黒田官兵衛ハリネズミは顔を横に振ったが、表情は至って楽しそうだ。彼の城は大きく、多種類のアニマルがいる。だが、転生アニマルは彼だけだ。彼は、城の外へ自由に出入りができるように、広い庭に秘密のトンネルを掘った。そのトンネルを抜けると、隣接する公園の茂みに出られる。その近くにベンチがあり、そこから腰痛持ちのシグナル分子を嗅覚で捉えた彼は、座席の隙間から針を入れて腰に突き刺し、針治療したのだ。


「立花宗茂。前足パンチした、その心は?」


「ここに来る途中、酔っ払いのおっさんが川に落ちそうになったんじゃ。じゃから、そやつの尻を思いっきり前足で叩き、助けてやったわ」


「それ、わし見たで。前足パンチでびっくりしたおっさんが、川辺に尻餅をついて助かったのを」

 毛利元就イヌが笑いながら付け足す。

「立花宗茂殿の後ろ姿を見たおっさんが、ヌートリアか? とだらしなく口走っとったわ」


「ふん。わしは、ヌートリアのようなずんぐりむっくりじゃないわ」


 さも不機嫌だといわんばかりに、立花宗茂プレーリードッグは頬を膨らました。


「前田利家。槍で一突きした、その心は?」


「小姓が配信している動画を観る奴らへの活じゃ」


 にやりと前歯を見せた前田利家シマリスは、一突きするように腕を前に突き出した。


「その動画、観たぞ」


 織田信長ウサギがにやりと前歯を見せて返した。


「わしも観たで」


 歯を剥き出した豊臣秀吉リスザルが笑った。


「わしも観たぞ。前田利家殿がペン立てに入っていたボールペンを持つと、それを槍のように扱い、城に一緒にいる転生アニマルでないただのアニマルの、ネコの尻やイヌの横っ腹を一突きしているのを」

 愉快そうに立花宗茂プレーリードッグが手を叩いた。

「一突きといっても、わしらには分かる優しい一突きで、それを知っているネコやイヌたちは、それに付き合って演技し、楽しんでおったわ」


「わしは観たことないが……」

 残念そうに顔を振った毛利元就イヌが、感心するように鳴いた。

「前田利家殿が長いものを持つと、瞬時に槍になるからな」


「まことに。どんなものでも槍術としての道具にしてしまう。感服じゃ」


 武田信玄ハトが首を縮めた。


「そうじゃ」

 思い出したとばかりに鼻を鳴らした織田信長ウサギが、愉快そうに長い耳を揺らした。

「動画の再生数が凄かったぞ」


「そうじゃが……」

 頬を膨らました前田利家シマリスは不服そうだ。

「小姓にも毎日、活を入れておるのじゃが、それは動画にあがっておらぬのじゃ」


「こっちから隠し撮りしてみては?」


 悪っぽくニヒルに笑った豊臣秀吉リスザルに、前田利家シマリスも悪っぽくニヒルに笑い、ウインクして返した。


「一日一悪とは、素敵な活動ですね」


 理解した保科正之アライグマは目を輝かせ、ほれぼれするように両手の長い五本指を合わせた。


 ふんと横っ面を向けた織田信長ウサギの右目は自慢気だ。だが、保科正之アライグマの顔を映す左目は冷やかだ。


「わしは城へ帰る」


 凜然と鼻を鳴らした織田信長ウサギが、後足で地面を蹴って跳び上がろうとした。そのとき、伊達政宗ネコが制した。

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