第6話 新参者

「操術を破るとは、さすが何度もチョウ目に生まれ変わっておるゆえの、悪知恵じゃの」


 織田信長ウサギは目を細め、名乗らぬモンシロチョウを見つめ、憎まれ口を叩くように鼻を鳴らした。


「あれを破ったのはモンシロチョウ殿でしたか」


 驚いて鳴いた名乗らぬタヌキは、感服して頷いている。


「何度も生まれ変われるのですか?」


 問いかける転生アニマル音が響いたと同時に、陣幕のような木々の闇から、丸っこい巨体が駆け出してきた。このアライグマ、奇襲を受けている間から、木々の闇に紛れて隠れていたらしい。


 強引に車座に割って入って隣に座ったアライグマを、伊達政宗ネコは迷惑そうな表情で睨み付けた。だが、それに気付いていないアライグマは、全く悪びれた様子もなく平然としている。また、その目は興味津々で純粋だ。


「おまえは初めての転生か?」


 落ち着き払った様子で威厳たっぷりに鼻を鳴らした織田信長ウサギだが、髭だけは苛つくように波打っている。


「はい」


 口から転生アニマル音を鳴らして答えたアライグマは、無邪気に微笑んだ。それが気に入らなかったのか、織田信長ウサギが豹変した。


「おまえは誰じゃ?」


 後足で地面を蹴り上げた後、物凄い剣幕で荒々しく鼻を鳴らした。アライグマの隣に座る毛利元就イヌが、答えようとしたアライグマを制して鳴いた。


「推薦しておった転生アニマルじゃ。前世武将アニマル軍への入隊を希望しておる」


「ああ」

 髭を上下させた織田信長ウサギは、思い出した。

「毛利元就の城の隣の城に住んでおる、隣なのに長いこと存在に気付かなかった転生アニマルじゃな」


「そうじゃ。保科正之殿じゃ。保科正之殿から入隊の件で話し掛けられるまで全く気付かなかった」


 首を振った毛利元就イヌから保科正之アライグマに、織田信長ウサギの瞳がすっと動いた。


「おまえが保科正之か?」


「はい」


 保科正之アライグマは、織田信長ウサギをまっすぐに見つめてにこりと笑った。


 織田信長ウサギは胸を反らしたまま、顎を持ち上げた。堂々と鼻を鳴らす。


「おまえのことは、インターネットで調べた」


 保科正之アライグマの丸っこい目が、驚いたとばかりに見開いた。


 より一層胸を反らした織田信長ウサギは、得意げに髭を上下に揺らした。


「保科正之。おまえの入隊を許可する」


「ありがとうございます」


 嬉しそうに保科正之アライグマは、にこにこと笑った。だが、次の瞬間には、身をすくませて、恐縮したように鳴いた。


「あの。また元の話に戻るのですが……皆さんは何度も前世の記憶をもってアニマルに生まれ変わっているのですか?」


「何度も生まれ変わるものもおるし、一回だけのものもおるし……同じ種類のアニマルに生まれ変わり続けるものもおるし、あらゆるアニマルに生まれ変わりを続けるものもおるし……まあ、いろいろじゃ」


「殿がウサギ目にずっと生まれ変わるのは、前世の鷹狩りでウサギばかり捕まえておったからでしょ」


 へらへらと豊臣秀吉リスザルが突っ込んだ。ぎろりと睨んだ織田信長ウサギは、前足パンチを食らわした。


「そうじゃ」


 思い出したというように鼻を鳴らした織田信長ウサギが、にやにやと髭を波打たせて目を細めた。


「サルは今回初めてサルに生まれ変わったんじゃったの。それも、ちっこいサルに」


 さも愉快そうに長い耳を左右に振った。


「わしには名乗らぬ転生アニマルとしての権利はないんですか? 違うアニマルに生まれ変わっても、殿がサルと呼ぶから、前世武将アニマル軍に所属していない転生アニマルも、大抵、わしの素性を知らないものはおりません」


 ぶつぶつと鳴いた豊臣秀吉リスザルは、不平たっぷりに頬を膨らませた。


「それをいうなら、わしもおまえと同じじゃ。わしにサルと呼ばせるから、わしが織田信長だと知らない転生アニマルはおらぬわ」


「呼ばせているわけでもないし、殿は自ら、わしは織田信長じゃと、生まれ変わった途端から吹聴しておるじゃないですか」


 不貞腐るように鳴いた豊臣秀吉リスザルを無視して、織田信長ウサギは瞳を保科正之アライグマに向けた。


「転生が初めてという保科正之は、どの転生アニマルから、前世武将アニマル軍のことなどを教わったのじゃ?」


「鳥……」


 鳴き掛けて止めた保科正之アライグマは首を傾げた。思い出そうとして、分からなくなったからだ。


 どこからともなく羽ばたいてやってきて、窓辺にとまってくつろぐ鳥。その鳥が羽を広げた瞬間、羽を広げたのは一羽ではなく二羽。それも、影の二羽。


 頭を振った保科正之アライグマは、冷静にもう一度、二羽の影の正体を思い出そうとする。すると、そのうちの一羽は、影からはっきりした姿になった。だが、もう一羽は、影のままで、どんなに思い出そうとしてもはっきりしない。それよりも、思い出そうとすればするほど、影はますますぼやけ、闇に消え去るように記憶から薄れていった。


「なんじゃ?」


 一喝するように鼻を鳴らした織田信長ウサギに、保科正之アライグマはびくりとして鳴いた。


「ハクセキレイです。ハクセキレイに教わりました」


「足を交互に出して、地面をちょこちょこ、すばしこく歩く、スズメより一回り大きな小鳥じゃな。で、前世は誰じゃ?」


 保科正之アライグマは記憶をまさぐるように考え込んだ後、鳴いた。


「わかりません」


「わからぬ? 名乗らなかったと言うことか?」


 髭をぴくりと動かした織田信長ウサギは、ちょっと苛ついたように顔をしかめた。


「そう……」

 保科正之アライグマは考え込み、確信したように鳴いた。

「そうです。名乗りませんでした」


「じゃったら、名乗らぬハクセキレイじゃな」


 結論付けた織田信長ウサギに向かって、保科正之アライグマは頷いた。

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