第7話 新参者の質問
「前世武将アニマル軍は、ここにいる方々だけですか?」
保科正之アライグマは車座の皆々を遠慮がちに見た。
「そうじゃ」
凜と鼻を鳴らして答えた織田信長ウサギだが、さも嘆かわしそうに髭を垂れると顔を振った。
「前世武将アニマル軍の領地には、転生アニマルは沢山おる。じゃが、保科正之のように入隊したいという心意気のあるものは、少ないんじゃ」
「そうなんですか」
「腰抜けが多いってことじゃ」
情けないといった表情で鼻を鳴らした織田信長ウサギを横目に、豊臣秀吉リスザルは自らの肩にとまる名乗らぬモンシロチョウに耳打ちするように鳴いた。
「殿が怖いからじゃよね」
「何か言ったか?」
織田信長ウサギは、豊臣秀吉リスザルをぎろりと睨んだ。
「いいえ」
首を横に振った豊臣秀吉リスザルは白を切る。
「入隊はしないが、何かあったときは、皆、まとまる」
名乗らぬモンシロチョウが、凜然と羽を鳴らした。
「そうじゃ。転生アニマルだけじゃなく、わしが呼び掛ければ、ただのアニマルも加勢する」
得意げに髭を揺らした織田信長ウサギは、より一層胸を反らした。
「そりゃあ、脅されれば、皆、動くよね」
豊臣秀吉リスザルが、隣に座る毛利元就イヌにささやくように鳴いた。
「何か言ったか?」
顎を持ち上げた織田信長ウサギが、ぎろりと豊臣秀吉リスザルを睨んだ。
「いいえ」
豊臣秀吉リスザルは顔の前で手を横に振って白を切る。といっても、聴覚の鋭い織田信長ウサギが聞き取れていることは明白だと分かっていながら、こういう行動をとっている。また、織田信長ウサギも、豊臣秀吉リスザルがわざとしらばくれていることを知っていて、大目に見ている。
「保科正之。おまえは、凶暴なアライグマの本能を押し殺すほどの精神力をもっておるみたいじゃな」
褒めるというよりも探るように、織田信長ウサギは保科正之アライグマを見つめた。
「そうですかね。ありがとうございます」
照れるように頭を下げた保科正之アライグマは、前世の記憶である保科正之の律儀で強靱な意志によって、気性が荒いアライグマの凶暴な本能を押さえ込むことができている。そのことは、アライグマとしては珍しい温順なアライグマとして、小姓やその家族友人に愛されることになり、城では自由気ままに闊歩してのんびりと穏やかに過ごしている。
「ところで、保科正之。おまえは徳川家康の孫だということじゃが、インターネットで調べると、事情が複雑みたいじゃな」織田信長ウサギは同情するように顔を横に振って目を瞑った。「徳川家康は、孫であるということを知らぬままで、地獄に旅立っておるしな」地獄という単語を強調するように鼻を鳴らした織田信長ウサギの髭が、愉快だといわんばかりに波打った。長い耳も楽しそうに揺れている。そんな耳に、豊臣秀吉リスザルが口を寄せてひそひそと鳴いた。
「保科正之殿は、頭の切れる奴ですよ」
目を見開いた織田信長ウサギは、豊臣秀吉リスザルを見た。
「明智光秀よりもか?」
「そこまではわかりませぬが、明智光秀よりも人徳、人情はあると思われます」
「あの」
会話の腰を折るのをためらいがちに、保科正之アライグマが鳴いた。
「なんじゃ?」
立腹を押さえたように鼻を鳴らした織田信長ウサギが、鋭い眼光を向けた。保科正之アライグマは恐縮しながらも問うた。
「徳川家康殿は前世武将アニマル軍には……」
「いない」
最後まで聞かず、織田信長ウサギはせわしく答えた。
「生まれ変わっておるのかさえも不明じゃ」
補足するように名乗らぬモンシロチョウが羽を鳴らした。
「そうですか。会ってみたいです」
保科正之アライグマはがっかりするように小さく鳴いた。
「まぬけなアニマルでも、会ってみたいか?」
からかう織田信長ウサギだが、表情は冷静さを保とうしている。
「はい。どんなアニマルであろうと、ぜひ会いたいです」
真っ直ぐな保科正之アライグマの心情に、織田信長ウサギは横っ面を向けた。右目は、さも面白くなさそうだ。だが、純粋に夢見ている保科正之アライグマの顔を映す左目は、包み込むように穏やかだ。
「織田信長殿」
威勢のいい転生アニマル音が響いた。黒田官兵衛ハリネズミだ。
「さきほどの前世忍者アニマル軍の奇襲についての討議をしたいんじゃが」
「そうじゃ」
織田信長ウサギは思い出したとばかりに、胸を反りなおし、威厳よく鼻を鳴らす。
「黒田官兵衛。何か思うところがあるのか?」
「はっ……」
「あの」
黒田官兵衛ハリネズミを制して、保科正之アライグマが鳴いた。恐縮しているようだが、前回よりも甲高く鳴いた為、一斉に皆の視線が保科正之アライグマに向いた。
「前世武将アニマル軍だけでなく、他のアニマル軍もあるのですか?」
「まだ質問するんか? しつこいぞ」
かっとなった織田信長ウサギが、後足で地面を蹴った。豊臣秀吉リスザルがさっと耳打ちする。
「久しぶりの入隊者ですし、転生アニマルの噂は早いですし、ここは殿の度量を見せ付ける良い機会ですよ」
正面を向いたままの織田信長ウサギの片方の目が、ぎろりと豊臣秀吉リスザルを睨み付けた。その目が、徐々に落ち着き払ってくる。
「我らの領地は、前世武将アニマル軍が仕切っておる。だが、その他の領地は、前世江戸アニマル軍や前世茶道アニマル軍や前世大奥アニマル軍や前世俳人アニマル軍や前世絵師アニマル軍……その他、いろんなアニマル軍が領地を仕切っておる。大抵、同じ境涯の転生アニアマルは同じ領地に生まれる。それぞれのアニマル軍にはそれぞれの領主がおって、領地の安泰に努めておる。前世武将アニマル軍の領主はわしじゃ」
織田信長ウサギは髭をぴんと張って、威厳たっぷりに胸を一層反らした。
「前世武将アニマル軍のモットーは一日一悪じゃ。保科正之。おまえも励むように」
「一日一善ではなく、一日一悪ですか?」
驚く保科正之アライグマを一喝するように、織田信長ウサギは大きく鼻を鳴らした。
「そうじゃ」
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